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毎日、微笑みの貴公子をボッコボコにしたいと企んでいる公爵令嬢ですが【ナターシャ】
9. ラブが足りないので
しおりを挟む(こ、これは何事ですのーー!? )
ナンシー直伝、外でかぶりつくお肉は美味しい───それを実行出来そうなお肉屋さんとやらを見つけたジョシュアが、急にわたくしの手を引っ張ったのでよろけてしまいましたわ。
ジョシュアの胸に飛び込んだので転びこそしなかったものの……これは一生の不覚!
なんて思っていたら、ジョシュアがわたくしを抱きしめて来ましたわ!!
(婚約者でもない男女の距離感で許される範囲なんですのののぉぉぉ!?)
とにかくわたくしの脳内が大パニックを起こしております。
心臓もバックンバックしています。
あと、わたくしの視界にチラチラ入ってくる本日の護衛の一人でもあるお父さまが、形容し難いお顔になってプルプルしています。
いつも愉快なお父さまですけど、輪をかけておかしいですわ……
(あのヘンテコな動きはなんですの?)
「……」
挙動不審なお父様を見ていたら、なんだか気持ちが落ち着いてきましたわ。
しかし、何故でしょう。
相手は憎き男ジョシュア、ですのに…………こうギュッとされて嫌、ではない。
こんなに憎いのに嫌悪感がありません。
(どうしてですの───)
そんな自分の気持ちに戸惑いを覚えた時でした。
「……ナターシャ」
「!」
ジョシュアがそっとわたくしの耳元に顔を寄せて囁きます。
一瞬、ドキッとしましたがその声色ですぐに理解しました。
これは────男女の甘~い触れ合いなどではありません!
わたくしは、声のトーンを落としてそっとジョシュアに訊ねます。
「どこですの?」
「うん。ほら今、僕たちの背後に人だかりが出来てるでしょ?」
「……ええ」
わたくしはジョシュアの胸の中で小さく頷きました。
馬車を降りてから街の中をブラブラしていただけですのに、どうやらわたくしたちは目立っているようで、先程からチラチラ視線を感じてばかりなのです。
(さすが、微笑みの貴公子ジョシュアですわ)
おそらく皆、ジョシュアに釘付けなのでしょう。
「今日のナターシャはいつもより可愛いからね」
(ん?)
「それでさ、この間、僕が見かけた人があの人混みの中に紛れ込んでるんだ」
「!」
なんだか一瞬、聞き捨てならない発言が聞こえたような気がしましたが、不届き者がいるという発言にわたくしはクワッと目を大きく見開きます。
どうやら、ターゲットが現れたようですわ!
しかし……
「人が多すぎますわ。それにフードを被っている怪しい方なんていませんわよ?」
「うん、素顔なのかは分からないけど町民に変装して溶け込んじゃってる」
「変装……」
変装しているお父様やエドマンドはあんなにも“お忍び感”満載の貴族オーラがダダ漏れしているというのに?
……これは不届き者の方が上手のようです。
「…………どうして、ジョシュアにはそいつが分かるんですの?」
「うーん、なんでだろう? やっぱり匂い、かなぁ」
「匂い……」
やはり、ジョシュアは人間ではなく犬なのかもしれません。
躾が必要なことを踏まえても。
「あとね、その人、ずーーっと僕たちのことをギラギラした目で見ているし、今も怒りのオーラが凄いことになってるんだ」
「……あなた、ふざけてるようで実はよく見ていたんですのね」
ニパッ!
わたくしのそんな何気ない言葉にジョシュアが嬉しそうに笑いました。
ドキッとわたくしの胸が跳ねます。
これは殺意です。
(この得意そうな顔が憎いですわぁ!)
「コホンッ、それで? どこのどなたか、見知った顔ですの?」
先日はフード被っていて顔がよく見えなかったという不届き者。
しかし今は顔を晒しているそうです。
これは、大きな収穫ですわ。
しかし……
「ジョシュア?」
ジョシュアは答えません。
わたくしが眉をひそめると、ジョシュアはニパッ……いいえ、この場合はヘラッとした顔で笑いました。
「どこかで見たことある気がするんだけど……分かんないや」
「わっからない!?」
「うん。でも、覚えのあるカスの匂いはするんだ」
「……!」
やはり犬……!
と言いかけた言葉を飲み込んでわたくしはにっこり笑います。
「年齢は?」
「うーん、ぼくたちと同じくらい、かなぁ」
「身体つきは?」
「ヒョロっとしていて痩せ型?」
「……あまりこれと言った特徴がありませんわね」
髪色なども訊ねようかと思いましたが、変装しているなら無意味そうです。
「……」
(仕方ありませんわ……)
あれもこれもそれも、不届き者をわたくしの前におびき出すため……
そう決心したわたくしは、ジョシュアの背中に腕を回します。
そして強く抱き締め返しました。
「わあ、あったかい!」
「……」
ジョシュアが声を弾ませます。
(ほっほっほ! これで、どこからどう見てもわたくしたちはラブラブですわ!)
しかし、不届き者が飛び出してくる様子はありません。
なんということでしょう!
こちらは捨て身で憎い男に抱きついているというのに!
(ラブ……ラブが足りないんですの?)
わたくしは必死に頭の中で今日まで読み耽った恋愛小説を思い出します。
主人公たちは、デートをすると手を繋いで、人目もはばからずこのようにギュッとして、挙句の果てには顔を近付けて……
とにかくイチャイチャしていましたわ。
ジョシュアに顔を近付ける……?
いえ、さすがのわたくしでもここでそれ以上は無理ですわ……!
何か他の手を考えねばと思った時、ジョシュアが目指そうとしていた肉屋が目に入りました。
───これですわ!
名案を思いついたわたくしはジョシュアに声をかけました。
「ジョシュア! このまま肉屋に行きますわよ!」
「え?」
「ほっほっほ! ───名付けて、ラブラブイチャイチャアあーん作戦ですわ!」
「ら?」
そう!
おばあさまに借りた本の中の男女は、お口を開けてあーんという食べさせ合いをやっておりました。
つまり……
(ジョシュアに肉を食べさせれば完璧ですわ!)
まあ、恋愛小説では、肉ではなく甘いケーキやクッキーなど主にお菓子が多かった気がしますが、口に入れこめさえすれば肉でもお菓子でも同じのはずです!!
(やってやりますわぁ!)
「…………ナターシャってネーミングセンスないよね」
「お黙りなさい! ジョシュアに言われたくありません! いいから、さっさと歩きなさいませ!」
わたくしはガシッとジョシュアの腕を掴みます。
「ぇあ、うあ~~」
わたくしはおばあさまとお母さま直伝、殿方をズルズル引きずる方法を用いてジョシュアをお店まで引きずることにしました。
(ん?)
…………そんなわたくしたちの様子をお父さまとエドマンドがキラキラした目で見ていたのは、見なかったフリをすると決めました。
「ほっほっほ! さあ、ジョシュア。口を開けてあーんですわ」
「……」
ジョシュアを引きずってお店に辿り着いたわたくしは熱々の焼きたてお肉を購入し、その場でジョシュアの顔の前に持っていきます。
てっきりニパッと笑って口を開けると思っていたのに、なぜか珍しくジョシュアが躊躇いました。
「あう、あ……熱そうじゃないかな?」
「大丈夫ですわ、ギルモア家の男ならこれくらいへっちゃらですわよ(多分)」
「ギルモア家の……男、なら、へっちゃら……?」
「そうですわ(多分)」
わたくしは適当なことを言いながらジョシュアにグイグイお肉を押し付けます。
……わたくしは知っていますの。
ジョシュアを動かすには“ギルモア家”と言っておけばいいのですわ!
「あ、う……あ……」
「はーい、入れますわよ~、あーん……」
わたくしはにっこり笑って熱々のお肉をジョシュアの口の中に放り込みます。
「あっ、あうあぁーー~」
「ナターシャ様! な、ななななにをしてるんですかぁぁああーーーー!」
「あら?」
熱々のお肉を口の中に入れたジョシュアが口を押さえてその場に転がったのと、例のガリヒョロ体型男が目の前に飛び込んできたのはほぼ同時でした。
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