17 / 37
16. 思った通り
しおりを挟む──別にエレッセ様の事なんて聞きたいとも思わないのだけど。
そう思った私の口からは自分でも驚くくらいのとても冷たい声が出た。
「お忙しいはずなのに、こうしてわざわざ戻って来られてまで、彼女についての何の話があると言うのかしら?」
「……っ」
ビクッとマース様の肩が跳ねた。
「ルフェルウス様はこの事をご存知なの?」
「いえ……自分が勝手にしている事です」
マース様はどこか後ろめたいのか目が全く合わない。
「へぇ?」
「……っ!」
マース様は明らかに怯えている。
私の身分……公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者──
と言うのもあるのでしょうけれど、こういう時、自分の少し冷たく見られがちな顔は便利ね、などと思ってしまった。
「それで?」
「……?」
「……話があるならさっさとしてくれないかしら? 私だって暇では無いのよ?」
王宮に来ているのは遊びに来ているわけではないのだから。
「は、はい。そ、それでは……」
マース様はどこか怯えながら語り出した。
「要するに、私にルフェルウス様から身を引け……そう言いたいのよね?」
マース様の話とやらを聞いた後の私の第一声はこれだった。
やっぱり……という思いしか浮かばない。
最終的に言いたい事はこれだったはずなのに、マース様は聞きたくもないのにダラダラといかにエレッセ様がどんな子かまでを語ってくれた。
いったいこの短期間でいつそんな事まで知る仲になったのかしら。
(何が誤解されがちだけれど悪い子ではない良い子……よ)
本当に良い子なら学園であんな毎回毎回、ミュゼット様とやり合うことも無いでしょうに。
毎日毎日、学園やクラスメートにどれだけ迷惑をかけていると思って?
「マース様は私の代わりに彼女を……そう思っていらっしゃるみたいですけれど、本当に彼女が相応しいと思っていらっしゃるの?」
「……」
マース様は答えない。
純粋に疑問なのだけど、マース様はエレッセ様に惹かれているのではなかったのでは?
何故、ルフェルウス様と結ばせようとしているの?
(まさか、エレッセ様に頼まれたから私にこんな話を……?)
もし、頼まれた上でこんな事をしているのだとしたら、ミッチェル様もそうだけど一個人に肩入れし過ぎだと思う。
側近としてどうなのという話だ。
(今、こうしてルフェルウス様に無断で動いている事を考えると、彼には不審に思われない程度に画策して動いているのかもしれない)
そういう力は仕事にこそ使って欲しい。
「そもそもですけど、最終的にどうするかを決めるのは、ルフェルウス様ですわ」
「ですから、それをリスティ様の方から……」
「ご自分で進言したら良いではありませんか」
「……っ」
私のその言葉にマース様は苦い顔をした。
「……さり気なくですがしてみました! ですが殿下は」
「殿下は?」
「…………リスティ様以外考えていない……と……きっぱりと……」
胸がドキッとした。
きっぱり、という言葉に私の胸の奥がじんわりとしてくる。
(ルフェルウス様……)
「……そ、それなら、それがルフェルウス様の答えなのでしょう? なら私から言うことは何も無いわ。もう出て行って」
「リスティ……様」
「聞こえなかったの? 私は出て行って。そう言ったのよ!」
もうこれ以上、マース様と話をするのは不快でしかない。
「……差し出がましい真似を……申し訳ございませんでした。失礼致します」
マース様はそれだけ言って出て行った。
マース様が出て行ったのを確認した私は扉を閉めてソファにズルズルともたれかかるようにして座った。
「……疲れた」
学園に入学してあのピンク色の髪と出会ってから、心休まる日が無い気がする。
「エレッセ様はそうまでしてルフェルウス様の事が……好きなのかしら?」
マース様、ミッチェル様を味方につけた彼女の最終目的は、やっぱりルフェルウス様なのだろう。
それとあの時話していた事も武器にして周りから固めて行き、最終的にルフェルウス様の妃の座に着きたいのだと思う。
そして、その話は確実に進行している。
「ルフェルウス様の妃……」
(私は繋ぎの婚約者のつもりだったのに、どうしてエレッセ様には譲りたくないと思ってしまっているのかしら?)
ルフェルウス様といると、とにかく落ち着かない。
胸はドキドキさせられるし。
妙に距離が近くて、突然抱き寄せられたりするのに、その事が全く不快にはならない自分にも驚いている。
どうしてなのかな……
そんな事を考えていた私は、眠気に襲われウトウトし始めた──
────リスティ。
「……ん?」
私を呼ぶ声がする。
安心出来るホッとするような優しい声……
そう思っていたら私の身体が温かい温もりに包まれた気がした。
(……この温もり好きだなぁ……)
思わずふにゃっと笑ってしまう。
────リスティ……! その顔は反則だ。
反則? 何の話かしら??
私は心地良いなぁって笑っただけなのに。
──本当に君は……
んー? 私が何なの?
そう思いながら再び私は眠りに落ちた。
「……っ!」
ハッと目を覚ますと、そこはさっきまでと変わらず王宮の部屋のソファの上。
「うたた寝していた……?」
優しく名前を呼ばれたのは夢?
あの温もりも?
そう思った時、バサッと私の身体の上から何かが落ちた。
「……?」
それを拾いあげてみると、
「上着? こんなのあったかしら?」
と、思わず口にするも、こんな立派な刺繍された上着の持ち主なんて一人しか知らない。
「ルフェルウス様?」
もしかして、部屋に訪ねて来てうたた寝している私を見て上着を……?
優しく名前を読んでくれたのはルフェルウス様?
なら、あの温もりはー?
トクントクンと私の胸が高鳴った。
「…………ダメ。頭と顔を冷やそう」
このままの顔じゃ帰れない。
そう思って扉を開けて部屋の外に出る。
だけど、外に出た時、ちょうど向こうの廊下からこっちに向かって歩いて来る“その人”の姿を見て私はギクッとした。
「あれぇ? リスティ様も今日は王宮に来ていたんですかぁ? 偶然ですね~」
無邪気な笑顔でそう言ってどんどんこちらに近付いて来るのは、
今、私の中では最も会いたくない人──
「エレッセ様……」
ピンク色の彼女だった。
78
あなたにおすすめの小説
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
[異世界恋愛短編集]お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?
石河 翠
恋愛
公爵令嬢レイラは、王太子の婚約者である。しかし王太子は男爵令嬢にうつつをぬかして、彼女のことを「悪役令嬢」と敵視する。さらに妃教育という名目で離宮に幽閉されてしまった。
面倒な仕事を王太子から押し付けられたレイラは、やがて王族をはじめとする国の要人たちから誰にも言えない愚痴や秘密を打ち明けられるようになる。
そんなレイラの唯一の楽しみは、離宮の庭にある東屋でお茶をすること。ある時からお茶の時間に雨が降ると、顔馴染みの文官が雨宿りにやってくるようになって……。
どんな理不尽にも静かに耐えていたヒロインと、そんなヒロインの笑顔を見るためならどんな努力も惜しまないヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
「お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?」、その他5篇の異世界恋愛短編集です。
この作品は、他サイトにも投稿しております。表紙は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:32749945)をおかりしております。
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
【完結】イアンとオリエの恋 ずっと貴方が好きでした。
たろ
恋愛
この話は
【そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします】の主人公二人のその後です。
イアンとオリエの恋の話の続きです。
【今夜さよならをします】の番外編で書いたものを削除して編集してさらに最後、数話新しい話を書き足しました。
二人のじれったい恋。諦めるのかやり直すのか。
悩みながらもまた二人は………
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね
さこの
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。
私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。
全17話です。
執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ ̇ )
ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*
2021/10/04
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる