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3. 最低な男
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───……
「ま、待ってくれ! 婚約解消!? どうしてそんな話になるんだ!」
ジェローム様が私に訴えて来る。
私はもう一度、ジロリと彼を睨みつける。
この眼力に脅えるジェローム様がまたヒッと小さく悲鳴をあげた。
「本来なら、そちらの有責とした婚約破棄にしたいところではありますが」
「は!? 婚約破棄だと!? 金は無いぞ!」
ジェローム様が強く首を横に振る。
───もちろん、そんなことは私も分かっている。
それに、ジェローム様は“浮気”をしたわけじゃない。
(似たようなものだけど!)
婚約破棄を求めてゴネられるのが嫌だったから穏便に話し合いで済ませて“婚約解消”にしようと思った。
「とにかく! こちらがわたくしの差し入れ───婚約解消に必要な書類ですわ」
私は先ほど机の上に叩き置いた書類を指さす。
「おい、待て……レティーシャ!」
「それでは、よい返事をお待ちしています」
「だから、人の話を……」
ジェローム様が私に向かって腕を伸ばす。
私はその手を振り払って叫んだ。
「触らないでくださる?」
「は?」
「あなたは、さっさとわたくしのような冷たい女とは婚約解消して可愛い可愛い義妹を愛でるといいわ!」
「……なっ!?」
再度、ジェローム様のことを思いっ切り睨みつけると踵を返して扉へと向かう。
「レティーシャ……!」
ジェローム様の私を呼ぶ声を無視してバンッと思いっ切り扉を閉めて出て行った。
「…………あー、スッキリした!」
屋敷に戻ろうと乗り込んだ馬車の中でうーんと背筋を伸ばす。
モヤモヤモヤモヤ……
ジェローム様に可愛い可愛い義妹が出来てからずっと感じていたモヤッとしたものは、婚約解消を申し出たことで少しスッキリした。
でも……
「“こんな私”でも良いと思ってもらえる人にやっと出逢えたと思ったのになぁ」
ホホホと虚しい乾いた笑いをこぼす。
始まりはお金目的だったとしても、それまでのお見合い相手とは違ってこの人となら上手くやっていける……
そう思えたのに。
信じた私がバカだった。
「……とはいえ、お父様はまだ怒ってる……でも、婚約解消は叩きつけちゃったわけだし? ……これはもうやったもの勝ちよね?」
我ながら無茶苦茶で強硬手段だったとは思っている。
しかし、ジェローム様の家は侯爵家。
我が家は伯爵家。
その差の壁は大きい。
向こうがすんなり頷いてくれたなら反対しているお父様も納得するしかないはず。
「この三年間で侯爵家もだいぶ持ち直していたし、ジェローム様から私へのあったかもしれない愛情はとうに消え失せているんだから……」
(ジェローム様…………婚約解消の話、のんでくれるわよね?)
そう願ったけれど、残念ながら話はそんな簡単にいかなかった。
────
それから数日後。
「……拒否!? ジェローム様、婚約解消を拒否して来たんですの!?」
「ああ、そうだ」
コホンッと咳払いしたお父様が手紙を私に見せてくる。
ひったくるようにしてその紙を奪い取ると、確かにそこには受け入れられないという旨が記載されていた。
「どうして……!」
「だから言っただろう? 向こうにその気は無いということだ! 婚約者のお前より義妹を可愛がって優遇しているなどレティーシャ、お前の考え過ぎだ」
「そんなことはありません!」
私だって何度、そう思おうとしたことか!
でも、その度に裏切られて失望しての繰り返しだった。
「何度も言っているが、家族を大切にして何が悪いのだ? 大切にしない男なんかよりよっぽど良いことじゃないか」
「それは……」
あのジェローム様とステイシー嬢の距離の近さと二人の間に漂う奇妙な感じは上手く口で説明が出来ない。
見てもらうのが手っ取り早いのだけれど、そんなチャンスはなかなか巡って来ない。
「それに、ジェローム殿を逃したらもうお前は結婚出来ないかもしれないんだぞ?」
「……うっ!」
「かろうじてデビューはしたものの、その後は社交界にも出ずに引きこもり、姿絵を送れば断りの返事ばかり……対面しての見合いは何回ダメになった?」
「十回……」
お父様は確実に嫌なところを突いてくる。
確かに私にもう次はない。
それでも、嫌なものは嫌。
私の中で彼と生きて行くという未来がもう見えない。
「……ジェローム様の所に行って参りますわ」
「おい、レティーシャ!?」
私が椅子から立ち上がるとお父様が引き止めようとして肩を掴んでくる。
「お父様、離して下さい」
「余計なことはしない方がいい。それに、今回の件でジェローム殿だってきっと……」
「……」
お父様は私が婚約解消を言い出したことで、ジェローム様も色々と自分の行動を改めて見つめて考え直すに違いない、と言いたいらしい。
「……ならば、尚更会ってこの目で確かめないといけませんわよね?」
「レティーシャ!!」
私はお父様の手を外すと、そのままその足でニコルソン侯爵家へと直行した。
ニコルソン侯爵家に到着すると予定にない訪問だったことを理由に応接室に通された。
これまでは同じことをしても、先日のようにジェローム様の部屋に直接行くことを許されていた。
(これは“婚約解消”を申し出た影響かしら……?)
「───あら? レティーシャ様! もしかしておにいさまに会いに来られたんですか?」
そんなことを考えながら部屋でジェローム様が来るのを待っていると、そこに現れたのは、ジェローム様ではなくステイシー嬢。
「……え、ええ。そうなの」
私が引き攣った笑顔で言葉を返すとステイシー嬢は、ふーんと言いながら部屋に入って来る。
(……え? 座るの?)
そして私の目の前に腰を下ろすと不思議そうな顔でこてんと首を傾げた。
「でも、今日はおにいさまと約束はしていなかったですよね?」
「ま……まあ、そうですわね」
「へぇ……」
(───なに?)
ステイシー嬢は何か言いたそうな目でじっと私を見てくる。
その目はどこかこれまでとのフワフワした彼女の雰囲気とは違って見えた。
「…………それが何か?」
「いいえ~、おにいさまはこんな風に連絡もなく会いに来てくれる婚約者がいて羨ましいなぁ、って思っただけです」
(────え……?)
それはどう聞いても嫌味にしか聞こえず、顔を上げるとステイシー嬢と私の目が合う。
そして彼女はすぐに、にこっといつもの可愛らしい微笑みを浮かべた。
「あ! そういえば、おにいさまったらこの間からすっごく機嫌が悪……」
「レティーシャーー!!」
突然、バーンと大きな音がして扉が開いて会話が遮られる。
部屋に飛び込んで来たジェローム様の声は明らかに怒っていた。
「あ、噂をすればおにいさま!」
「ステイシー? 見かけないと思ったら……こんなところでレティーシャと何をしているんだ?」
「ん……お話?」
可愛い可愛い義妹の声を聞いてパッと笑顔になるジェローム様。
私はそのコロッとした変わりようを見て内心で舌打ちした。
────この人はやっぱり何も変わっていない。
「ステイシー、すまないが俺たちは話があるから席を外してくれないか?」
「……はーい」
にこっと可愛らしく笑ったステイシー嬢が立ち上がる。
(気のせい? ……今、変な間があった気がする)
そんなことを考えていたら、ステイシー嬢が部屋を出るため私の横を通り過ぎようとした。
まさにその時、小さな声でポソッとした呟きと笑い声が聞こえた。
────なぁんだ、張り合いのない人…………ぷぷっ
「───っ!?」
「では、おにいさま、レティーシャ様、ごゆっくり~」
私が顔を上げて振り返った時には、すでにステイシー嬢は笑顔を振り撒いて部屋を出て行く所だった。
「待ちなさっ……」
「レティーシャ! どこに行くつもりだ! 話があると言っただろう」
「ぐっ……」
ステイシー嬢に今の発言の真意を問い詰めたくて追いかけようとした所をジェローム様に腕を掴まれ止められてしまう。
(そうだ……ジェローム様と婚約解消について話し合わないと)
仕方なく私が座り直すと、手を離したジェローム様は大きなため息を吐きながら言った。
「レティーシャ。いい加減、そのカッチカチの頭は冷えたかい?」
「……冷えたも何も。わたくしの望みは一つです」
「「……」」
私たちの間にピリピリした空気が流れる。
「何度言えば分かる? ……ステイシーは妹だ」
「義理の、ですわよね? あなたと血は繋がっておりません」
「「……」」
今度はピシッと空気が凍った。
「何度でも言います。わたくしは婚約解消を求めます」
「却下だ。俺はステイシーのことはあくまで妹として可愛がっているだけだ。変な勘繰りは止めてもらおう」
「いいえ! わたくしにはそうは見えません」
私の反論に呆れた顔でやれやれと肩を竦めるジェローム様。
そしてククッとバカにしたように笑った。
「ああ、なるほど。レティーシャ、君はステイシーの可愛さに嫉妬しているのか」
「……は?」
「天使のように可愛い顔をしたステイシーを見て羨ましいとでも思ったんだろう?」
その発言に愕然とした。
(この男───……)
「なにせ、君の顔ときたらその目つきの悪さのせいで───」
(最っっっ低!!)
ダンッ!
イラッとした私はとにかく黙らせたくてジェローム様の顔を睨みつけながら、その場で思いっ切り強く足を床に踏みつけた。
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