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毎日、微笑みの貴公子をボッコボコにしたいと企んでいる公爵令嬢ですが【ナターシャ】
27. 恋心
しおりを挟む(お母さまはいったい……)
お母さまはお茶を一口飲んでからカップをソーサーに戻すと静かに顔を上げました。
わたくしはお母さまからのお話が気になってしまい、カップを手に持ったまま動けずいにいます。
「ナターシャ。あなた今───自分の気持ちに戸惑っているんじゃない?」
「!」
その言葉にわたくしはギクッとして肩を震わせました。
「ずっとずっとジョシュアくんのこと憎いと思って来たはずなのに、ってね」
「ど、どうして……」
ズバリ言い当てられてしまったわたくしが聞き返すと、お母さまはクスッと笑います。
「ジョシュアくんのプロポーズの予告? は斬新すぎてちょっと意味が分からないけれど」
「それは! 色々あったせいですの……」
わたくしはアイラお姉さまに連れられて様子のおかしいジョシュアを尾行したことを説明しました。
「ああ────それでプロポーズの予告になってしまったのね?」
「……ですわ」
「さすがアイラちゃん。恐ろしいくらいに行動力が抜群ね」
お母さまが苦笑します。
「ふふ、それにしても───問い詰められてうっかり口を滑らせちゃう所がジョシュアくんらしいわね」
「……」
子どもの頃からかわってないわね、とお母さまは言いました。
「で、ナターシャはプロポーズが嫌じゃなかったから戸惑っているのでしょう?」
「……っ」
その通り過ぎてわたくしは上手く答えられません。
返事の代わりにカップの中のお茶をグビッと飲み干します。
「ジョシュアくんは誰にでも愛想良く笑いかける子だから分かりにくいのだけど、ちゃんと“特別に想われてる”って感じたのでしょう?」
「……っっ」
お母さまの言葉で、“特別な好き”と言っていたジョシュアの顔が頭に浮かんでボンッとわたくしの顔が赤くなります。
わたくしは慌ててその顔を隠そうとしました。
しかし、時すでに遅し。
ばっちり見られていたようです。
「あらあら、その顔。ふふ、エドゥアルト様とエドマンドが見たら大騒ぎしそうね」
「え、あ……」
「大変だ、ナターシャが熱を出したぞーーって」
「え!」
(い…………言いそう、ですわ)
脱力したわたくしは強く頷きます。
「本当に解釈が独特というか……拍子抜けするわよね────そして厄介なことにジョシュアくんもそのタイプ」
「!」
「知ってると思うけど……ジョシュアくんって出会った時、まだハイハイしている0才のベビーだったの」
その話は聞いています。
カス婚約者と婚約解消するためにその男より格上の男性を探していたある日、パーティーで出会ったのだと。
「あうあ! という元気な掛け声と満面の笑みでわたくしの横を颯爽と駆け抜けて行ったわ」
「……ジョシュア」
「その後、珍妙な格好をした男性もその謎のベビーを追いかけるように飛び出して来たわ」
「…………お父さま」
「独特な性格の二人だからかしら────エドゥアルト様もジョシュアくんも、わたくしのこの目つきを見ても驚かなかったし怖がりもしなかったわ」
(あ……)
お母さまがそっと自分の目元に触れます。
ずっとお母さまは自分の目がコンプレックスだったそうです。
ですが───
「お母さま! わたくしはお母さまに似た自分のこの目、自慢の目だと思っていますわ!」
「ナターシャ……ありがとう」
お母さまが目元を潤ませながら微笑みました。
嘘ではありません。
わたくしは心からそう思っています。
「ジョシュアくんはそんなわたくしを“綺麗なお姉さん”って呼んでくれた」
「……プレイボーイの片鱗がチラチラしますわ」
どう考えても0才のベビーがする発言じゃありません。
「ふふ、そうね───でも、ジョシュアくんは外見じゃなくて人の内面を見てくれる子だからそう言ってくれたのだと思っているの」
「!」
「そんな子が、ナターシャを特別に想ってくれていることが母親として嬉しいわ」
「お母さま……」
わたくしはその言葉に感動しそうになりました。
が!
「いいえ、待ってください。ジョシュアはいつも“僕は可愛い”と連呼して無双してきたような奴ですわよ?」
内面重視はおかしいですわ。
「凄いわよね、あの歳で赤ちゃん特有の可愛さを最大限に利用するんだもの」
「利用……」
「そうよ? ナターシャにはジョシュアくんがいつもヘラヘラしているだけの子のように見えているかもしれないけれど、実はあれも計算のうち────かもしれないわ」
「かも」
お母さまはいまいち確信が持てないのだけど、と笑いました。
わたくしはふぅ、と息を吐きます。
「お母さま…………わたくしとジョシュアが結ばれたら皆、喜ぶと思っていますの」
「そうね」
年齢も近くて家族ぐるみで仲も良く、家格も文句なしに釣り合っている────
周りからも何故これで婚約してないのかと不思議に思われて来ました。
「それなのに幼少期のうちから婚約を結ばせなかったのは何か理由があるんですの?」
「え? そんなの決まっているでしょう?」
わたくしの質問にお母さまはあっさり即答しました。
「ナターシャにもジョシュアくんにも、自分で特別な人を見つけてもらいたかったからよ?」
「……自分で? で、ですが! 気づいたらジョシュアはいつもわたくしの近くにいましたわ!」
それは、もうまるで擦り込みのようなものではなくて?
「確かに環境としてはそうなるのだけど……でも、成長してナターシャもジョシュアくんもそれぞれの世界が出来たわよね?」
「え?」
「ナターシャは騎士の世界に飛び込んだから、ジョシュアくんの居ない場所での交友関係もちゃんと築いてるじゃない?」
「……」
「縁談の話だってあなたは来てないと思っているかもしれないけれど、そんなことないのよ? その気になればナターシャは選びたい放題なんだから」
「え……」
そう言われても選びたいとは全く思いません。
きっと誰を選んでもわたくしは、良い意味でも悪い意味でもジョシュアと比べてしまう────
「お……お母さま」
そのことに気づいてしまったわたくしは、ギュッと自分の胸を押さえながら訊ねます。
「ナターシャ?」
「好きの反対は嫌いや憎い……ではありませんの?」
わたくしのそんな質問にお母さまは目をパチパチ瞬かせます。
「そうね。そう言う人もいるとは思うけれど」
「けれど?」
「わたくしだったら“無関心”ね」
「無関心……」
お母さまが静かに微笑みます。
「そう。だって元婚約者だった人やその義妹が今、どこで何をしていようと全く興味がわかないんだもの」
「え?」
「もちろん、最初は憎しみも抱いていたわ。でも……エドゥアルト様と結婚して可愛い子供たち……ナターシャやエドマンドが生まれてとても幸せで……そうしたら、すっかり社交界で顔も見ることもなくなったせいかしら、もう顔すらもぼんやり」
「ぼんやり?」
「ええ。覚えているのは目と耳が二つあって口と鼻が一つ……」
「お母さま……」
夫婦は似ると言いますが、お母さまは時々大真面目な顔でお父さまみたいなことを言いだします。
「ジョシュアくんのお母様、セアラ夫人もそうだと思うわ」
「え?」
「あの方もジョエル様との結婚前に酷い目にあっているけれど、恨み辛みなんて聞いたことないでしょう?」
セアラ夫人は結婚式当日に元婚約者に実の姉と駆け落ちされたことはわたくしも聞いています。
ただ、その時の出来事のせいなのかジョシュアたちは母方の親戚とは没交渉とも聞いています。
「わたくし───ジョシュアのことは無関心になれません、わ」
「そう……」
お母さまの言葉と同時にいつかエドマンドに言われた言葉も頭の中に甦ります。
ヘラヘラするジョシュアに腹立つのはわたくしだけを見ていて欲しいから────……
「お…………お母さま」
「なぁに?」
「────わたくし、ずっとジョシュアのこと憎いと思っていましたけど、ジョシュアといるとドキドキ、もしますの」
「ドキドキ?」
「この気持ち……これ、が……」
「ええ」
お母さまは分かっているという風に頷きます。
もう誤魔化せません。
(これが────恋、恋心……)
わたくしはずっとずっとジョシュアに恋をしていた、のかもしれません。
お母さまは優しく笑って腕を伸ばすとそっとわたくしの頭を撫でてくれました。
────
そうして約束の一週間後。
ジョシュアのプロポーズ大作戦を体験するその日がやって来ました。
(いきますわよ~~)
「───ほっほっほ! ご機嫌ようジョシュア! とてもいい天気ですわね!!」
ギルモア家に到着したわたくしは、慣れた足取りで遠慮なく部屋まで突き進むとドアをバーンと開けてやります。
これはいつものバーンの仕返しですわ。
たまにはジョシュアのヤローもびっくりするといいのですわ~!
「……うわぁ、え、ナターシャ!?」
「うわぁ? え? あ、あなた────ジョシュア?」
振り返ったジョシュアの姿を見たわたくしは目を丸くしました。
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