3 / 32
3
先ほどジャスパーは、十二と言っていた。まだこの状況を全然呑み込めてはいないが、それは後だ。マリーの記憶が確かなら、すでに──。
「お、お父様! ジャスパーとの婚約ですがっ」
父親は、ああ、と口元を緩めた。
「むろん、お前の願い通り、朝一で正式な手続きはすませておいたよ」
父親の言葉に、マリーは愕然とした。力が抜け、床に座り込む。ゆっくりとジャスパーが近付いてくるのがわかった。
「互いに十二になったら、婚約しよう。そういう約束だったからね。ぼくもこの日が待ち遠しくて仕方がなかったよ」
花束が差し出された。マリーは虚ろな目をジャスパーに向けた。確かに愛していたはずの男が、そこにはいた。優しい双眸をこちらに向けている。けれどもう、感じるのは、嫌悪と恐怖だけ。
「……ごめんなさい。わたし、気分がすぐれなくて……少し、部屋で休んできます」
顔を背け、立ち上がろうとするマリー。ジャスパーが「大丈夫?」と手を差し出すが「平気だから」と一人で立ち上がった。ジャスパーが不安気に口を開く。
「マリー、どうしたんだい? いつもならこんなとき、真っ先にぼくを頼ってくれるのに」
確かにこれまでなら、真っ先にジャスパーに甘えていた。部屋まで送って、眠るまで傍にいて。そんなことすら言った記憶がある。
(……嫌いな相手にずっとそんな風に甘えられていたら、誰だって嫌よね)
だからと言って、ジャスパーがしたことが正当化されるわけでは決してないが、自分にも反省すべきところはあったかもしれない。
「……金魚の糞、か」
小さく呟く。ジャスパーが「何か言った?」と訊ねてくるが、いいえ、と返した。
思い返せば、確かにそうだった。まだ七歳だったときに告白されてからジャスパーを意識するようになり、とろけるように甘く、優しくされていくうちに、ジャスパーが大好きになっていった。いつだって傍にいて、片時も離れたくなくて、ずっと後ろをくっつくようになっていった。さぞかし鬱陶しかったことだろう。
けれどシュルツ伯爵家の次男として生まれたジャスパーは、ランゲ公爵家唯一の子どもであるマリーと結婚して婿養子になるために。楽をするために。お金のために。それらを演技で綺麗に隠していた。
(わたしはそれに気付かず、相思相愛だと思い込んでいたわけだ……)
何と愚かで、情けない話しだろう。もしやこれは、わたしが思い描く、空想の中なのだろうか。いや、もうそれでもいい。せめて、同じ道は辿りたくなかった。
「お、お父様! ジャスパーとの婚約ですがっ」
父親は、ああ、と口元を緩めた。
「むろん、お前の願い通り、朝一で正式な手続きはすませておいたよ」
父親の言葉に、マリーは愕然とした。力が抜け、床に座り込む。ゆっくりとジャスパーが近付いてくるのがわかった。
「互いに十二になったら、婚約しよう。そういう約束だったからね。ぼくもこの日が待ち遠しくて仕方がなかったよ」
花束が差し出された。マリーは虚ろな目をジャスパーに向けた。確かに愛していたはずの男が、そこにはいた。優しい双眸をこちらに向けている。けれどもう、感じるのは、嫌悪と恐怖だけ。
「……ごめんなさい。わたし、気分がすぐれなくて……少し、部屋で休んできます」
顔を背け、立ち上がろうとするマリー。ジャスパーが「大丈夫?」と手を差し出すが「平気だから」と一人で立ち上がった。ジャスパーが不安気に口を開く。
「マリー、どうしたんだい? いつもならこんなとき、真っ先にぼくを頼ってくれるのに」
確かにこれまでなら、真っ先にジャスパーに甘えていた。部屋まで送って、眠るまで傍にいて。そんなことすら言った記憶がある。
(……嫌いな相手にずっとそんな風に甘えられていたら、誰だって嫌よね)
だからと言って、ジャスパーがしたことが正当化されるわけでは決してないが、自分にも反省すべきところはあったかもしれない。
「……金魚の糞、か」
小さく呟く。ジャスパーが「何か言った?」と訊ねてくるが、いいえ、と返した。
思い返せば、確かにそうだった。まだ七歳だったときに告白されてからジャスパーを意識するようになり、とろけるように甘く、優しくされていくうちに、ジャスパーが大好きになっていった。いつだって傍にいて、片時も離れたくなくて、ずっと後ろをくっつくようになっていった。さぞかし鬱陶しかったことだろう。
けれどシュルツ伯爵家の次男として生まれたジャスパーは、ランゲ公爵家唯一の子どもであるマリーと結婚して婿養子になるために。楽をするために。お金のために。それらを演技で綺麗に隠していた。
(わたしはそれに気付かず、相思相愛だと思い込んでいたわけだ……)
何と愚かで、情けない話しだろう。もしやこれは、わたしが思い描く、空想の中なのだろうか。いや、もうそれでもいい。せめて、同じ道は辿りたくなかった。
あなたにおすすめの小説
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~
山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。
この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。
父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。
顔が良いから、女性にモテる。
わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!?
自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。
*沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
ジェリー・ベケットは愛を信じられない
砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。
母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。
それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。
しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。
だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。
学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。
そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。
※世界観はゆるゆる
※ざまぁはちょっぴり
※他サイトにも掲載