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10. 縦ロールとピンク頭の戦い
しおりを挟むルフェルウス様には、“新しい出会いが楽しみ”なんて口にしたけれど、今、私は別の意味でルフェルウス様と同じクラスにならなくて良かったと心から思っている。
それは……
「あぁぁ、もう! なんて馴れ馴れしいのです? これだから、教養の無い貴族令嬢は嫌なんですのよ!」
相変わらず、動く度にぶぉんという音を立てて揺れる縦ロールが目立つ人だと思った。
「そんな……酷いです」
対してそれに応えるのはピンク色の髪をした令嬢。
「それに、ご自分の身分も弁えず、殿下のそばをウロウロして!」
「私は、入学式の日に殿下に助けて貰ったからお礼をと思ってるだけで……」
「お黙りなさい!」
「きゃぁ! こわーい」
ぶぉん、とミュゼット様の縦ロールがピンク頭の令嬢……エレッセ様に向かって勢いよく揺れていた。
教室移動の際に、ちょうどルフェルウス様のクラスの教室の前を通ったのでチラッと覗くと、そこにはまだ入学して数日なのにも関わらず、すでに学園の名物となりかけている光景があった。
ミュゼット様 対 エレッセ様。
縦ロールとピンク頭の戦いだった。
学園に入学し、私とルフェルウス様のクラスは離れてしまったけれど、なんとミュゼット様とあの入学式の日にルフェルウス様とぶつかったピンク頭の令嬢……エレッセ様とルフェルウス様の3人は同じクラスだった。
そして、何故か二人はルフェルウス様を巡っての争いを連日繰り返しているのだという。
縦ロールと、珍しいピンク色の頭。
こんな目立つ容姿をした二人が連日争っているのだから、注目されないはずが無い。
ルフェルウス様の婚約者であるはずのリスティの事はすっかり周囲からの頭から抜けてしまっているかのようで、ルフェルウス様の心を射止めるのは、ミュゼット様かエレッセ様か。たった数日なのに学園の中は既にその噂で持ち切りだった。
(もう、本当に婚約者は私じゃなくてもいい気がしてきた……)
「あれ? でもー……そもそもミュゼット様は、殿下の婚約者ではないんですよね?」
ピンク……エレッセ様が無邪気な様子でミュゼット様にそう問いかける。
「!」
バキッ
その瞬間、ミュゼット様の持っていた扇が凄い音を立てて真っ二つに折れた。
いえ、折った?
エレッセ様はわざとなのか偶然なのか、こんな風にミュゼット様の神経を逆撫でするような事ばかり言っているらしい。
可哀想な事になった扇は果たして何個目か……
「確かに、い、今は違います……わ。ふんっ」
「きゃ!」
ミュゼット様の、ふんっという声に併せて縦ロールがぶぉん、ぶぉんと揺れた。
(傍から見ても立派な凶器に見えるわ!)
「ですが、いずれはその座はわたくしのものになると決まっていますの!」
「えー? 殿下とそのようなお約束でもしているんですかー?」
エレッセ様は不思議そうに、こてんと首を傾げて訊ねる。
「そ、それは……」
「なぁんだ、約束しているわけではないんですね?? なら、私にだってー」
言葉を詰まらせた様子のミュゼット様を見たエレッセ様が、ふふっと笑ったその時だった。
「いい加減にしろ」
どこかに出かけていたのか、ルフェルウス様が教室に戻って来た。
当たり前だけど、その顔はとても不機嫌。
「「殿下!」」
それなのに、二人はルフェルウス様の醸し出すその怒りの空気が読めていないのか、弾んだ声を出してルフェルウス様の事を呼んでいた。
「殿下、違いますわ! このピンク……エレッセ様が弁えない行動ばかりしているから注意しただけですのよ!」
「……注意にしては言い方が酷いと思います……」
ミュゼット様は縦ロールを振り回しながら必死に弁解をし、エレッセ様は目に涙を浮かべながらうるうるの目でルフェルウス様を見つめた。
「……いい加減にしろ、と私は言ったが聞こえなかったのか?」
「っ!」
「……!」
今日のルフェルウス様は相当機嫌が悪そうで、さすがの二人も今日はそこで黙り込んだ。
本日の二人の戦いはとりあえず一旦ここで終了? となった様子だった。
「リスティ、見ていたのか。いや……あの後も2回戦が勃発していた……」
「そう、なんですか?」
ルフェルウス様は完全に疲れていた。
これは学業や公務による疲れではない事が嫌でも窺える。
学園が始まってからも私のお妃教育は続いている。
ただし、回数も減り放課後のみとなったけれど。
今日はそんなお妃教育の日だったので、ルフェルウス様と共に王宮に向かう事になっている。
そして、馬車に乗り込むなり、ルフェルウス様は、ごく自然に当たり前のように私の隣に座り「ごめん、肩を貸してほしい」と言ってもたれかかって来た。
「お疲れ様です……」
「なぜ、あの二人は私のいない時にやらかし始めるのか……」
ルフェルウス様が小さくそう呟いた。
どうやら二人のあの戦いは、ルフェルウス様がいない時に始まる事が多いらしい。
「学長にもそれぞれの家の当主にも話をしたが……それでもあれだ。あの二人は本当に聞く耳を持たないな」
二人の行為は完全に迷惑行為だけれど、休み時間である事、いがみ合ってる内容が互いに関する事ばかりなので学園としても罰しにくいのだとか。
「ファンファ男爵令嬢も、よくもまぁ、格上の侯爵令嬢に負けずに言い返せるものだ……本当にどこか変わっている……」
「!」
どうしてかしら?
ルフェルウス様のその何気ない一言が、また私の心をざわつかせた。
その後、しばらく互いに無言で過ごしていたら、ルフェルウス様がそっと私の名を呼んだ。
「リスティ……」
「どうしました? ルフェルウス様?」
肩から頭を起こしたルフェルウス様がじっと真剣な瞳で私を見つめる。
ドキッと胸が跳ねる。
(そ、そんな瞳で見ないで!)
ルフェルウス様がふっと微笑んだ。
私が内心で慌てたのを見抜かれたのかもしれない。
「リスティといると安心するんだ」
「え?」
「だから、これからも……」
そう言ったルフェルウス様が、そっと私を抱きしめて来たので私のドキドキはますます止まらなくなった。
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