20 / 37
19. ピンクからの呼び出し
しおりを挟む私が何度、婚約破棄の事を口にしてもルフェルウス様から返ってくる言葉はいつだって「しない」の一点張り。
そんな不毛なやり取りばかりを繰り返してなかなか決着はつかなかった。
もう何回その言葉を口にしたのか……
そんなある日。
エレッセ様は私を呼び出した。
──ルフェルウス殿下の事で大事な話があります。
放課後、南棟の資料室で待っていて下さい。 エレッセ・ファンファ
「……あからさまな呼び出しだわ」
これは絶対、まともな話では無いうえ、のこのこ向かったらどんな目に遭わされるか分かったものじゃない。
「だけど、いい加減エレッセ様とも話さないといけないのも確かなのよね」
私は手紙を読みながらため息をついた。
ここ数日のエレッセ様は、突然何かと私に絡んでくるようになった。
そして、
「実は私、この間、殿下とぉ……あ、しまった! ごめんなさーい。秘密のお話でしたぁ」
「殿下の側近の皆様が、将来のためにと言って私の面倒を見てくれていてぇ、ふふ、優しい人達ですよねぇ」
などなど、自分がいかにルフェルウス様と親密なのか。また、ルフェルウス様の側近たちと懇意にしているのかをうっかりを装って私に話してくる。
いくら私でもその話を鵜呑みにはしていない。
(でも毎日、嘘か本当かも分からない話ばかり。いい加減、話を聞かされるのも疲れたわ)
「行きたくないけど……」
行かなかったら行かなかったで、
「リスティ様は、男爵令嬢だからと言って私をバカにしているんですね……」
とか言って、大勢の前で泣き出すのは目に見えている。
初めて絡まれた日、面倒で無視をしていたら実際に大勢の生徒の前で泣かれた。
「ミュゼット様はよく毎日相手にしていたわ……尊敬する……」
どうして、あんなにミュゼット様が毎日毎日キーキー怒っていたのか不思議だったけれど、エレッセ様は無邪気を装って人の嫌なところを語り怒らせるようなツボを突いてくる。
ミュゼット様の性格上、黙っていられなかったのだとようやく分かった。
(何が面倒って、エレッセ様はきっとこれらを全部計算してやっている事だわ)
そして、放課後。
私はエレッセ様に言われた通りの場所へと向かう。
「あ、リスティ様、来てくれたんですねぇ、ありがとうございます~」
「……わざわざ、こんな所にまで呼び出して何のお話かしら?」
私の言葉にエレッセ様はにっこりと笑う。
冷たく言い放ったのに全然効いてない。
「決まってるじゃないですかぁ、リスティ様と二人でお話したかっただけですよ~」
「……」
「だって、リスティ様ったら全然、身を引いてくれないんですもん。どうしてですか?」
やっぱりなという内容だった。
そしてこの様子。
まともに話すのは無理そうだった。
「はぁ、リスティ様って案外図々しいんですねぇ」
「……」
「いつまで、婚約者の座にしがみつく気なんですかぁ? 見苦しいと思いますー」
「……」
「もう、分かってますよねぇ? 私の方が殿下の側近達に認められてるんですよ」
「……」
エレッセ様がルフェルウス様の側近に近付いては自分の味方にしている事はもう誰もが知っている。
既にマース様とミッチェル様はエレッセ様の虜なのは言わずもがな。
先日は残る二人にも擦り寄っている姿を見かけた。
「うふふ、ですから、ここまで来れば最終的に、この件があっても無くても、殿下が選ぶのはわた……」
エレッセ様がふふんと勝ち誇った顔を見せたその時──
バンッと資料室の扉が開いた。
「いい加減にしろ! ……勝手な事を言うな!」
私とエレッセ様がその音と声に驚いて入り口をに振り返ると、ルフェルウス様が息を切らして資料室にやって来た所だった。
「で、殿下? どうしてここに? 私はミッチェル様にちゃんと足止めを頼ん……あっ」
驚いたエレッセ様がポロッとそんな言葉をこぼした。
失言に気付いて途中で口を噤んだけれどもう遅い。当然、ルフェルウス様もその言葉を拾っていた。
「……ミッチェルの様子が不自然だったのはそういう事か。あぁ……だから最近、あいつらは……」
ルフェルウス様は何か思う事があったのか、ブツブツ呟きながら何かを確認していく。
そして、私の側までやって来ると、「リスティ」と私の名前を呼んだ後、ヒョイっと私を抱き上げた。
「は!?」
「!?」
エレッセ様がルフェルウス様の突然の行動に驚いている。
私も驚きすぎて何の声も出なかった。
「ファンファ男爵令嬢、申し訳ないけれど私のリスティは返してもらう」
「え? 何で……」
「行こう、リスティ。君がこんな所にいる必要は無い」
そう言って私を抱えたまま、ルフェルウス様は資料室から出ようとする。
「え、あ、やだ。何で……殿下、ちょっと……待っ」
エレッセ様の制止の声を無視してルフェルウス様はスタスタと資料室から出て行った。
「……ルフェルウス様!」
「何だ?」
「降ろしてください、自分で歩けます」
「駄目だ」
(あ、これは何が何でも離してくれない時の顔だ)
逆らってもいい事がないので私は大人しく運ばれる事にした。
やがて誰もいない教室に着くと、ルフェルウス様はようやく私を降ろしてくれた。
「怪我は無いか?」
「ありません……」
「そうか」
ルフェルウス様は安心したように笑う。
「リスティからの伝言を見て驚いた」
「彼はちゃんと伝えてくれたんですね?」
「あぁ」
エレッセ様のところに赴く前、私はルフェルウス様に伝言を残す事にした。
だけど、ルフェルウス様の側近の事はどうしても信じられない。
そこで、私は教室にいたルフェルウス様のクラスメートの令息に伝言を頼んだのだけど……
「もっと早く駆け付けられなくてごめん」
そう言ってルフェルウス様が私を抱きしめる。
「いえ、来てくれてありがとうございます」
だけど、やっぱり……
「どうした?」
「私がいつまでもルフェルウス様の婚約者でいるから、エレッセ様はあんな事を……」
「リスティ!」
ルフェルウス様はそれ以上は言うなと言って抱きしめてくれたけれど、
この時、すでに私の心はかなり疲れていた。
82
あなたにおすすめの小説
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
[異世界恋愛短編集]お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?
石河 翠
恋愛
公爵令嬢レイラは、王太子の婚約者である。しかし王太子は男爵令嬢にうつつをぬかして、彼女のことを「悪役令嬢」と敵視する。さらに妃教育という名目で離宮に幽閉されてしまった。
面倒な仕事を王太子から押し付けられたレイラは、やがて王族をはじめとする国の要人たちから誰にも言えない愚痴や秘密を打ち明けられるようになる。
そんなレイラの唯一の楽しみは、離宮の庭にある東屋でお茶をすること。ある時からお茶の時間に雨が降ると、顔馴染みの文官が雨宿りにやってくるようになって……。
どんな理不尽にも静かに耐えていたヒロインと、そんなヒロインの笑顔を見るためならどんな努力も惜しまないヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
「お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?」、その他5篇の異世界恋愛短編集です。
この作品は、他サイトにも投稿しております。表紙は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:32749945)をおかりしております。
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
【完結】イアンとオリエの恋 ずっと貴方が好きでした。
たろ
恋愛
この話は
【そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします】の主人公二人のその後です。
イアンとオリエの恋の話の続きです。
【今夜さよならをします】の番外編で書いたものを削除して編集してさらに最後、数話新しい話を書き足しました。
二人のじれったい恋。諦めるのかやり直すのか。
悩みながらもまた二人は………
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね
さこの
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。
私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。
全17話です。
執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ ̇ )
ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*
2021/10/04
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる