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毎日、微笑みの貴公子をボッコボコにしたいと企んでいる公爵令嬢ですが【ナターシャ】
13. ギルモア家のアレ
しおりを挟むヒュン、ヒュオン! ピシッ!
「ホーホッホッホッ、ナターシャ。あなた初めてにしては鞭の扱いが上手じゃないの!」
「……」
ガーネットおばあさまが美しく高らかに笑っています。
「うわあ、アイラも天使だから似合ってたけどナターシャも似合うね」
そしてニパッと笑うジョシュア。
その笑顔がいつもと違ってどこかうっとりしていることをわたくしは見逃してはいません。
(天使が鞭? ……コイツは相変わらず何を言ってるんですの?)
アイラお姉さまが絡むと、ジョシュアはただでさえおかしな思考がますますおかしくなることが多いですわ。
「姉さま……素敵」
「……!」
そして、エドマンドのわたくしを見る目がうっとりしています。
「はっはっは! 僕はパーティーの余興で使う面白グッズという認識だったがそういう使い方も出来るのだな! さすがガーネット様だ」
はっはっはといつものように笑うお父様の目。
こちらもどこかうっとりしております。
(殴られたいだの踏まれたいだの叩かれたいだの……この三人は大丈夫なんですの!?)
ヒュンッ
そんなことを考えながら、わたくしはガーネットおばあさまから貸し出された“鞭”をひたすらふるいます。
(────これが噂のギルモア家の鞭)
ガーネットおばあさまが入手し、あのアイラお姉さまがはまっていてまるで“女王様”のような振る舞いが出来ると聞いてはおりました。
確かにこれは────ガーネットおばあさまにピッタリです!
剣よりも数倍軽くて紐のようですが、これは当たればピンポイントで痛そうですわ。
せっかくですから、憎きジョシュアで試し打ちを────
「ジョ……」
ニパッ!
「……」
するのは止めましょう。
わたくしはジョシュアのキラキラした目を見てその考えを即却下しました。
無駄に長い付き合いのわたくしには分かります……
ジョシュアのあの目は、隙あらば打たれたいと言っていますもの。
今回、色々と助けられたとはいえ、ジョシュアは憎き男。
喜ばせるのは勘弁ですわ!
「ほっほっほ! これでロッキーに尋問ですわ~~」
ヒュンッ、ヒュン、ヒュン、ピシッ……
わたくしは満面の笑顔で鞭をふるいました。
────あれから、変な噂が広がる前にさっさとジョシュアを回収したわたくしたちは、その足でギルモア家へと向かいました。
わたくしを付け狙っていた、不届き者……ロッキーの姿を見たガーネットおばあさまは、それはそれは高らかに笑われました。
『へぇ、本当にお引き出せて、しかも確保まで出来たの? あなたたちやるじゃない』
『はい! おばあ様好みのカスです!』
ニパッと笑ったジョシュアがロッキーをガーネットおばあさまに差し出しました。
ロッキーは、先程よりも顔色が悪くぐったりしていてされるがまま。
抵抗する様子もみせません。
『…………ジョシュア。一応聞くけど、私好みのカスってなに?』
『え? そのまんまの意味ですよ?』
『……』
『おばあ様?』
『……』
ガーネットおばあさまは、ジョシュアに色々言いたいことがあるでしょうに……
それをグッとのみ込んでおりました。
『コホンッ───で? この男はどこの誰?』
『えっと、クッキーくんです!』
ジョシュアがニパッと笑ってそう答えました。
(ジョシュアァァ!?)
『は!? そんなお菓子な名前なの!?』
『はい! 美味しそうです!』
『……くっ』
笑顔のまま否定しないジョシュアの発言に頭を抱えたガーネットおばあさまがわたくしに助けの視線を向けてきます。
ですから、わたくしはズイッとジョシュアの前に進み出て説明しました。
『ガーネットおばあさま! ロッキーですわ、ロッキー。ビセット侯爵家の』
『クッキーじゃないじゃない! ん? ビセット……?』
ロッキーがビクッと身体を震わせると、ガーネットおばあさまが眉をひそめました。
『……昔、ジョシュアのやんちゃに巻き込まれて、瀕死で発見されたベビー?』
さすがにあれはインパクトの大きい出来事だったためか、スラスラと思い出せたようです。
よくよく考えれば、ロッキーにとってこのギルモア邸はトラウマ発生の場所と言っても過言ではありません……
先ほどからの尋常ではない怯え方にも納得です。
(だから、ジョシュアはギルモア家に行こう! と言ったのかしら?)
街から離れる時、なぜかジョシュアはコックス公爵家ではなく、“僕の家に行こう”と言って譲りませんでした。
てっきりガーネットおばあさまからのお仕置を見越していたのかと思ったのですが、それだけでは無かったのかもしれません。
『それですわ!』
わたくしが頷くとガーネットおばあさまが大きく頷きました。
『あの時のベビー……なるほどね』
『ね、美味しそうな名前ですよね~』
ヘラッと笑うジョシュア。
『…………ジョシュア! どうせ、あなたろくに覚えてないんでしょう? 少しお黙りなさい!』
『あうあ!』
ガーネットおばあさまに怒られてジョシュアはムグッと口を噤みます。
あのジョシュアを一瞬で黙らせる……さすがですわ!
『つまり不審者はあの時、ナターシャにしつこく言い寄ってたというベビーだったというわけね? ───セアラさん、アイラ!』
フッと鼻で笑ったガーネットおばあさまが、座ったまま長い足を組み直すと手をパンパンと叩いてセアラ夫人とアイラお姉さまを呼びつけました。
『はい、お義母様! ビセット侯爵家に関する資料はこちらです』
『ありがとう』
セアラ夫人が差し出した調査書に目を通すガーネットおばあさま。
『ふぅん、我が家の不況を買ったからという理由で廃嫡されて表舞台から消えていたけど、どうにか取り戻していたの』
『……』
じっとガーネットおばあさまに見つめられて無言でガタガタ震えるロッキー。
『ホーホッホッホッ、それで調子に乗ってかつて想いを寄せたナターシャを付け狙っちゃったのね────ジョルジュ!』
『任せろ!』
次にガーネットおばあさまは夫の侯爵を呼びつけました。
(この手腕、惚れ惚れしますわぁ……)
一から十まで説明しなくとも皆、ガーネットおばあさまの意思を汲み取り手足となって動くその姿……
ほんっっとうに憧れますわ!
ジョシュアもヘラヘラヘラヘラしてますが、やる時はやる……男ですもの。
(ん? あれは……)
そんな素早く現れた侯爵さまの手にはお父さまのパーティーの余興でしか見たことのない“鞭”が握られておりました。
(────これが拷問にピッタリという鞭ですのね)
ヒュン、ヒュン……
「ナターシャ────ホーホッホッホ! わたくしにひれ伏しなさい! とおばあさまのように笑いながらふるうととても気持ちいいですわよ」
「え?」
いつの間にかわたくしのそばに来ていたアイラお姉さまが無表情でそう言いました。
ゴクッ……とわたくしは唾を飲み込みます。
(た、確かに……それは気持ちよさそう、ですわ)
「そして───お兄様が喜びます」
「そ、うですのね」
チラッとジョシュアを見るとその目はすっかりわたくしの手元の鞭に釘付け。
確かにこれは相当、お好きなようです。
まあ……諸々のお礼として一度くらいなら言ってやってもいいかもしれません。
(ですが! 今は先にロッキーですわ~)
「────ロッキー・ビセット!」
ピシッ!
わたくしはロッキーを睨み付けながら鞭をふるいます。
「ふぇ、はぁいぃっ」
青ざめたロッキーが背筋を正して返事をします。
わたくしはお母さま譲りの睨みをきかせました。
「……かつてのあなたがこの邸で瀕死になった時の理由を覚えてますかしら?」
「ふぇっ、そそれは、ジョジョシュア・ギルモアと追いかけっこをし……」
ヒュンッ
「わたくしが聞いてるのは、追いかけっこに至るまでの理由ですわ!」
「ひっ……」
ヒュン、ピシンッ!
部屋の中ではわたくしのふるう鞭の音だけが響きます。
(ほっほっほ! おかしいですわ~)
鞭なんて物騒な物を手にしてふるってるというのに、この部屋の中で怯えてるのはこのロッキーのみ!
「……」
妖しく優雅に微笑んでいるガーネットおばあさま。
その傍らでにこにこ微笑んでいるセアラ夫人。
そして、キラキラした目で見ている侯爵さま、ジョエルさま、ジョシュア、アイラお姉さま、お父さま、エドマンド……
(比率がおかしいです)
ですが、わたくしには分かります……
この鞭を我がコックス公爵家でふるっても、おじいさまもおばあさまもお母さまもキラキラした目を向けることでしょう。
(我が家とギルモア家が仲良しな理由が分かった気がしますわぁ…………)
「お、追いかけっこに至った理由……」
「ええ」
わたくしはムチを見せつけながらにっこり笑います。
「あの時、あなた急に割り込んで来てわたくしの気持ちを無視してなんと言っていたかしら?」
「……っ」
「そして、ここ最近もやっぱりわたくしの気持ちを無視してコソコソした監視とたくさんの気持ち悪い内容が書かれたお手紙をくれましたわよね……」
「……っ、っっっ」
あらあら、ロッキーの顔色が瀕死状態ですわ。
ほっほっほ!
せっかくの華麗な復活を遂げましたのに、またギルモア家の邸内で瀕死になるなんて阿呆な男ですこと。
「これは、た~~っぷりお礼をしないといけませんわよ…………ねぇ?」
「~~~~っっっっ!」
わたくしはにっこり笑って鞭を高くふりあげました。
ヒュンッ……
そして数日後─────
華麗に返り咲いたはずのビセット侯爵家の嫡男は再び姿を消し、またしてもこの家の嫡男は別の人間(多分弟)になっておりました。
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