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先ほどジャスパーは、十二と言っていた。まだこの状況を全然呑み込めてはいないが、それは後だ。マリーの記憶が確かなら、すでに──。
「お、お父様! ジャスパーとの婚約ですがっ」
父親は、ああ、と口元を緩めた。
「むろん、お前の願い通り、朝一で正式な手続きはすませておいたよ」
父親の言葉に、マリーは愕然とした。力が抜け、床に座り込む。ゆっくりとジャスパーが近付いてくるのがわかった。
「互いに十二になったら、婚約しよう。そういう約束だったからね。ぼくもこの日が待ち遠しくて仕方がなかったよ」
花束が差し出された。マリーは虚ろな目をジャスパーに向けた。確かに愛していたはずの男が、そこにはいた。優しい双眸をこちらに向けている。けれどもう、感じるのは、嫌悪と恐怖だけ。
「……ごめんなさい。わたし、気分がすぐれなくて……少し、部屋で休んできます」
顔を背け、立ち上がろうとするマリー。ジャスパーが「大丈夫?」と手を差し出すが「平気だから」と一人で立ち上がった。ジャスパーが不安気に口を開く。
「マリー、どうしたんだい? いつもならこんなとき、真っ先にぼくを頼ってくれるのに」
確かにこれまでなら、真っ先にジャスパーに甘えていた。部屋まで送って、眠るまで傍にいて。そんなことすら言った記憶がある。
(……嫌いな相手にずっとそんな風に甘えられていたら、誰だって嫌よね)
だからと言って、ジャスパーがしたことが正当化されるわけでは決してないが、自分にも反省すべきところはあったかもしれない。
「……金魚の糞、か」
小さく呟く。ジャスパーが「何か言った?」と訊ねてくるが、いいえ、と返した。
思い返せば、確かにそうだった。まだ七歳だったときに告白されてからジャスパーを意識するようになり、とろけるように甘く、優しくされていくうちに、ジャスパーが大好きになっていった。いつだって傍にいて、片時も離れたくなくて、ずっと後ろをくっつくようになっていった。さぞかし鬱陶しかったことだろう。
けれどシュルツ伯爵家の次男として生まれたジャスパーは、ランゲ公爵家唯一の子どもであるマリーと結婚して婿養子になるために。楽をするために。お金のために。それらを演技で綺麗に隠していた。
(わたしはそれに気付かず、相思相愛だと思い込んでいたわけだ……)
何と愚かで、情けない話しだろう。もしやこれは、わたしが思い描く、空想の中なのだろうか。いや、もうそれでもいい。せめて、同じ道は辿りたくなかった。
「お、お父様! ジャスパーとの婚約ですがっ」
父親は、ああ、と口元を緩めた。
「むろん、お前の願い通り、朝一で正式な手続きはすませておいたよ」
父親の言葉に、マリーは愕然とした。力が抜け、床に座り込む。ゆっくりとジャスパーが近付いてくるのがわかった。
「互いに十二になったら、婚約しよう。そういう約束だったからね。ぼくもこの日が待ち遠しくて仕方がなかったよ」
花束が差し出された。マリーは虚ろな目をジャスパーに向けた。確かに愛していたはずの男が、そこにはいた。優しい双眸をこちらに向けている。けれどもう、感じるのは、嫌悪と恐怖だけ。
「……ごめんなさい。わたし、気分がすぐれなくて……少し、部屋で休んできます」
顔を背け、立ち上がろうとするマリー。ジャスパーが「大丈夫?」と手を差し出すが「平気だから」と一人で立ち上がった。ジャスパーが不安気に口を開く。
「マリー、どうしたんだい? いつもならこんなとき、真っ先にぼくを頼ってくれるのに」
確かにこれまでなら、真っ先にジャスパーに甘えていた。部屋まで送って、眠るまで傍にいて。そんなことすら言った記憶がある。
(……嫌いな相手にずっとそんな風に甘えられていたら、誰だって嫌よね)
だからと言って、ジャスパーがしたことが正当化されるわけでは決してないが、自分にも反省すべきところはあったかもしれない。
「……金魚の糞、か」
小さく呟く。ジャスパーが「何か言った?」と訊ねてくるが、いいえ、と返した。
思い返せば、確かにそうだった。まだ七歳だったときに告白されてからジャスパーを意識するようになり、とろけるように甘く、優しくされていくうちに、ジャスパーが大好きになっていった。いつだって傍にいて、片時も離れたくなくて、ずっと後ろをくっつくようになっていった。さぞかし鬱陶しかったことだろう。
けれどシュルツ伯爵家の次男として生まれたジャスパーは、ランゲ公爵家唯一の子どもであるマリーと結婚して婿養子になるために。楽をするために。お金のために。それらを演技で綺麗に隠していた。
(わたしはそれに気付かず、相思相愛だと思い込んでいたわけだ……)
何と愚かで、情けない話しだろう。もしやこれは、わたしが思い描く、空想の中なのだろうか。いや、もうそれでもいい。せめて、同じ道は辿りたくなかった。
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