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5. 混乱
しおりを挟む「間違って……」
思わず私が言葉を拾って返すと、ユリウス様は自分の失言に気付いたのかハッとした。
「す、すまない! 言い方が……悪かった」
「あ、いえ……」
「いや、本当にすまない。その言い方は君に対して失礼以外の何物でもない。無神経だった…………本当に申し訳ない」
ユリウス様はそう言って深く私に頭を下げた。
責めるつもりで口にしたわけでは無かったので、私の方が戸惑ってしまう。
これ以上頭を下げられても居心地が悪いので私は話を変える事にした。
「……その“彼女”は自分の名を“ルチア”と名乗ったのですか?」
「…………ああ。“ルチア・スティスラド”そう確かに名乗っていた」
「!」
お姉様! なんて事を……
ようやく分かったわ……お姉様のあの意味深な微笑みの理由が。
私は膝の上で拳をギュッと握り込む。
お姉様は全部分かっていたのね?
ユリウス様の求婚している相手は私ではなく自分だと……
────ふふふ、でも、これからが楽しみねぇ、ルチア
あの言葉も。
────大丈夫よ、ルチア! 未来の公爵夫人だなんて、私と違ってルチアなんかには当然荷が重いとは思うけど、ユリウス様の愛さえあればきっと乗り越えられるわよ!
あの言葉も。
────そうよ、愛。あら? なんて変な顔をしているの? だってルチアは、あのユリウス様に見初められたんでしょう? 当然、愛があるはずよね?
この言葉も!!
全部、全部分かっていて……それで、きっと私が「望んだのは君じゃない」と言って捨てられて出戻ってくるのを今か今かと笑って待っている───……
「申し訳……ございませ……ん」
「…………待ってくれ。どうして君がそんな顔で謝る?」
「ですが……」
私は申し訳なくて目を伏せる。
どんな理由があったにせよ、お姉様がこの方に嘘をついた事は事実……
求婚されるとまで思っていたかは知らないけれど、私への嫌がらせの為に、ユリウス様の気持ちを利用してこんな事を……酷い……
あまりの出来事に目には涙まで浮かぶ。
「───ルチア……嬢! ……し、失礼、いいか? 落ち着くんだ。どう考えてもこれは君が謝る事ではない」
「……」
ユリウス様が私の両肩に手を置いて、私を落ち着かせようとする。
驚いた私が顔を上げると、ユリウス様の目と私の目がバッチリと合った。
「君は何も悪くない。被害者だ! 悪いのは、君の名を騙って嘘をついた彼女と……よく調べもしないで全てを鵜呑みにしてしまった俺なんだ。君は巻き込まれてしまっただけなんだ」
「……!」
「だから、君の方こそ俺を責めるべきだ」
「……」
私は首を横に振る。
そんな事を言うけれど、ユリウス様だって充分、被害者だと私は思う。
お姉様とどんな出会いがあったのかは知らないけれど、求婚しようと決めたのに……相手は伯爵家の令嬢だからきっと反対もされたはず。
そして、ようやく求婚出来たのに……やって来たのは……私で……
「……おかしいと思っていたんです」
「ルチア嬢?」
「私達、面識ないはずなのにって……どうしてって思っていたのに…………っ!」
そこまで口にした後、急に気持ち悪くなってしまう。
───緊張でお茶を飲みすぎたせい? 何だか視界までグルグルして来た。
「あ……ルチア嬢? 大丈夫か? 顔色が……」
「……ごめ……なさ……気も……」
声にならない声を最後に発した私は、プツリとそのまま意識を失った。
「────ルチア!」
倒れる直前に見えたのは、まっすぐ私を見ているユリウス様の顔。
とても心配してくれたのか、それは泣きそうな表情にも見えた。
───────……
───お姉様には山のように求婚者がいた。
そんな様子だから男性達はあの手この手でお姉様に自分の事をアピールしようとした。
人と同じでは自分は目立てない。
そう思った何人かの男性達は、妹を利用する事を考えた。
(そう……まだ、社交界にも少しだけ顔を出していた頃───)
『……きゃっ!』
『あ、すまない……!』
とあるパーティーで突然、人とぶつかってしまった。
『前を見ていなかった、申し訳ない。大丈夫でしたか?』
『え、ええ……』
かろうじて、手に持っていた飲み物は溢れずに済んでいた。
『えっと、君は?』
『スティスラド伯爵家のルチアと申します』
『ルチア嬢……本当にすまなかった。そうだお詫びに新しい飲み物を……』
その時、ぶつかってしまい話しかけて来たどこかの令息は、ちゃんと謝ってくれたし新しい飲み物も取ってきてくれて終始とても丁寧だった。
当時も、お父様の持ち込む縁談で「君じゃない」対応をばかりされていた私にはそんな普通の対応すらも嬉しかった。
だけど……
『なぁ、お前がさっき話していたのはどこの令嬢だ? わざと体当たりしていたよな? 好みだったのか?』
『ああ、あれ?』
彼と一旦離れて手を洗いに行って戻ろうとした時、その彼が友人としている会話を私は偶然聞いてしまった。
『ははは、俺の好みなわけないだろう?』
『は? ならなんでわざわざ体当たりしたんだよ? しかも紳士ぶってるし!』
『馬鹿だなお前。あの女はスティスラド伯爵家の次女、ルチア嬢だぞ』
『え? スティスラド伯爵家って確か……』
───これは、何?
二人は何の会話をしているの?
聞かない方が夢を見ていられたのに、私はその場から動かず最後まで二人の会話を聞いてしまう。
『そうだよ! あの女は似ていないがリデル嬢の妹だ』
『妹……』
『ほら、リデル嬢って何をしてもつれないだろ? だから、妹を使って近付けないかなって思ったのさ』
『……お前、汚い奴だな』
もう一人の男性が呆れたように肩を竦める。
『それに、ついでに紳士っぽく接すればリデル嬢に好印象の俺の話をしてくれるかもしれないだろ?』
『あー……つまり、妹の方と仲良くなって紹介されたいって事か』
『そういう事。好みじゃないけど妹を手なずければ家にだって行けるかも……!』
男性二人はそんな話をしながら、ははは! と笑っていた。
私は彼の元には戻らずそのままパーティー会場から逃げるように抜け出した。
───お姉様に近づく為に……私を利用……
その日以降、社交場で妙に馴れ馴れしかったり、親しげに話しかけてくる男性達は、皆お姉様目当てなのだと気付いた。
いつだってふとした視線が、態度が……私では無くお姉様を見ていて、私の事を見ている人はいなかった───
そう私の事をまっすぐ見てくれる人なんて誰も────
──────……
「…………」
夢か……と薄ら目を開ける。
懐かしくて、そして嫌な夢だった。
私はそれから酷く疲れてしまって社交界からもかなり足が遠のいてしまったんだっけ。
本当に私の人生って…………
「……ルチア……嬢! 大丈夫か。目が覚めたか?」
「!?」
突然、私の目の前に美しい顔のドアップ。別の意味で心臓が止まるかと思った。
そんな私はフカフカのベッドに寝かされていた。
「覚えているか? 話をしている最中に君は倒れたんだ」
「あ……」
「苦しくはないか?」
ユリウス様の心配そうな目が私を見ている。
こんな心配してくれる優しい目で人に見られるのは初めてかもしれない。
「大丈夫……です。そして本当に申し訳ございません」
「何を言う! もう謝らないでくれ……それにこれは……今回の事は……」
「……?」
ユリウス様が目を伏せて何か言いづらそうにしている事だけは何となく分かった。
「いや……何でもない。少し眠るといい」
そう言ってユリウス様がそっと私の頭を撫でる。
「……あ」
「……どうかしたのか?」
私が変な声を上げてしまったので、ユリウス様が不思議そうな顔をする。
「……初めて」
私の顔が自然と綻ぶ。
「え? 初めて?」
「誰かに頭を撫でられたの……初めてです。こんなに温かいだなんて……知らなかった、で」
「え……ルチア……嬢? 君、は……」
「……す」
急激な眠気に襲われて私はそのまま眠ってしまった。
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