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「……カ、カミラ……?」
これまで一度だって、声かけもノックもなしに扉を開けたことなどなかったカミラの行動に、エルシーはただ、困惑した。それからはっと我に返り、お腹のアザを手で隠したが、腕や背中にあるものは、隠しきれず。
エルシーの身体に複数ある新旧の青アザに、カミラは絶句し、顔面蒼白となった。
「……お、お嬢様……何ですか、それは……いったい、誰に……っ」
「ち、違うの。これは、わたしの不注意で……」
視線をさ迷わせるエルシーに、カミラが一歩一歩、近付いていく。
「こ、こないで! 本当に大丈夫だから!」
声を震わすエルシーを、カミラは、包み込むように優しく抱き締めた。
「……大丈夫なわけ、ないじゃないですか……っ」
エルシーが、はっと目を見張る。そして、気持ちが追い付かないままに、エルシーの頬に、涙が流れはじめた。
──ああ。カミラは本当に、わたしのことを心配してくれているんだ。
スペンサーとは違う、ほっとする温もり。胸の高鳴りはないけど、恐怖もない。
久しぶりにひとしきり泣いたあと、エルシーは、このことは他言無用とカミラに約束させたのちに、全てを話した。
話が進んでいくうちに、カミラの顔色が怒りに染まっていくのが見てとれ、エルシーは慌てて口を開いた。
「で、でもね。もう二度とこんなことはしないって約束してくれたのよ。スペンサーはきっと、心の病気で、それと必死に闘っていてねっ」
「……だからといって、こんなこと、許されるはずがありませんよ。病気だか何だか知りませんが、浮気をしたあげく、暴力をふるうだなんて……狂っているとしか思えません……っ」
カミラの両こぶしが、怒りのために震えているのがわかった。エルシーはその手を、そっと握った。
「心配してくれて、ありがとう。今まで誰にも言えなかったから、ちょっとすっきりしたわ──そのうえで、改めて、お願いしたいの。このことは、誰にも言わないで」
「ですが……っ」
「お願い。わたし、どうしてもスペンサーが好きなの。愛しているの。それにね、本当にもう、浮気もしないし暴力もふるわないって、泣きながら約束してくれたの。だから」
「──それは、何度目の約束ですか?」
カミラの指摘に、エルシーの身体がぴくりと揺れた。そう。この約束は、はじめてではない。
「……お願い! もしまたスペンサーが浮気をして、暴力をふるわれたら、そのときにはきちんと考えるから!!」
「…………っ」
涙ながらの必死の訴えに、カミラが声をなくす。こんなこと、許されていいはずがない。けれどこのままノヴァック侯爵たちに伝えたところで、スペンサーはむろん、エルシーもその事実を否定するだろう。
(……時間をかけてお嬢様を説得するか、確固たる証拠を掴むしか……)
「……わかり、ました。けれど、スペンサー様が約束を破られたときには、旦那様に報告します。それでよろしいですね?」
「わ、わかったわ」
こんな言い方をすれば、エルシーはそれを、隠そうとするだろう。けれどもう、隠させはしない。カミラは誓い、注意深くエルシーを観察することを決意した。
──でも。
エルシーが記憶喪失となってしまったのは、その翌日のことだった。
これまで一度だって、声かけもノックもなしに扉を開けたことなどなかったカミラの行動に、エルシーはただ、困惑した。それからはっと我に返り、お腹のアザを手で隠したが、腕や背中にあるものは、隠しきれず。
エルシーの身体に複数ある新旧の青アザに、カミラは絶句し、顔面蒼白となった。
「……お、お嬢様……何ですか、それは……いったい、誰に……っ」
「ち、違うの。これは、わたしの不注意で……」
視線をさ迷わせるエルシーに、カミラが一歩一歩、近付いていく。
「こ、こないで! 本当に大丈夫だから!」
声を震わすエルシーを、カミラは、包み込むように優しく抱き締めた。
「……大丈夫なわけ、ないじゃないですか……っ」
エルシーが、はっと目を見張る。そして、気持ちが追い付かないままに、エルシーの頬に、涙が流れはじめた。
──ああ。カミラは本当に、わたしのことを心配してくれているんだ。
スペンサーとは違う、ほっとする温もり。胸の高鳴りはないけど、恐怖もない。
久しぶりにひとしきり泣いたあと、エルシーは、このことは他言無用とカミラに約束させたのちに、全てを話した。
話が進んでいくうちに、カミラの顔色が怒りに染まっていくのが見てとれ、エルシーは慌てて口を開いた。
「で、でもね。もう二度とこんなことはしないって約束してくれたのよ。スペンサーはきっと、心の病気で、それと必死に闘っていてねっ」
「……だからといって、こんなこと、許されるはずがありませんよ。病気だか何だか知りませんが、浮気をしたあげく、暴力をふるうだなんて……狂っているとしか思えません……っ」
カミラの両こぶしが、怒りのために震えているのがわかった。エルシーはその手を、そっと握った。
「心配してくれて、ありがとう。今まで誰にも言えなかったから、ちょっとすっきりしたわ──そのうえで、改めて、お願いしたいの。このことは、誰にも言わないで」
「ですが……っ」
「お願い。わたし、どうしてもスペンサーが好きなの。愛しているの。それにね、本当にもう、浮気もしないし暴力もふるわないって、泣きながら約束してくれたの。だから」
「──それは、何度目の約束ですか?」
カミラの指摘に、エルシーの身体がぴくりと揺れた。そう。この約束は、はじめてではない。
「……お願い! もしまたスペンサーが浮気をして、暴力をふるわれたら、そのときにはきちんと考えるから!!」
「…………っ」
涙ながらの必死の訴えに、カミラが声をなくす。こんなこと、許されていいはずがない。けれどこのままノヴァック侯爵たちに伝えたところで、スペンサーはむろん、エルシーもその事実を否定するだろう。
(……時間をかけてお嬢様を説得するか、確固たる証拠を掴むしか……)
「……わかり、ました。けれど、スペンサー様が約束を破られたときには、旦那様に報告します。それでよろしいですね?」
「わ、わかったわ」
こんな言い方をすれば、エルシーはそれを、隠そうとするだろう。けれどもう、隠させはしない。カミラは誓い、注意深くエルシーを観察することを決意した。
──でも。
エルシーが記憶喪失となってしまったのは、その翌日のことだった。
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