聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第三十一章 騎士になる者として

(三)小さな戦場へ②

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 エラゼルは小さく咳払いをして、公爵の顔を見る。
「父上、その重要な人物はこれから私と一緒に戦場に参るのですから、程々に御願い致します」
「ああ、済まんな。本題に入ろう……」
 公爵は指を組み、ひとつ大きく息を吐く。それに合わせるように今まで穏やかだった表情は消え、厳しいものに変わる。
「昨年、連中に邸内に侵入された事自体、公爵家として恥ずべき事態だった。しかも王太子殿下らが会場に居られたというのに、だ。それだけに、今年は相手叩き潰す必要が有る。言うなれば、双方にとっての雪辱戦という位置付けになるわけだ……。だが、それには不本意ながら、連中の標的のひとりとなってしまった貴女にも助力を請う必要が有った。そこはご容赦願いたい」
 目下の者であるラーソルバールに対し、公爵は躊躇せずに頭を下げた。
「いえ、何も問題はありません。エラゼル嬢の友人として誕生会に参加させて頂くために参ったのですから」
「ご協力に感謝する。エラゼルの父として、そして公爵家の名誉にかけて、貴女の命は何が有っても守ると約束しましょう」
 表向きは招待客であるラーソルバールの生命を守るというのは、公爵家の体裁を保つためには必須だというのは理解できる。
 だが次の瞬間、公爵が笑みを浮かべ握手を求めるように手を差し出した事で、ラーソルバールは驚いた。こんな目下の娘に対して握手を求めるというのは、さすがに想定外だったからだ。
 咄嗟に理解できず手を出すのを一瞬躊躇したが、失礼にあたると考えて恐る恐る手を差出して公爵の手を握った。
 手が震えていないだろうかと、内心冷や汗をかきながらも、何とか握手を終えた。
 その間、エラゼルは黙って二人のやりとりを見つめていたが、話が終わったと見ると、ひとつ大きくうなずいてから身を乗り出した。

「現在の我が家の使用人は全て、雇用してから二年以上経過しています。今回の件で敵側の潜入は有り得えず、使用人が買収されている可能性も限りなく低いと言っていいと思います。そして招待者も全員本人確認を行っています」
 内部からの攻撃を気にしなくて良い、という意味だろう。
「貴女のことだから、相手が侵入できる経路は絞っていると考えて良いのでしょう?」
「当然です。侵入経路は昨年と同じ、バルコニーのみ。それ以外の要所は私兵の精鋭二十名を密かに領地より呼び寄せて守らせています。これは国王陛下に許可を得ているので、問題にはなりません」
 最後に一言付け加えたのは、領地から兵を呼び寄せるという事の重要性。理由も申請せずに、王都に兵をいれるという事は反乱等の疑いをかけられる可能性が高く、他の貴族に足元をすくわれかねないという事情がある。
「あ、ジャハネート様はどうされました?」
「二つ返事で快諾された。暴れたいし、我々の戦っている姿も見たい、と仰って」
「あの方らしい……」
 二人は顔を見合わせて笑った。
 言葉遣いは違えど、いつもの友の笑顔である。公爵の前でやや緊張していたが、その笑顔で癒されるのを感じた。
「あとは、私達が現地に行けば、良いだけです。旅の仲間達には、姉上が説明して下さる事になっていますので、心配はいりません。それと、姉上も標的となりうるので、別途警護をつけていますので、そちらの心配は不要です」
「分かりました」
「……ああ、忘れていました。私と貴女は、特別に短剣を携帯する事にしています。右脚用の脛甲に付属していますので、ここで装着していってください」
 エラゼルから差し出された箱を手にすると、蓋を開け、手際良く脛甲を装着する。確認するように付属している短剣を手にすると、元通りに収めた。
 そして、はっとしたように口元に手をあて、ラーソルバールは頭を下げる。
「確認のためとはいえ、公爵閣下の御前で刃物を取り出しましたこと、どうかお許しください」
「いや、貴女に害意など無い事は元より承知、気にされる必要は無い。それよりも、怪我無く事を終えることを祈っていますよ」
 公爵は優しく微笑んだ。
「感謝いたします。では、お先に戦場に向かわせていただきます」
 もう一度頭を下げると、ラーソルバールはエラゼルと視線を合わせ、立ち上がる。赤と白のドレスは、ふわりと空気を孕んで艶やかに踊り、そして扉の外へと消えて言った。

「なるほど、戦女神か……エラゼルは良い人を宿敵として成長してきたのだな」
 二人を見送った公爵はひとりごちた。
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