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 人間の血肉を好む魔物が、口をぱかっと開ける。だが、魔物を背にしているリビーの視界にうつっているのは、歪んだアントンの顔だけ。

 魔物とリビーの距離が、手を伸ばせば届く位置にきた。

 ガッ!!
 
 何かが刺さる、鈍い音がすぐ間近で聞こえた。吼える魔物の腹に後頭部があたったリビーは、跳ね返されるように地面に倒れた。

 顔を上げ、後ろを向く。魔物の前足に、一本の矢が刺さっていた。呆然とするリビーの真横から、複数の馬が駆ける音が響いてきた。アントンもそれに気付いたのか、そこに目を向けている。

「…………あ」

 見慣れた顔触れに安堵したのか。アントンは、どさっと尻餅をついた。ここ数年、命の危険を感じることは、ほとんどなくなっていた。だからこそ、魔物と対峙する恐怖を、忘れていた。

(……ああ。私にはやはり、エリノアしかいない)

 魔物討伐部隊の真ん中にいるエリノアに、アントンが熱い視線を送る。

「──エリノア!」

 大きな声で呼んだが、エリノアは真っ直ぐに、魔物だけを見据えている。

 いまはそれが、何より頼もしく、誇りに思えて。アントンが満足そうに微笑む。

「……お、お姉ちゃぁん……!!」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたリビーが、エリノアに向かって助けを求めるように手を伸ばしている。

 なんと情けない姿だ。

 アントンが自分のことは棚に上げて、吐き捨てる。

 魔物は痛みで怒り狂い、目の前にいるリビーに、矢が刺さっていない方の前足を振り上げた。

「やだぁぁぁぁっっ……!!」

 頭を抱え、リビーが目をつぶる。エリノアは、魔物討伐部隊の副隊長に、行きます、と言い、魔物とリビーのあいだに入り、結界を張った。

 ばちんっ。

 魔物が弾かれた。アントンが、魔物討伐部隊の兵士たちに、かかれ、と命じた。が。


「──自分の立場を忘れたか、アントン・ゴーサンス」


 魔物討伐部隊の後方から響いた聞き覚えのある低音に、アントンは固まった。


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