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ローレンスの屋敷。ノイマン公爵家の屋敷。それらを通りすぎた先に、ロッティの実家はある。ローレンスにもノイマン公爵にも見つかりたくないジェフは、屋敷から離れたところを歩くことにした。
──すると。
ノイマン公爵の屋敷から、誰か出てくるのが見えた。ジェフはびくっとし、物陰に隠れた。人影が、ローレンスの屋敷に向かう。月明かりに照らされたその人物は、兄のローレンスだった。
(……兄上か。離れた場所を歩いていてよかった)
ローレンスは門扉を開け、屋敷の扉のノッカーを叩いた。玄関扉が開く。そこから現れたのは──ロッティだった。
(……兄上の屋敷にいたのか。でも、こんな遅い時間にどうして……?)
ジェフは目を見開きながら、ローレンスの屋敷の門扉近くまで近付いた。姿が見えないように、柱に身を隠しながら。二人の会話に耳をすます。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ、ただいま。ロッティ」
ひゅっ。ジェフの呼吸が一瞬止まった。思考が完全に停止する。柱からそっと二人に目を向ける。
二人は、確かに抱き合っていた。
愕然とした。ただ偶然に、ロッティがローレンスの屋敷を訪れていたわけではない。ロッティは、ローレンスと一緒に住んでいるのだ。そしてロッティがローレンスを、あなた、と呼んでいたということは、つまり──。
ジェフは、その場に崩れ落ちた。予想もしていなかったことが現実に起きている。とてもじゃないが、信じられなかった。
(……待ってくれていると、思っていたのに)
ジェフは絶望した。ロッティに裏切られたような気がして、哀しみと怒りがない交ぜになる。そこで、ふっとロッティの顔が脳裏に蘇った。ジェフの不倫を知り、別れを切り出したときの、あのロッティの顔を。
(……ああ、そうか。きみはあのとき、こんな気持ちだったのか)
ジェフははじめて、裏切られた者の哀しみ、怒りを理解したような気がした。
──一方。屋敷に入ろうとしていたローレンスは、背後に何かの気配を感じ、振り返りながら足を止めていた。ロッティが「どうかしたの?」と訊ねる。
「……いや。気のせいだったみたいだ」
言いながら、ローレンスは屋敷に入り、玄関扉を閉めた。
「新しい環境には慣れたかい?」
「ええ。みんな、とても優しくしてくれているもの。前のお屋敷にいた使用人もついてきてくれたし、お義母様とお義父様も、何かと気にかけてくれて」
寝室にある寝台に、二人が並んで身体を横たえながら、会話をする。蝋燭の灯りが、二人の顔を淡く照らしている。
「そりゃあね。小さな頃からロッティを好いていたのはもちろん、やっとわたしが身を固めたことに歓喜していたから」
「ふふ。わたしがあなたのプロポーズを受けたと話したら、泣いて喜んでくれたものね」
「──ああ。本当に、感謝しているよ」
ロッティは「それはわたしの科白よ」と、穏やかに目を細めた。
「わたしはきっと、同じ経験をしたあなたでなかったら、もう一度結婚しようなんて思えなかったもの」
ロッティがローレンスの頬にそっと手を添え、頬を緩めた。
「こういうの、傷の舐め合いって言うのかしら」
ローレンスはロッティの手を握りながら「かもしれないな」と目を細めた。
「でも、誰にどう思われてもいいさ。大事なのは、こうしていま、互いに笑い合えていることだから」
そうね。
ロッティは穏やかに答えると、やがて深い眠りに落ちていった。そんなロッティの寝顔を、静かに見つめるローレンス。
遠い昔。
自分でも忘れてしまっていた恋心。弟がロッティを好きだと気付いたとき、ローレンスは自身の恋心を胸の奥に閉まった。まさかこんな日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
明日は休日。
ロッティと屋敷でのんびりと過ごすのもいいが、何処かに出かけるのも楽しそうだ。ローレンスはそんな楽しい未来を脳裏に描きながら、ゆっくりと目を閉じた。
─おわり─
──すると。
ノイマン公爵の屋敷から、誰か出てくるのが見えた。ジェフはびくっとし、物陰に隠れた。人影が、ローレンスの屋敷に向かう。月明かりに照らされたその人物は、兄のローレンスだった。
(……兄上か。離れた場所を歩いていてよかった)
ローレンスは門扉を開け、屋敷の扉のノッカーを叩いた。玄関扉が開く。そこから現れたのは──ロッティだった。
(……兄上の屋敷にいたのか。でも、こんな遅い時間にどうして……?)
ジェフは目を見開きながら、ローレンスの屋敷の門扉近くまで近付いた。姿が見えないように、柱に身を隠しながら。二人の会話に耳をすます。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ、ただいま。ロッティ」
ひゅっ。ジェフの呼吸が一瞬止まった。思考が完全に停止する。柱からそっと二人に目を向ける。
二人は、確かに抱き合っていた。
愕然とした。ただ偶然に、ロッティがローレンスの屋敷を訪れていたわけではない。ロッティは、ローレンスと一緒に住んでいるのだ。そしてロッティがローレンスを、あなた、と呼んでいたということは、つまり──。
ジェフは、その場に崩れ落ちた。予想もしていなかったことが現実に起きている。とてもじゃないが、信じられなかった。
(……待ってくれていると、思っていたのに)
ジェフは絶望した。ロッティに裏切られたような気がして、哀しみと怒りがない交ぜになる。そこで、ふっとロッティの顔が脳裏に蘇った。ジェフの不倫を知り、別れを切り出したときの、あのロッティの顔を。
(……ああ、そうか。きみはあのとき、こんな気持ちだったのか)
ジェフははじめて、裏切られた者の哀しみ、怒りを理解したような気がした。
──一方。屋敷に入ろうとしていたローレンスは、背後に何かの気配を感じ、振り返りながら足を止めていた。ロッティが「どうかしたの?」と訊ねる。
「……いや。気のせいだったみたいだ」
言いながら、ローレンスは屋敷に入り、玄関扉を閉めた。
「新しい環境には慣れたかい?」
「ええ。みんな、とても優しくしてくれているもの。前のお屋敷にいた使用人もついてきてくれたし、お義母様とお義父様も、何かと気にかけてくれて」
寝室にある寝台に、二人が並んで身体を横たえながら、会話をする。蝋燭の灯りが、二人の顔を淡く照らしている。
「そりゃあね。小さな頃からロッティを好いていたのはもちろん、やっとわたしが身を固めたことに歓喜していたから」
「ふふ。わたしがあなたのプロポーズを受けたと話したら、泣いて喜んでくれたものね」
「──ああ。本当に、感謝しているよ」
ロッティは「それはわたしの科白よ」と、穏やかに目を細めた。
「わたしはきっと、同じ経験をしたあなたでなかったら、もう一度結婚しようなんて思えなかったもの」
ロッティがローレンスの頬にそっと手を添え、頬を緩めた。
「こういうの、傷の舐め合いって言うのかしら」
ローレンスはロッティの手を握りながら「かもしれないな」と目を細めた。
「でも、誰にどう思われてもいいさ。大事なのは、こうしていま、互いに笑い合えていることだから」
そうね。
ロッティは穏やかに答えると、やがて深い眠りに落ちていった。そんなロッティの寝顔を、静かに見つめるローレンス。
遠い昔。
自分でも忘れてしまっていた恋心。弟がロッティを好きだと気付いたとき、ローレンスは自身の恋心を胸の奥に閉まった。まさかこんな日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
明日は休日。
ロッティと屋敷でのんびりと過ごすのもいいが、何処かに出かけるのも楽しそうだ。ローレンスはそんな楽しい未来を脳裏に描きながら、ゆっくりと目を閉じた。
─おわり─
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