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「アラーナお嬢様。これだけは信じてください。少なくとも、あなたに何も告げないまま、わたしが姿を消すことは絶対にありません」

「ち、ちがっ……わたしは、あなたに枷をおってほしいわけじゃないの」

「枷なんて、思ってませんよ」

「ごめんなさい……嫌な言い方をしたわ。そうじゃなくて、テレンスには、自由に生きてほしくて……わたしはその邪魔をしたくなくて」

 でも。アラーナは悔しそうに唇を噛んだ。

「邪魔をしたくないのに、わたしはいま、あなたがいないと生きていけない、のが……情けなくて」
 
「言ったでしょう? 死を望むあなたを生かしたのは、わたしのエゴです。だから、邪魔だなんて言わないでください。それに──」

「……それに?」

「あなたが頼れるのが、わたしだけというのは、何だか悪くない気分ですので」

 小さく笑うテレンス。アラーナは、僅かに頬を赤く染めた。

「ほ、本当に……?」

「本当です」


 ──それは、わたしを安心させるための嘘?


 今まで家族にも婚約者にも愛されずに育ってきたアラーナは、どうしても素直に、テレンスの言葉を受けとることができない。そんな自分が嫌になった。でも。

(……別れは、いつやってくるかわからないから)

 テレンスに早くアラーナと呼んでもらいたいのも、気さくに話してもらいたいのも、全て、いつくるかわからない別れが怖かったから。

 だってそれは、今日かもしれない。信用してないわけじゃない。単に、自分に自信がないだけだ。傍にいてもらう価値が、自分にあるとは思えないから。

 ──ああ、ならば。いっそ。

 アラーナは密かに、一つの決意をした。


 それからまた馬車で一日かけて移動した、すっかりと空が真っ暗に染まったころ。ようやく宿屋を見つけたテレンスが、宿屋の主人に部屋は空いているかとたずねたところ、一人部屋が一つだけ空いてるよ、と言われた。

「一人部屋、か……」

 昨日も同じ部屋で寝たし、自分は床で寝ればいいかと考えたテレンスは、それで構わない、と答えたのだが。

「──駄目」

「アラーナさん、それはこちらの科白です」

 アラーナとテレンスが、睨み合っていた。床で寝ると申し出たテレンスに、アラーナが、一緒に寝ればいいじゃない、と提案したからだ。提案、というか、アラーナは最初からそのつもりだったのだが。

「床でなんて、絶対に駄目。どうしてもわたしと同じ寝台で寝たくないのなら、わたしが床で寝るわ」

「あのですね。そういう問題ではないんですよ。それに、普通に男として、女性を床で寝かせられるわけないでしょう」

「……そういう問題ではないって、わたしと同じ寝台で寝るのが嫌なわけではないってこと?」

 テレンスが、うっと言葉に詰まった。

「……ですから。年頃の男女が同じ部屋で眠るのも問題なのに、同じ寝台で眠るのなんて、駄目に決まっているでしょう?」

「……駄目、かな」

「決まっているでしょう」

「──わたしは、テレンスと一緒に寝てみたい」

「……は?」

 驚愕するテレンスに、アラーナはしゅんと肩を落とした。

(……どうせいつか別れのときがくるならと思って、我が儘言ってみたけど)

 エイベルは婚約者だったが、実際のところ、手さえ繋いだことがない。物心つくころにはもう、親は妹ばかりに目がいっていて、ろくに構ってくれなくなっていた。そんなアラーナは──こうなってみてはじめて気付いたが、人肌がやけに恋しかった。

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