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第19話 愛しい人 (リアム視点)

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  ──俺の妹、ソネットはある日、嬉しそうに言った。

『お兄様!  私、レバテックル国で恋人が出来たの!』
『恋人?』

  昔から突拍子の無い事をする妹だとは思っていたが……さすがにこの報告には驚いた。
  隣国のレバテックルに長期滞在している間に何があったのか。
  久しぶりに帰国したと思えば……恋人が出来ただと!?

『そうよ!  そんな顔をしても無駄よ。私はお兄様とは違うの』
『俺とは違う?』

  何だか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。

『お兄様は国のためなら、結婚相手はどんな女性でもいいのでしょう?  私は嫌よ!  好きになった人と結婚したいもの』
『……お前、自分の立場というものを』
『恋をした事の無いお兄様には分からないのでしょうけれど。王女失格と言われようとも、私は政治の道具にされるのは真っ平よ!』
『うっ』

  恋をした事が無い……それは本当にその通りで。
  だから、妹……ソネットの気持ちは正直、よく分からない。だが、ソネットがここまで自分の意見を語る事は珍しかった。

  (そう思える相手に出会えたのか……)

『それに、相手は我が国にとっても悪い相手では無いのよ。だってレバテックルの王子殿下なんだから』
『は?』
『身分を隠して参加したとあるパーティーで知り合ったの!』
『おい!』
 
  誰もが認める、ちょっとやんちゃな我国の妹王女は本当にどこまでも俺を驚かせてくれる。

  (まぁ、レバテックル国と繋がりを作っておくのは悪いことでは無いが……)

  年頃も釣り合っているし、何より本人ソネットが幸せならそれでいいかと見守る事にした。





  ───そんな嬉しそうに幸せなオーラを撒き散らしていたソネットは、それからたった数ヶ月後、

『アーロン様は“真実の愛”を見つけたそうよ……その相手は私では無いんですって』

  今にも自ら命を絶ってしまいそうな顔でソネットは俺に言った。

『は?  何を馬鹿な事を』
『自国の男爵令嬢が運命の相手だったんですって。私との事は無かったことにしてくれ……そう言われたわ。アーロン様、すっかり人が変わってしまったみたいだったわ……』
『待て!  お前、自分がリュキアードの王女だと言う話は?』

  身分をチラつかせるのはあれだが、隣国の王子アーロンはソネットがリュキアード国の王女だと知っていて、そんなポイ捨ての様な真似をしたのか?

  (だとしたら、馬鹿すぎる!)

  しかし、ソネットは泣きそうな表情で言った。

『……振られた後に明かしたら“この嘘つき女め”と罵られたわ。私がアーロン様を引き止める為に嘘をついたと思ったみたい』
『何だそれは……』
『もういいのよ“真実の愛”だなんて言われたら。でも、私は……私は彼の何だったのかしら……』

  その日から、いつも明るかったソネットは塞ぎ込むようになり元気が無くなった。
  このまま泣き寝入りさせられるのが許せなくて、俺はレバテックル国の王子、アーロンに手紙を書いた。
  心変わりは仕方が無いにしても、せめてきちんとソネットに謝罪して欲しい──と。

  (返答は“王女と自分は面識がない”“何かの間違いでは?”だったがな)

  本当は分かっているくせに、何度連絡してもとことんシラを切り通そうとするアーロンに腹を立てた俺はこの国にやって来た。

  ────そして偶然あの日、出会った。

  フェリ。
  いや、レバテックルの王女フェリシティ。

  今にも儚くなりそうだったソネットと同じ様な顔をしてフラフラとした足取りで道に飛び出した女性。姿もボロボロ。
  俺はソネットの顔を思い出して慌てて助けた。

『死ぬ気だったのか?』
『え?』
『あんな道の真ん中でボケッとした顔で突っ立って!  そんなに死にたかったのかと聞いている!』

  思わずソネットの姿を重ねて強く叱ってしまった。だが、助けた彼女から帰ってきた反応は───

『ち、違います……し、死にたくなんてありません!!  絶対、何があっても!』

  (……あ)

  そう言った彼女の一瞬だけ見えた瞳は強い意思が宿っているように思えた。

  ───だから、興味が湧いた。
  そしていかにもワケありのボロボロの姿も放っておけなくて滞在している屋敷に連れ帰った。


────


「…………さ、最愛の人……だと!?  フェ、フェリシティが!?」

  俺の言葉に暫くの間、硬直していたアーロンがようやく言葉を発した。

「そうだ。俺のたった一人の愛しい人だ。返してもらおう。何処にいる?」
「ど、何処って。いや、何故だ!?  どこで出会った!?  フェリシティとリアム殿下は面識など無いはずだ!」

  アーロンが青白い顔をして叫ぶ。
  そうだな。“フェリシティ王女”とは会った事が無かった。簡単な噂を耳にした程度だ。

「……何も出会いが公式の場だけとは限らないだろう?  あなたはそれをよく知っているはずだ。確かソネットとの出会いも公式の場では無かったのだろう?」
「…………くっ!」

  ソネットの事を持ち出して嫌味を言うと、アーロンが目を逸らす。

  (他国の王女を罵った上に簡単に捨てたわけだからな。国際問題だ。だからこそ自分のした事を認めたくないのだろう)

  こっちが求めているのはソネットへの誠意のある謝罪だけだったのに。頑なに知らぬ存ぜぬを通すものだからこうなった。馬鹿な王子だ。

「御託はいいから、早く俺のフェリを返してもらおう」
「……っ」

  出会った時のボロボロだったフェリの姿を思い出すと、今もこんな奴と話をしている時間すらも惜しいと思う。
  あの時と同じ扱いを受けていたら……早く助けてこの手で抱きしめて安心させてやりたい。
  
  (よくも俺の可愛い可愛いフェリを……!)

  泣いているのだろうか?  それとも精一杯前を向いているのだろうか?

  我儘、傲慢、傍若無人……そんな悪い噂だけが流れていたフェリシティ王女。
  俺の出会った“フェリ”が本当にそうだったのかは知らない。まぁ、本人の様子を見る限り、まるっきりの嘘でも無いのだろうとは思ったが。
  だが、俺の出会ったフェリは、真っ直ぐで一生懸命で……目が離せないくらいのポンコツで。

  (あぁ!  もうフェリの全部が可愛い!)

  女性なんて、皆同じだと思っていたのに。
  俺は俺の勘を信じる。
  そして、俺がこの手でフェリを……フェリシティ王女を幸せにするんだ!

  (フェリの笑顔は最高に可愛いからな)

  フェリにはずっと俺の隣で笑っていて欲しい!  
  その為にも、もうこれ以上レバテックル国こんなところには居させられない!

  ──誰が何と言おうとリュキアードに連れて帰る!!  俺はそう決めている。
  結婚は国のために……なんて、もう思えない。フェリがいい。

  (その為に、先に色々根回ししていたんだ……)

  まさか、その間に肝心のフェリが連れ戻されるとは思っていなかったが。


「で?  フェリシティ王女は何処だ?」
「……」
「こうしている間に、俺の可愛いフェリに傷の一つでもついていたなら……そうだな。リュキアード国として全ての責任をアーロン殿下に」
「!?  いやいや、待ってくれ!  そ、それだけは……」

  何だ?  アーロンのこの慌てる様子は。
  まさか既にフェリに何かしたのか!?
  
「その様子だと既にフェリシティ王女に手をあげた……と言っているように聞こえるが?」
「っっっ!!」

  (──図星か)

  フェリ。
  不甲斐なくてすまない……
  フェリを傷つけたであろう目の前のアーロンと、易々とフェリを奪われた自分自身の不甲斐なさにとにかく腹が立つ。
  

「───さぁ、いいから早く案内しろ!!」
「ひぃっ!」

  俺の怒りが伝わったのか、アーロンは一国の王子とも思えないくらい情けない声をあげた。

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