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 ガッ。
 右手が、手すりを掴んだ。勢いに手のひらが擦れ、熱がおきる。反射で左足を前に出し、力を込め、落下を免れる。

 落馬したときの記憶が蘇り、頭がずきりと痛んだ。心臓が、まわりの音をかき消すほどに煩く、ドクンドクンと動いている。

「…………っ」

 階段に座り込み、息を整えるクライブ。はあ、はあ。息をすることすら忘れていたのか、呼吸が荒く、短い。

「──クライブ殿下? どうかされたのですか?」

 王宮使いのメイドが、階段の下から心配そうに声をかけてきた。そこでようやく現実に戻されたように、クライブは、はっと顔を上げた。

「……え?」

 上から降ってきたのは、デリアの困惑した声色。落ちていなかったのか。そう、顔に書いてあった。同じようにこちらを覗き込む、デリアの護衛役の男の顔は、真っ青だった。

「──聖女デリアは、わたしを階段から突き落とした。そうだな?」

 震える身体をなんとか奮い立たせ、クライブが護衛役の男に問う。メイドは驚愕に目を見開かせていた。

「お前は、見ていたな?」

 重ねて問いかける。デリアが、違います、と被せるように叫んだ。

「あたし、そんなことしてません! クライブ殿下は前を向いていたのですから、誰が背中を押したかなんて、わからないでしょう?!」

「……背後にいたのは、きみだ」

「あたしだけじゃありません! この人もクライブ殿下の後ろにいたではありませんか!」

 ギョッとしたのは、もちろん護衛役の男だ。ふざけるなと吐き捨ててから、クライブに視線を移した。

「クライブ殿下、私は確かに目撃しました。聖女デリアが体当たりで、あなたの背中を押したところを」

「聖女であるあたしが、そんなことすると思います!?」

 護衛役の男が、思いますね、とデリアを睨み付けた。

「教会の者から、少しずつ噂は広まってるんですよ。あんたが聖女とは名ばかりの、単なるわがまま女だってことがね。掃除の一つも手伝わないばかりか、服や食べ物なんかは遠慮なしに欲張る役立たずってな」

「あ、あたしは聖女なのよ? 存在自体が奇跡なの! そんなこともわからないの?!」

「癒やしの力を使うと疲れるからと、ろくにその奇跡も使わないくせに?」

「……あんた、いい度胸してるわね。陛下に頼んで、極刑にしてもらうから覚悟しときなさい」

 護衛役の男は、舌打ちせんばかりに口を開いた。

「クライブ殿下を突き落としたこと。黙ってるなら、一回だけ抱かせてあげる。そう言ってましたっけね。でもあいにく、私には愛する可愛い恋人がいるので、謹んで辞退させていただきますよ。聖女様」

 それを否定するより、デリアは他のことが気に障ったようで。

「可愛い? あたしより? あんた、目が腐ってるんじゃない?」

 と、真顔で吐露した。


 
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