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「──ただいま戻りました」

 思っていたよりもセオドアとの会話が続き、いつもより遅い時間に帰宅してきたフェリシア。待ちかねていたように、侍女のグレンダが足早に近付いてきた。

「フェリシアお嬢様。クライブ殿下がいらっしゃってますよ」

「クライブ殿下が……?」

 フェリシアが眉をひそめる。デリアを傷付けた罪を、わざわざ屋敷まで咎めにきたのか。思い、唇を軽く噛む。

「……クライブ殿下はどこに?」

「? 旦那様と奥様と一緒に、応接室に……」

 この屋敷内で、クライブが記憶喪失になったことを知っているのは、ハウエルズ公爵とハウエルズ公爵夫人のみ。ましてクライブに打たれたことはまだ誰も知らない。険しい表情をするフェリシアを、不思議そうにグレンダが見るのも仕方ないことだが、フォローする余裕が、いまのフェリシアにはなかった。

「わかったわ。ありがとう」

 姿勢を正し、応接室に向かう。愛してくれる両親を理不尽に追い詰めるなら、断固として戦う。改めて決意し、失礼します、と扉を開けた。

「……フェリシア」

 拍子抜けするぐらいの、か細い声。呼んだのは、左頬を赤くしたクライブ。予想外のことに、フェリシアがぽかんとする。

「え、と」

 困惑するフェリシアに「クライブ殿下にどうしてもと頼まれ、私が打った」と告げたのは、腕を組んだハウエルズ公爵だった。

「まあ、記憶喪失とはいえ? どんな事情があったとはいえ? 私の可愛い娘を理不尽に打ったのだから、これぐらいは大人しく受け入れてくれなくてはなあ」

 ははは。乾いた笑いの横で、ハウエルズ公爵夫人も、そうですねえ、と笑みを浮かべている。しかしその目は、一切笑ってない。

「頼まれたって……お、お父様。そんなことして、これが罠だったらどうするのですか? いまのクライブ殿下は、聖女デリアのためなら、きっとどんなことでも」

 血の気が引いた顔で慌てるフェリシアに、クライブは顔を歪めながら立ち上がり、頭を下げた。

「……ごめん」

 目を丸くするフェリシアに、ハウエルズ公爵は仕方ないとばかりに口を開いた。

「聖女デリアに、階段上から突き落とされたショックで、記憶が戻ったそうだ」

「…………かい、え?」

 すぐに内容が理解できずに、フェリシアがクライブとハウエルズ公爵を交互に見る。クライブはゆっくり頭を上げ、更に驚くことを告げた。

「聖女デリアは、いま、地下牢に捕らえられている。これは父上も了承していることだから、安心して」

 フェリシアの頭の上に、大量の疑問符が浮かんだ。

 
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