──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ

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 愛する人がいる。それを理由に、パットがオーレリアを蔑ろにすることは決してなかった。月に数回はデートしていたし、キャンセルはおろか、遅刻されたことすら一度もなかった。

 そして二人でいるとき、オーレリアが話をふらない限り、パットはアデラインの名を口に出すことすらしなかった。

 パットは紳士的で、とても優しかった。そんなパットに少しずつ、少しずつ、オーレリアが惹かれはじめていた、十二月のこと。


「わたし、一度、アデラインさんにお会いしてみたいです」

 学園の食堂で昼食をとっているとき、オーレリアは唐突に、正面に座るパットにそう告げた。パットがキョトンとする。

「突然、どうしたの?」

「わたしの中では突然、というわけではなかったのですが……前からお会いできたらなとは思っておりました。パット様はわたしに気を使ってあまりアデラインさんのことはお話になりませんが、時々うかがうアデラインさんの人となりに、もしかしたらお友達になれるかもしれない、と……」

「友達?」

「はい。わたしは家が借金を抱えていることもあり、この学園ではどうしても引け目を感じてしまい……あまり友と呼べる存在がおりません。アデラインさんはわたしとパット様の婚約を承知してくれているとおっしゃっていたので、もしかしたら──ああ。でも、いくら政略とはいえ、やはり愛する人と婚約した女になど、会いたくはないでしょうか……」

「そんなことはないよ。アデラインも産まれ育った故郷をはなれて以来、朝から夜まで働きづめだったから、友達をつくる余裕もなかったみたいなんだ。だからきっと、喜んでくれると思う……のだけれど」

「……けれど?」

 パットは、それがね、と苦笑した。

「実は、父上たちからきつく言われていてね。オーレリアとアデラインを絶対に会わせてはならないって。まあ、当然のことだとは思うけど」

 オーレリアは、確かにと思いながらも「でも、双方が会いたいと言っているのなら、クーヘン伯爵もきっといいと言ってくださると思いますよ」と笑った。

「そう、だね。そうかも。なら、父上に手紙を書いて、承諾を得ることにするよ。これは、きみの家に援助するための条件の一つでもあったから」

 オーレリアは僅かに目を見開いた。

「わたしとアデラインさんを会わせないことが、ですか?」

「うん。そうだよ」

「……何だか、随分と気を使っていただいていたみたいですね」

「それはそうだよ。何せ、無理を言ったのはぼくだから」

「いえ、そんな……借金のある家に婿養子としてきてくださるだけでなく、援助までしていただけるのですから……わたしはもう、それだけで感謝してもしきれないのに、こんなに気を使っていただけるなんて……」

「それは、オーレリアが優しい子だからだよ。ぼくはきみにも、ちゃんと好意を抱いているよ。ありがとう。アデラインと仲良くなってくれたら、ぼくも本当に嬉しい」

 パットが優しくはにかむ。オーレリアは胸が少しだけ高鳴った気がしたけれど、気付かないふりをした。


 友達になりたいのは、嘘偽りないオーレリアの本心。

 ──でも。

(……アデラインさんと会って、この人にはかなわないって、想いは決して届かないって、早く思い知りたいな)

 これも、本当。

 だからだろうか。


 街で偶然見つけたパットの後を、こっそりつけてしまったのは。

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