45 / 70
毎日、微笑みの貴公子をボッコボコにしたいと企んでいる公爵令嬢ですが【ナターシャ】
3. ポンコツ
しおりを挟むジョシュアのその言葉にわたくしは思わず息を呑みました。
「ジョ……」
「ジョシュア! それは本当か!?」
わたくしが動くよりも先に顔色を変えたお父様がジョシュアの肩をガシッと強く掴みます。
肩を掴まれたジョシュアはニパッと笑いました。
「ニパッじゃないぞ、ジョシュア!」
「?」
「ジョシュア! そいつ、そいつはまだ、そこにいるのか?」
おじいさまも剣を手に取ると、ジョシュアの指さした方向に鋭い視線を向けました。
しかし、ジョシュアは首を横に振ります。
「ううん、僕たちがナターシャに声をかけた時にそっと離れていったから、もういないよ」
「……くっ、そうなのか。僕としたことが……全然気づかなかった」
お父様が悔しそうにギリッと歯を食いしばりました。
なんということでしょう!
(……わたくしも気付けませんでしたわ)
きっとそいつは先ほど話題にしていた奇妙な手紙の主に違いありませんのに。
ジョシュアの登場に気を取られすぎてしまいました……
わたくしともあろうものが……一生の不覚ですわ!
「んー? 気配を消してたから、てっきりナターシャのお友達で稽古の相手をしてるのかなと思ったんだけど……ね? アイラ」
「……」
話を振られたアイラお姉さまもコクリと頷きます。
どうやら、アイラお姉さまも存在に気がついていたようですわ。
「違ったの? あ! 分かった。なら隠れんぼだ!」
(稽古中に隠れんぼなんてしませんわよ……)
ジョシュアの思考がよく分かりません。
「隠れんぼ? 全然、違うぞジョシュア」
「え、違うの?」
珍しくお父様が突っ込み側に回ります。
「だが、その……君はなぜそいつの存在に気付けた? 気配を消していたんだろう?」
お父様のその問いかけにジョシュアはニパッと笑いました。
「だって……」
「だって?」
お父様がグイグイとジョシュアに顔を近付けていきます。
ジョシュアはニコニコ顔のままどーんと大きく胸を張りました。
「僕は昔から隠れんぼが得意だから!」
「「「あ……」」」
わたくし、お父様、おじいさま三人の声が重なります。
(そうでしたわ……)
「そうだった。君は昔、俺とウェンディが変装してギルモア邸に潜んでいた時も……」
過去のことを思い出したのかおじいさまが苦しそうに頭を抱えます。
(そのお話は……)
それは、まだわたくしたちがベビーだった頃……
ギルモア家にお泊まりすることになったわたくしの様子を心配し、おばあさまと変装してギルモア家に潜入し、こっそり観察していた───という時の話ですわね。
「あれは僕、てっきり皆で遊んでるんだと思ってました!」
ニパッとジョシュアが笑ってこたえます。
それを聞いたお父様もはっはっはと笑いました。
「ジョシュア。確かにベビーだった君は僕とレテイーシャと遊んでいた頃も隠れんぼで人を探すのが得意だったな」
「うん。でも探すのは得意だったけど、隠れるのは何故かすぐ見つかっちゃってたんだよね」
ジョシュアは少し不満そうな表情でそう口にします。
すぐ見つかってしまうとジョシュアは不思議そうにしていますが、それは───
(あなたが常に“あうあ”と言葉を発して自己主張が激しかったからですわ!)
なぜ、無自覚なのでしょう?
そんなことより、ベビーの頃からお父様とお母様と遊んでいたですって?
今更かもしれませんがジョシュアはわたくしのお父様とお母様と仲良し過ぎますわ!
「不思議だよね。なんでなのかなぁ?」
「……」
なぜコイツ、自分で分かっていないんですの?
わたくしはそんな呆れた目でジョシュアのことを見つめました。
「あ、でも隠れるのはアイラの方が得意だった! ね、アイラ!」
「……」
アイラお姉さまが静かに頷きます。
「アイラに隠れるコツを教えて? ってお願いして試してみてもダメだったんだよなぁ……本当になんでだろう?」
(だ・か・ら! ぜーんぶ“あうあ”のせいですわ!)
おそらく今、この場にいるジョシュア以外の人の心は一つになっていますわよ?
「……あ、分かった!」
ニパッと笑ったジョシュアがポンッと手を叩きました。
そして満面の笑顔でこう言いました。
「───いつも僕を探して追いかけていたおばあ様が凄いんだね!」
「!」
(そうだけどそうじゃありませんわーーーー!)
ほんっっとうにジョシュアの思考回路はどうなっているんですのーー!?
頭の中を覗いてみたいですわ!
……確かにガーネットおばあさまはとても凄い方です。
でも、このお話に限ってはそうじゃない。そういうことではありません!
(疲れますわ……)
ここでわたくしはふと思い出します。
ガーネットおばあさまは、よく“ギルモア家の男たち”のことをまとめて“ポンコツ”と呼んでおります。
(これが、“ポンコツ”!)
なんて難解で厄介なんですの。
さすが、ギルモア家の男たちです。
ガーネットおばあさまも、ジョシュアの母セアラさまも、きっと苦労されて来たのでしょう……
「それよりジョシュア! その気配を消してこちらを覗いていたという人物はどんな奴だったんだ?」
「え?」
お父様のその言葉でわたくしたちはハッとします。
そうでした。
今は、ポンコツのことより不審者のことを気にすべきです。
「男か女か? まあ、男だろうが……年齢はいくつくらいの奴だ? 顔は見れたのか? どんな風貌だった?」
「え?」
お父様が凄い勢いでジョシュアを前後にガクガク揺さぶります。
「あう……あ」
さすがのジョシュアもその勢いには抗えずに苦しそうにしています。
ですが、お父様の勢いは止まりません。
さらに強く強くジョシュアを揺さぶります。
「可愛い娘が狙われているんだ! さあさあさあ、どんな些細なことでもいい! 僕たちに教えてくれ!」
「あ、うあ……」
「男だった!? やはり、不審者は男なんだな!」
「……あう、あ」
(はい!?)
今、お父様はジョシュアから何を聞き取ったんですの!?
わたくしには、ジョシュアお得意の“あうあ”にしか聞こえませんでしたわよ!?
「なに? フードを被っていたから顔や年齢までは分からない!?」
「あう……あ」
ジョシュアはお父様に揺さぶられながら、また“あうあ”と発します。
しかし、何故かお父様には通じた様子。
「まあ、いい。たとえ、そいつが何歳であっても可愛い娘をつけ狙う奴を僕は許さん!」
ようやくお父様がジョシュアの肩から手を離します。
「え? つけ狙う? あの人はナターシャの知り合いでもなければお友達でもなかったの?」
ジョシュアがのほほんとした顔で首を傾げています。
「……お兄様。友人というのは、こっそり影から黙って見つめるようなことはしません」
「アイラ?」
なんと、ここで珍しくアイラお姉さまが口を開きました。
ハッとしたジョシュアが口元を押さえます。
「思い出してください。我が家の人生の指南書三部作───“友人編”にもそう書いてあったでしょう?」
「指南書の……? あ……うん、そうだった!」
ジョシュアがヘラッと笑いました。
「人生の指南書の友人編はベビーの頃に父上に読み聞かせてもらって以来だからかな? すっかり忘れちゃってたよ」
「ホホホ、お兄様らしいですわね」
「うん、ありがとう。今夜、父上に借りて読み返してみることにするよ」
(~~っっっ)
ベビーの頃から人生の指南を受けてきてなんでこんなにポンコツが出来上がるのでしょう?
人生の指南書の内容に問題があるのか、それとも、ただただギルモア家の男たちの思考がおかしいのか……
どちらなのでしょう?
「もう! ジョシュ……」
さすがにこれはそろそろ文句の一つでも……と思ったわたくしが口を開きかけたその時。
「そうか、分かったよ!」
「え?」
ジョシュアがわたくしの言葉を遮って自信満々のお顔で、どどーんと胸を張ります。
「あの人はナターシャの友人でも知り合いでもない───つまり、不審者だ!」
「っっ! ですから! わたくしたち最初っからずっとそう言っていますわぁぁーーーー!」
わたくしはギュッと強く握りしめた拳を思いっきりジョシュアに向かって振り上げます。
「あ、あうあ~~……」
キレたわたくしの渾身のパンチがジョシュアの頬にいい感じに決まりました。
211
あなたにおすすめの小説
婚約破棄?いいですよ。ですが、次期王を決めるのは私ですので
水中 沈
恋愛
「コメット、今ここで君との婚約を破棄する!!」
建国記念パーティーの最中、私の婚約者であり、第一王子のエドワードは人目も気にせずに大声でそう言った。
彼の腕には伯爵令嬢、モニカがべったりとくっついている。
婚約破棄の理由を問うと、モニカを苛めた悪女と結婚する気は無い。俺は真実の愛を見つけたのだ!とのたまった。
「婚約破棄ですか。別に構いませんよ」
私はあっさりと婚約破棄を了承し、書類にサインをする。
(でもいいのかしら?私と婚約破棄をするってことはそういう事なんだけれど。
まあ、本人は真実の愛とやらを見つけたみたいだし…引き留める理由も無いわ)
婚約破棄から数日後。
第二王子との結婚が決まった私の元にエドワードが鬼の形相でやって来る。
「この悪女め何をした!父上が弟を次期王にすると言い出すなんて!!
お前が父上に良からぬことを吹き込んだだろう!!」
唾をまき散らし叫ぶ彼に冷めた声で言葉を返す。
「まさか。
エドワード様、ご存じないのですか?次期王を決めるのは私ですよ」
王座がいらない程焦がれる、真実の愛を見つけたんでしょう?どうぞお幸せに。
真実の愛(笑)の為に全てを失った馬鹿王子にざまぁする話です。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
『婚約破棄されたので玉座から降りました。――理で王国をざまあします
ふわふわ
恋愛
王太子から突然の婚約破棄を告げられた公爵令嬢。
社交界の中心で恥をかかされ、次期王妃の座を奪われた――はずだった。
けれど彼女は泣かなかった。怒鳴らなかった。復讐を誓いもしなかった。
「玉座は、座るより設計したほうが面白いですわ」
そう言って一歩退いた彼女は、王妃教育制度を立ち上げ、王と王妃を“育てる側”へと回る。
感情で動く王太子は、やがて理を学び始める。
新たに選ばれた王妃候補は、責任と孤独を知りながら成長していく。
武力でも陰謀でもない。
透明性と制度、そして対話で国を立て直していく静かな逆転劇。
婚約破棄で笑った者たちは、気づけば彼女の作った仕組みの中で頭を下げていた。
これは復讐ではない。
これは成熟。
選ばれなかった令嬢が、王国そのものを進化させる物語。
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた
波依 沙枝
恋愛
侯爵令嬢セレスティアは、第二王子リヒトの婚約者だった。
彼に愛されていると信じ、どれほど冷たくされても、気まぐれに与えられる優しい言葉だけを支えに、隣に立ち続けてきた。
――しかしある夜、彼女は見てしまう。
婚約者が、知らない女を抱きながら、自分を嘲笑っているところを。
「お前みたいな女を愛する者などいない」
絶望の中で崩れ落ちた彼女に、ひとりの男が手を差し伸べた。
「――助けるのは、私でもいいかな」
それは、かつて彼女の孤独に寄り添ってくれた、“本当の王子”だった。
これは、愛されなかったはずの侯爵令嬢が、
本物の王子に見出され、溺愛され、
そして彼女を捨て、嘲笑った婚約者が、すべてを失って後悔するまでの物語。
今さら縋りついても、もう遅い。
彼女はもう、“選ばれる側”ではなく、“選ぶ側”なのだから。
義兄のために私ができること
しゃーりん
恋愛
姉が亡くなった。出産時の失血が原因だった。
しかも、子供は義兄の子ではないと罪の告白をして。
入り婿である義兄はどこまで知っている?
姉の子を跡継ぎにすべきか、自分が跡継ぎになるべきか、義兄を解放すべきか。
伯爵家のために、義兄のために最善の道を考え悩む令嬢のお話です。
幼馴染を選んで婚約者を追放した旦那様。しかしその後大変なことになっているようです
睡蓮
恋愛
レーベット侯爵は自身の婚約者として、一目ぼれしたミリアの事を受け入れていた。しかしレーベットはその後、自身の幼馴染であるリナリーの事ばかりを偏愛し、ミリアの事を冷遇し始める。そんな日々が繰り返されたのち、ついにレーベットはミリアのことを婚約破棄することを決める。もう戻れないところまで来てしまったレーベットは、その後大きな後悔をすることとなるのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる