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第19話 突然の訪問者 side若菜
しおりを挟む突然のインターホン。
急に家にやってきたのは、吉野……直樹先輩だった。薬やお料理に使えそうな食材など、たくさんの物を持って、看病に来てくれたみたい。
私はそれまで、雅貴とのキスに夢中で。
雅貴は躊躇いながら、というか私に気を遣いながら、服の上から私の身体を触っていた。
キスだけでも蕩けそうなのに、触られるともっともっとドキドキした。身をよじって、逃げたい気持ちと、もっとしてほしい相反した気持ちが心の中で渦巻いてた。
でも、直樹先輩が来て、上がってもらうことになったみたいで。
とりあえず私は、乱れた服を直して玄関に向かったわけだけど……。雅貴も、直樹先輩も、とても爽やかイケメンだから、昨日からお風呂に入っていない自分が急に恥ずかしくなって、申し訳ないけどお風呂に入らせてもらって今に至る。
でも、わからないのは、なぜか直樹先輩が髪の毛を乾かしてくれるみたい。
「若菜ちゃん、こっちおいで? 髪、乾かしてあげる」
「ふぇっ⁉︎ だ、大丈夫ですよ、自分でできますっ」
って言ったにも関わらず、
「そうじゃなくて。俺にも、チャンスちょうだい?」
ーーチャンスちょうだいって。
だから私は、はい、としか言えなかった。
雅貴にも聞こえているはずなのに、こちらを向かない。……向きたくないんだとわかってる。
それほど私は、中途半端なことをしているっていう自覚もある。
「さ、若菜ちゃん。俺の膝の上に乗って?」
ーーええっ? 膝? ただでさえ恥ずかしいのに⁉︎
「ええっ⁉︎ わ、私重いですよ?」
「若菜ちゃん、それってさ、世の中の女性にガチで喧嘩売ってるから」
ーーそれってどういう意味だろう。
私は断ることができず、ソファーに座る直樹先輩の膝にそっと腰掛けた。ショートパンツを穿いているから、先輩の足と触れる部分の、私の地肌がとてもあつい。
ーー恥ずかしい。
ーーブオオオオオオ!
まるで美容師さんみたいに、慣れた手つきで髪を乾かしてくれる直樹先輩。
雅貴と同じで、直樹先輩も今までたくさんの女性と付き合ってきたんだろうなって、ふと思う。……でも、佐々木先輩とはどうなったんだろう。私の勘違いだったのかなぁ。
なんて考えていると、ドライヤーの音に紛れて、直樹先輩の切なそうな声が聞こえてきた。
「若菜ちゃん、昨日よりキスマーク増えてるね」
「ーー! ……はい」
「俺がつけたキスマークは、上書きされちゃったの?」
私は何も答えられなかった。
そのとおりだから。
今私の中で渦巻くのは、直樹先輩と雅貴、2人への申し訳ない気持ち。私が不甲斐ないばかりに、2人を傷つけてしまっている。
ーーブオオオオオオ! コトン
直樹先輩は、なぜかドライヤーの電源を入れながら、ソファーに置いた。
その瞬間、
「ーー!」
私の首に、優しいキスが降り注ぐ。
私はせめて雅貴に聞こえないようにと、声を必死に抑える。
ーー声なんて出したら、雅貴が傷ついちゃう。
我慢しようと思えば思うほど、我慢ができなくなる矛盾感。キスされるたびに、ブルッと身体が小さく震えて、心臓に砂糖がかかったみたいに甘くキュウンとなる。
「可愛い、若菜ちゃん」
「~~!」
先輩はそのまま、私を背中から抱きしめた。
先輩の身体に、すっぽり入る私。
先輩の逞しい腕が、私の身体に。
ーー心臓の音、聞こえちゃわないかな。
雅貴の壁ドンもかなりキュンとしたけれど、先輩に後ろから抱きしめられるのも、胸が締め付けられるようにキュンとする。
「ねぇ、俺じゃ、ダメ? もう、遅い?」
「え……あの……」
先輩は耳元で囁いた。
突然の告白に戸惑う私。
それに、雅貴がいるこの場所で。
「もう? ダメ? それとも、チャンスくれる?」
「直樹せん……ぱい……」
ギュウッと抱き締められたうえ、耳元で囁かれると身体がゾクッとして何も考えられなくなる。
ーー雅貴、見てないよね? ごめんね、雅貴。
彼氏なのに……。
私は罪悪感に苛まれ、先輩の膝からすっと降りた。
「ありがとうございます。あとは自分でブローしますね」
「……わかったよ」
先輩の、悲しそうな声。
一旦拒否したことが、伝わった証拠。
私、優柔不断だけれど、少なくとも雅貴がいるこの場所で、堂々とでも、隠れてでも、浮気はしたくない。ツライ時に助けてくれた雅貴だからこそ、私のせいで、傷つけたくなんかない。
でもこの選択で結局、先輩のことは傷つけた。
どっちと本当は付き合いたい、なんて私が決めていいご身分なんじゃないのは充分承知してる。
でもだからこそ……。できるだけ、2人のことを傷つけたくない。それがまた、優柔不断の悪循環になるのはわかっているけれど。
私はせめてものフォローのために、先輩と話しながらブローをすることにした。
「先輩、女の子の髪乾かすの慣れてますよね?」
「ええっ! そうかなぁ。意識してなかったけど……。でもそれってちょっと、若菜ちゃんからしたら微妙だよね」
「やっぱりモテる人は違うなぁって、思いましたよ」
「そうきたかー! ま、まぁ否定はしないかな」
「さすがです、先輩」
ーーうん。私、普通にできてる。
「私ももう26ですし、みんな普通に付き合いますよねぇ。ね? 雅貴?」
私はここで敢えて雅貴に話を振る。
さっきから、雅貴の背中が悲しみや動揺を物語っていたから。少しでも、元気になってほしい。
「んー。俺よりも、吉野先輩のが経験人数多いんじゃないか?」
私のトスから、直樹先輩にアタックを決める雅貴。
ーーやっぱり雅貴、不機嫌だよね。
「そうくるかー鈴木。でも、俺28だけど、極々普通だと思うぞ?」
「先輩の普通って、どんなもんすか」
「んー。鈴木と同じくらい、かな? 俺らちょっと似てるとこあると思うんだよね。どう思う?」
「ま、まぁ、そうかもしれません」
ーー経験人数、かぁ。
「やっぱり2人ともモテますよね。わかりますもん。滲み出るオーラっていうか、なんていうか」
「そういう若菜ちゃんは?」
「私、付き合ったことないんです」
「うそ? 本当に?」
「はい。あ、でも今は雅貴にお試しで付き合ってもらってますけれど」
先輩は、うーんと唸る。
「若菜ちゃん、モテると思うんだけど。告白されたことあるでしょ?」
「それは、多分、人並みに……」
「若菜の人並みってどんなもんなんだか。……や、やめよ聞くの。俺多分へこむから」
「普通だよ、多分」
いつもの雅貴が戻ってきてくれた。
私は少し、ホッとする。
「でも、どうして付き合わなかったの? 若菜ちゃん」
「なんだか、全然好きでもないのに付き合うって、失礼かなって」
「……それって……」
と言いかけて、直樹先輩は言葉を止めた。
先輩の顔が、曇っていく。
「さ、とりあえずメシ食いましょ。俺が作ったから上手くないかもしれないけど。でも途中まで先輩も作ってくれてたから、良くも悪くも評価は半々ってことで!」
目の前に並んだ朝食。
おかゆに、ブロッコリー、スープに、目玉焼き、ウィンナー。
一人暮らしをしていると、人が作ってくれたご飯を食べるありがたみが何倍にもなる。
「美味しそう! ありがとうございます。2人とも」
「「「いただきます」」」
「うーん。おいしーい♡」
「だろ? なかなか上手くできたよな?」
「先輩のおかげかもよ?」
「うるさいぞ若菜」
ーーカチャン!
美味しい嬉しい朝ごはんに舌鼓を打つやいなや、先輩はピタリと箸を止めた。
「あのさ、鈴木」
「なんですか?」
「もし、明日若菜ちゃんの体調が治っていたらの話なんだけど」
「……はい」
「デート、させてくれないかな」
「ええっ⁉︎ デート、ですか?」
「そう。デート。好きな場所、連れて行ってあげる。いいかな、鈴木。1日借りても」
「……」
驚く私に反して、雅貴は何も言い返さなかった。
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