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3. 王太子殿下と迷惑な令嬢
しおりを挟む「君は……?」
「……」
答えたくない。だけど、それは許されないと分かっている。
私は大きく息を吸って吐いて深呼吸を1回して、心を落ち着けてから答える。
「マゼランズ公爵家の長女、リスティと申します」
「マゼランズ公爵家? あぁ、君が……」
「……」
君が……の続きがとても気になるわ。
でもさすがに聞きたいけれど聞けない。
「マゼランズ公爵家の令嬢が何故こんな所にいるんだ? もう一度言うがここは立ち入り禁止だ!」
「も、申し訳ございません」
「いいから、さっさと立ち去ってくれ!」
「は、はい……」
その言葉を受けて会場に戻ろうとしたところ「いや……待て」と声をかけられた。
「マゼランズ公爵令嬢。君が今日、王宮に来ているのは…………お茶会か?」
「は、はい。そうです」
「そうか」
名乗ってくれてはいないけれど、この様子からいってやはり王太子殿下に間違いないみたい。
よりにもよってこんな所で出会うとは。
「ならばお茶会に参加しているはずの君はどうしてこんな庭の奥までやって来て立ち入り禁止のバラ園の前にいるんだ?」
「それは……」
(……嘘をついても仕方ないもの。ここは正直に話そう!)
「そのお茶会ですが、その……他の参加されているご令嬢の方々の香水が少々私には合いませんでした……ですから、少しだけその場を離れさせてもらっただけなのです」
「香水?」
殿下の表情が怪訝なものに変わる。
「えぇと、美味しいはずのお茶の味が分からなくなると言いますか……」
「……」
私がそう告げると殿下は心底嫌そうな顔をした。
「……つまり、私はこれからそんな匂いの充満する場所へと向かわなくてはならない、と言うのか?」
「そういう事になりますわ」
「……一気に行きたくなくなったんだが?」
「私に言われても困りますわ。諦めるしかないと思われます。私にはどうする事も出来ません」
私はそう答えて、頭を下げた。
「……だから、嫌だったんだ」
「?」
その言葉の意味が分からず下げていた頭を上げると殿下と目が合った。
「今日のお茶会だ。いい加減に婚約者を決めろとせっつかされて半ば強引に開かれる事になったんだ。私は乗り気では無かったのに!」
「……」
私に言われても。そんな感想しか出て来ない。
「どうせ、誰も私の事なんて見ていないからな」
「え?」
「“王太子妃”ゆくゆくは“王妃”になりたい。大方そういう考えの令嬢ばかりなんだろう? 私の事なんて皆そういう目でしか見ていない」
「……」
「そんな中からどうやってたった一人の“この人だ”と思える令嬢を見つけろと言うんだ! そんなの無理だ!」
なるほど。殿下にも殿下の悩みがあるようね。
だけど、私としては殿下がたった一人の“この人だ”と思える人……と口にされた事が気になるわ。
(殿下は側妃とか愛人を侍らかすような方でない……という事かしら?)
それはそれで少しだけ私の中での殿下の好感度が上がる。
だからと言って婚約者になりたいわけではないけれど。
「その為にお会いするのではないのですか?」
「え?」
「顔を合わせる事も無いまま、この方が婚約者です、と勝手に決められてしまうよりはよっぽどいいと思うのですけれど……」
私も殿下も自由に結婚するのは難しいでしょうからね。
せめて会って話せる機会があるのはいい事だと思うもの。
「……」
「案外、お話してみてたら“この人だ”と思える方に出会えるかもしれないですわよ」
(私は遠慮したいのですけどね)
その言葉は飲み込んだ。
「…………はぁ、分かったよ、君の言葉を信じて会場に向かうと……する」
「ぜひ、そうして下さいませ。皆様、首を長くして待っていますわ」
私はにっこり笑って答えた。
「き……君は……」
「どうかされましたか?」
殿下が小さく何か呟いたので聞き返す。
「いや、何でもない。いいから君は先に戻れ! そしてこのバラ園には二度と近付くな! いいな!?」
「は、はい。申し訳ございませんでした」
結局怒られてしまったので、私は慌てて元来た道を戻って行く。
(そう言えば、何故バラ園は立ち入り禁止なのかしら?)
少し見えただけだけれど、綺麗なバラがたくさん咲いていたようなのに。
あんなに綺麗なのに誰にも見られないのは何だか寂しい気がするわ。
そんな事を思いながら私は会場に戻った。
「あーら、リスティ様? お姿が見えないのでどこに行かれたのかと思いましたわ!」
「……」
会場に戻ろうとしたら、少し手前の場所で突然絡まれてしまった。
(これは、私の姿が見えなくなった事に気付いてわざわざ戻って来るのを待ち伏せていたのね)
ネチネチと私に絡んで来ているのは、もちろんミュゼット・オコランド侯爵令嬢。
お父様に絶対に負けるな!
と言われた相手なのだけれど……
彼女は懇意にしている取り巻き令嬢数名と一緒に私を蔑むような目で見て来た。
「あぁ、ごめんなさいね? わたくしはてっきり、リスティ様は怖気付いたのだとばかり思ってしまいましたの」
「怖気付く? 私がですか?」
「えぇ、そうよ! なぜなら! あなたわたくしが王太子妃に選ばれるのを恐れたのでしょう!!」
「……」
ぶぉんって音がしそうな縦ロールの髪をかきあげながら、ミュゼット様は得意そうな笑みを浮かべてそう言った。
相変わらず凶器になりそうな縦ロールだわ。
などとどうでもいい感想を抱いてしまった。
「ふふ、うふふふ、図星を指されて声も出せないなんて情けないですわよ、リスティ様!」
「「そうよ、そうよー。情けないわー」」
ミュゼット様と取り巻き令嬢が凄い勢いで煽ってくる……
(ミュゼット様の縦ロールに見とれていたなんて言ったら、ますます火に油を注ぐようなものよね。黙っておこう)
「ホーホッホッホッ! リスティ様! あなたが大きな顔をしていられるのも今日まででしてよ! わたくしが王太子妃に選ばれたその暁には……」
「どうなるんだい?」
「もちろん! マゼランズ公爵家ごとペシャンコにしてやりますわ! 覚悟なさいませ!」
「へぇ、それは凄い。職権乱用にも程があるな」
「しょ…………え? わたくしは今、誰と会話を……?」
ミュゼット様がギギギッと音がしそうな様子で声のした方へと振り返った。
そこにいたのは、先程奥の庭で私と会話をしたばかりの男性。
──つまり王太子殿下、その人だ。
「はぅ! お、お、王太子殿下……!?」
「うん、そうだね。私は王太子殿下だけど?」
殿下はとてもいい笑顔でそう答えた。
「……」
ミュゼット様と取り巻き令嬢の顔が一瞬で真っ青になる。
「わた、わた……くし……話」
「うん、とりあえず君がリスティ嬢に絡み始めた所から全部見ていたよ」
「ぜ、ぜ、全部……!」
「そう。全部。凄かったよ」
ミュゼット様は口をパクパクさせている。
あれって息は出来ているのかしら?
「それでー……どうやら君が王太子妃に選ばれるそうだね」
「わ、わ、わ、わたくしはぁぁ……」
ミュゼット様……本当に大丈夫かしら?
と、心配していたら、
「わたくしはぁぁぁぁぁぁ……」
「「あ! お待ち下さいーー、ミュゼット様ーー!」」
ミュゼット様は耐え切れなくなったのか、その先を何も言わずにその場から逃げ出した。
そして、取り巻き令嬢達も焦ったようにミュゼット様を追いかけて行った。
「……」
「……」
こうして、その場には私と王太子殿下だけがポツンと残されてしまった。
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