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毎日、微笑みの貴公子をボッコボコにしたいと企んでいる公爵令嬢ですが【ナターシャ】
7. 断じて違う!
しおりを挟むしかし、ジョシュアとデートするにあたってジョシュアが憎い男ということ以外にわたくしには一つ困ったことがありました。
それは──……
「姉さま! それはいったい何事ですか!?」
「エドマンド?」
わたくしが手にしている“本”を見た弟のエドマンド。
廊下で鉢合わせると悲鳴のような叫び声をあげました。
「それは、おばあさまのコレクションの恋愛小説ですよ!?」
「ええ、その通りですわ。おばあさまに借りてきましたの」
「!」
ガーネットおばあさまとジョシュアが帰った後、わたくしはおばあさまの元に向かいました。
おばあさまからお借りした数冊の本を抱えたまま、わたくしがはっきり頷くとエドマンドがクワッと目を大きく見開き、また叫びました。
「そんな……これまで姉さまが読む本と言ったら……“憎い奴を呪う100の方法”“軟弱な男をギャフンと言わせるには”“悪女と呼ばれても復讐してみせますわ!”“女騎士として生きる道”…………とにかく恋愛要素なんて欠けらも無いお話ばかりだったじゃないですか!」
「なんで知ってますの……」
わたくしは眉をひそめます。
ですが、エドマンドの言う通り、これまでわたくしは恋愛小説に興味を持ってはいませんでした。
しかし、今回おばあさまにお願いし倒してコレクションを数冊借りることにしたのは……
(ジョシュアとのデートのせいですわ!!)
────もっと仲良しになりたい人と時間と場所を決めて待ち合わせをして遊ぶことだと。主に手を繋いで街を歩くとらぶらぶでなお、いいそうです!
お恥ずかしながらわたくし、これまでデートの経験がありません。
ですから、ジョシュア……いえ、ギルモア家のデートの定義と世間の定義が同じかどうか検証する必要があります。
特に後半の言葉。
手を繋いで街を歩くとらぶらぶで良いだなんて……
(おそろしいですわ……!)
わたくし、ジョシュアと手を繋いだその瞬間、心拍数が上昇して顔にパンチの一つや二つを喰らわしてしまう気がしていますの。
ですから、ジョシュアの発言を精査すべくこうして資料を読んで予習することに決めたのです!
「はっ、そういえば今日、ジョシュア兄さまが来ていた……つまり、姉さまは、ジョシュア兄さまとラブラブ関係になっ……」
「────エドマンド。あなた少し口を閉じられます? 無理やり閉じさせてあげても良いのですけど?」
「ひっ!?」
わたくしがにっこり微笑んで、目の前で拳を握りしめてみせるとエドマンドが一瞬で青ざめました。
「命が惜しかったら二度とジョシュアとわたくしの関係に“ラブラブ”などという言葉を使うのではありません!」
「……!」
コクコク……
エドマンドは青ざめた顔のまま強く頷きます。
「今回は大変不本意ながらジョシュアを頼ることにはなりましたが、わたくしの幼い頃からの目的は変わっていませんわ」
「……!」
コクコクコク……
「そうですわ! あの誰にでもヘラヘラヘラヘラ、何処にでもフラフラフラフラ、ニパニパ男をギャフンと言わせることですわ!」
「……!」
コクコクコクコク……
エドマンドがベビーの頃から何度も宣言してきた言葉ですので、分かってますと言わんばかりの顔で頷いてくれます。
わたくしは、親指と中指を擦り合わせ指をパチンッと鳴らしました。
もう、口を開けてもいいという合図です。
合図を聞いたエドマンドが、プハッと息を吐きました。
「姉さま……」
「なんですの?」
「その姉さまの“いつもの宣言”なんですけど」
「それがどうかしまして?」
わたくしが聞き返すとエドマンドはおそるおそる目を泳がせながら口を開きます。
「それ、ずっとずっとずっとずっとずっとベビーの頃から思ってたんですけど……」
「ベビーの頃から?」
「はい。誰にでもヘラヘラは、いつも私だけに微笑んでいて。何処にでもフラフラは、いつも私のそばにいて? っていう姉さまのお気持ちなのでは?」
─────ドサッ
「うわぁ! 姉さま! 本が落ちましたよ、大丈夫ですか!?」
「……」
「大事に扱わないと、おばあさまによる邸内引きずり回しの刑ですよ!?」
「……」
「引きずり回しの刑で喜ぶのは、おじいさまと父上と僕くらいですよ!?」
エドマンドの言葉にわたくしは愕然としました。
もちろん、エドマンドがお父様たちのような特殊な性癖を開花させていることではありません。
わたくしの“気持ち”とやらの方です。
(そんな……そんなこと───ありえませんわ!)
わたくしは心を落ち着かせるため、数回深呼吸をしました。
ジョシュアはいつもニパッと笑って息を吐くように“可愛い”などと軽々しく口にするような男。
誠実で真面目で責任感が強くて……わたくしはもっと硬派な男性を好ましいと思っていますもの。
「ほっほっほ! 甘いですわ、エドマンド。あなたもまだまだお子様ですわね」
「えええ!?」
わたくしは高らかに笑いながらしゃがみこみ慌てて床に落としてしまった本を拾います。
邸内引きずり回しの刑は勘弁ですわ……
「と、とにかく! わたくしはジョシュアとラブラブになんてなっていませんし、なりませんから!」
「そうなんですか? では、その本は?」
「た、単なる検証をするための参考書ですわ!」
「検証?」
「そうですわ! わたくしはこれから読書の時間ですので失礼!」
「あ……」
不思議そうに首を傾げるエドマンドを置き去りにしてわたくしは自分の部屋に急いで駆け込みました。
(断じて違いますわぁぁ……!)
そして翌朝。
「どうしたんだナターシャ、今日は顔が別人みたいになってるぞ?」
「……おとーさま……」
「ナターシャ? その顔は寝不足……?」
「……おかーさま……」
わたくしの顔を見て二人が心配そうな声を上げます。
そう。
昨夜はあれからおばあさまに借りた本を読み始めたところ、止まらなくなってしまいました。
気付くと、空が明るくなっておりましたわ。
「大丈夫ですわ。昨夜は……おばあさまから借りた本をずっと読んでいたんですの」
「母上の? それはアレか? はっはっは! ナターシャが恋愛小説を読むなんて珍しいな」
お父様が陽気に笑います。
眩しいですわぁ。
「面白かったか? 僕はさっぱり分からなかったが」
「ええ、まあ……」
(なんということでしょう!)
恋愛小説の中では、
ジョシュアが口にしていた───デートでは手を繋いでらぶらぶなど温かったですわ。
婚前だというのに……いえ、もっとすごい話ですと婚約すらしていない男女がイチャイチャイチャイチャしていましたわ。
ジョシュアの発言が間違っていなかったことの驚きよりも、アレをジョシュアとわたくしがするなんて信じられません! と何冊も読み漁った結果がコレですの。
(ですが、これも不審者を炙り出すため……)
目一杯、ジョシュアとのらぶらぶイチャイチャを不審者に見せつけてやりますわ!
そうして数日後。
ついにジョシュアとのデートの日を迎えました。
支度を終えたわたくしは、名無しの手紙を手に取ります。
「ほっほっほ……不審者からの気持ち悪いお手紙も絶好調ですわ!」
相手を刺激しないため、わたくしはいつも通りの行動を心がけました。
結果、ガーネットおばあさまが訪問したことも、その翌日にわたくしが寝不足で稽古をしていたことも知っているようでした。
寝不足のナターシャ様も変わらずお美しいですね、などと、ふざけたことをぬかしておりましたわ。
(でも、寝不足の理由までは知らないよう……)
つまり、この不審者は外から見られる情報しか持っていないということ。
内部の犯行ではなさそうです。
「我が家は木がたくさんあるから、隠れるのには持ってこいですものね……」
相手は気配を消すのが得意のようですし、ギルモア家の人たち並みの嗅覚が無いと現行犯逮捕は難しいですわ。
だからこそのデート作戦なのでしょう。
(ジョシュア……)
わたくしは憎き男の顔を思い浮かべます。
「そういえば、あれからジョシュアは医師を呼んだのかしら……?」
本日のデートが中止にならなかったのですから、重病ではないのかもしれません。
そんなことを考えながらわたくしは、お気に入りのリボンを付けて玄関へと向かいました。
「わぁ、ナターシャ。そのリボン可愛いね!」
「……」
わたくしのお迎えに来たジョシュアがニパッと笑って開口一番にそう言いました。
胸がドキッとして嬉しくて頬が緩みそうになります。
しかし……
(分かってますわ……続けてアイラお姉さまに似合いそう! とかコイツは言うんですのよ)
「ナターシャによく似合ってる!」
「!」
思っていたのと違った真っ直ぐの球が豪速で飛んで来たので、わたくしは言葉を失います。
「ナターシャ、どうかした?」
「あば、あばばばば……」
ジョシュアに顔をのぞき込まれてさらに動揺してしまったわたくしは、今度は変な言葉が口から飛びましてしまいます。
「良かった! 今日もナターシャは元気そうだね!」
「あ……!」
ジョシュアはそう言ってわたくしの手を取るとニパニパの笑顔で馬車へと乗り込みました。
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