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毎日、微笑みの貴公子をボッコボコにしたいと企んでいる公爵令嬢ですが【ナターシャ】
12. 猛者
しおりを挟む勝手に景品のようにされるなんて心外ですわ!
人の気持ちをなんだと思ってますの?
しかし、ベビーの頃から血気盛んで勝負好きのジョシュアのことです。
ニパッと笑って受けて立つなどと言うに決まって───
「───え? やだ 」
ジョシュアが即答しました。
そんなジョシュアの答えに目を丸くするロッキー。
「な、なんだと!?」
(ええええ!?)
わたくしも内心で驚きました。
いえ、驚くなんて生易しいものではありません、これは驚愕です!
あのジョシュアが勝負を断るなんて…………天変地異の前触れですわぁぁ!
「なぜだ、ジョシュア・ギルモア!」
「なぜって……」
「貴様は勝負するのが好きだろう! むしろ昔は挑んで来たのになぜ話に乗らない!?」
詰め寄るロッキーに向かってジョシュアはニパッと笑いました。
「クッキーくん、僕たちはもうあの頃のようなベビーじゃないんだよ?」
「なっ……」
(ええええ!?)
あのジョシュアが至極真っ当なことを口にするなんて…………天変地異の前触れですわぁぁ!
あとそいつの名はロッキーでしてよ!
「君との追いかけっこの後、僕はおばあ様に言われました」
「あ? おばあさま?」
「そうです。えっと、レディーの気持ちを無視して強引に迫る男はみんなカスだと思いなさい! ……と」
「か……す?」
聞き返されたジョシュアがコクリと頷きます。
「おばあ様の教えは絶対なのです」
「……ぜっ、たい?」
「そして僕はカスじゃないので、ナターシャから頼まれていない勝負には乗りません!」
ジョシュアがババーンと大きく胸を張ってそう言いました。
(ジョシュア……!)
ジョシュアの背後に、オーホッホッホ! と高らかに笑うガーネットおばあさまの幻覚が見えます。
ここには居ないはずのガーネットおばあさまの影響力が大きいですわぁ!
ジョシュアは忠実すぎて、ガーネットおばあさまの一言で正義の味方にも悪のボスにもなれてしまいそうです!
(お、おそろしいですわ……)
「き、貴様! それはオレがカスだと言いたいのか!」
「え? 違うの?」
ジョシュアがキョトンとした顔で首を傾げます。
無邪気にカス男認定されたロッキーは顔を真っ赤にして怒り始めました。
「~~っ、き、貴様っ」
(あ!)
怒り狂ったロッキーが拳を強く握りしめてジョシュアに殴りかかろうとします。
ジョシュアはニパッと笑いました。
(大変ですわ……!)
ジョシュアは、わたくしが殴りかかってもいつもされるがままの軟弱男です。
このままではジョシュアが殴られてしまう!
わたくしが青ざめたその時でした。
「んなっ!?」
(え!)
なんとニパッと笑ったままジョシュアがサッと華麗にロッキーの拳を避けました。
避けられるとは思ってなかったロッキーが前につんのめります。
「あ、うあ~……びっくりした」
「貴様! なんで避ける!?」
「え? だって殴られたら痛いし」
ジョシュアはまたしてもキョトンとした顔でロッキーにそう言いました。
(痛いという感情がありましたのーー!?)
いつもいつもいつもいつもいつもいつもわたくしがビンタしても頭突きをしても殴っても蹴り上げても……
とにかく何をしても“ご褒美です~”って笑うので、てっきり痛いなんて感情は無いものと思っておりましたわ……!
「ジョシュア……あなたちゃんと人の子でしたのね……」
「うん? ナターシャ、何の話? 僕のお父様はかっこよくてお母様は天使だよ?」
思わず呟いたわたくしの声を拾ったジョシュアがニパッと笑います。
「そういうことではなく───……」
「くっ! ごちゃごちゃうるさいぞ!」
ここでロッキーのやつが再びジョシュアに殴りかかろうとしました。
さすがにこのタイミングと距離では避けられません。
わたくしは青ざめて思わずジョシュアの名を思いっ切り叫びます。
「危ないですわ、ジョシュア!!」
「────ぐはぁッ」
ドサッ
(……え)
しかし、わたくしの目の前で吹っ飛んで無様に地面に倒れ込んだのはジョシュア……ではなく───
「え、ロッキー……?」
「ングッ、ケホ、ケホケホ……」
苦しそうに蹲っているのはどう見てもロッキーです。
わたくしは慌てて顔を上げました。
そして、ジョシュアを見ると……
「あ、うあ~……殴っちゃったぁ」
手を空中でプランプランさせながらジョシュアがニパッと笑っています。
「……」
(どういうことですの?)
ロッキーの吹き飛び具合からいって今のは相当な威力があったはず。
「手が痛いや~」
「ジョ、シュア……」
「ん? あ、ナターシャ、大丈夫!?怪我は無い?」
ジョシュアが心配そうにわたくしの両肩を掴みます。
「ジョシュア……今の」
「今の? ああ、クッキーくん?」
……今はクッキーでもロッキーでもムッキーでも名前なんてどうでもいいですわ!
わたくしはガシッとジョシュアの胸ぐらを掴みます。
「あなた、攻撃出来たんですの!?」
「え、何の話……?」
「今ですわ! あなた殴ったでしょう!?」
ジョシュアは目をパチパチさせた後、ニパッと笑います。
「あなたは! いつだってわたくしがボッコボコに攻撃しても! ほとんど避けずにされるがまま……」
「うん! だってナターシャの攻撃はいつも気持ちいいよねぇ」
ご褒美だよ! とジョシュアは笑います。
「あなたはいつだってヘラヘラ笑って逃げてるだけの軟弱な男……」
「えー、違うよ? 僕だってちゃんとベビーの頃から鍛えてるよ~?」
「鍛えて……る?」
「そうだよ~!」
ジョシュアが更にニパッと笑います。
そしてわたくしの頭に手を伸ばすと優しく撫でながら言いました。
「前に言ったでしょ───大切な人のことをきちんと大事に出来るような子になりなさい」
「そ、れは……」
ガーネットおばあさまの言葉と言っていました。
「だから、大切な人を大事にするためには、まず僕が強くならないとダメだからね!」
「……!」
ニパッ!
いったいこれは何事でしょう。
ドックンドックンドックンとわたくしの胸が大きく鳴っています。
勝手に頭を撫でないで! とか言いたいことは沢山ありますのに言葉が出て来ません!
「ナターシャ、どうかしたの?」
「ひっっ!!」
ジョシュアがわたくしの顔を覗き込んで来たので至近距離でばっちり目が合ってしまいました。
(こ、こここここの距離は近いですわぁぁーー!)
「ジョシュア! あなたは馴れ馴れしくわたくしに近づきすぎですわっ!」
動揺したわたくしが強く握りしめた拳がジョシュアの頬にボコッと決まります。
「あう、あぁぁ~」
「え!」
ドサッ
そして、なんとその場にジョシュアも倒れ込みました。
ジョシュアとロッキー、大の男二人が路上に倒れ込んでいます。
「ど、どうして、わたくしの拳は避けないんですのよ……」
「……へへへ」
わたくしの言葉を拾ったジョシュアは頬を押さえたままニパッと笑います。
「……っっ、ジョシュアのバカっ!」
そう怒鳴った時でした。
「ナターシャ! 大丈夫か!」
「姉さま!」
お父さまとエドマンド、そして他の護衛たちもわたくしたちの元に駆け寄って来ました。
「姉さま……すごいです! 今の姉さま、大の男二人を倒した猛者みたいになってますよ!!」
「は?」
「大の男二人が転がってるそばに立つお姉さま……最高です!」
キラキラした目でへんてこりんなことを口にしたエドマンドを睨むとお父さまも陽気に笑いながら大きく頷きました。
「はっはっは! 明日の新聞記事の見出しは、女性騎士の卵の公爵令嬢、街で男二人をボッコボコにする! ってところか!」
「お父さまーーーー!」
それにロッキーを殴って倒したのはわたくしではありません!
「姉さま、かっこいいです!! ついでに僕のことも殴ってみてください!」
「エドマンド!?」
「なに? それはエドマンドだけずるいぞ! それなら僕もだ! ついでに踏み潰してくれても構わない!」
「はぁあ!?」
おかしなことを口走る二人にわたくしは声を荒らげます。
「ナターシャ!」
「姉さま!」
「「さあさあさあ!」」
……プツン
わたくしの中で何かが切れた音がしました。
そして気付くとお父さまとエドマンドの二人、いえ、この場にいる全員に向かって怒鳴り声をあげていました。
「そこの護衛たち! 何をモタモタしているんですの! さっさとそこに転がってる不届き者を拘束して捕まえなさい!」
「は、はい!」
「直ちに!」
「こら、大人しくしろ!」
ハッと我に返った護衛たちが慌てて動きます。
「ロッキー・ビセット!」
「ひぃっ!?」
「あなたには、これからた~~っぷり聞きたいことがありますの。もし抵抗しようものなら……」
「……ひっ! い、今すぐオレ……いえ、ボクをし、縛ってください!!」
一気に青ざめて護衛たちに両手を突き出したロッキーは大人しく縛られ始めました。
そんなロッキーのことをジョシュアとお父さまとエドマンドが羨ましそうなキラキラした目で見ています。
(この目……やべぇ三人ですわ……!)
そう。
僕も縛られたいなどと言い出してもおかしくない三人なのです。
「……っ、ジョシュア! あなたも転がってないでさっさと起きなさいですわ!」
「あ、うあ~……」
これは、さっさとこの場から撤退すべきと判断したわたくしは無理やりジョシュアを起こしました。
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