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王様
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「……ウィチ、自分で気が付いたのか?俺の番は本当に聡明だな」
俺の言葉に、おじさんたちではなくて、アスファーが驚いたとばかりに応える。
アスファーはやっぱり、気が付いていて黙っていたな。
そう思って軽くにらむけど、俺の視線にアスファーはにこにこと笑うばかりだ。
「俺の住んでた国には王様なんていないからな。最初はからかわれてるのかと思ったけど、どうやらそうでもなさそうだし。……まだ信じられないけど、」
「そうだ。ここはクーデル国。イリシア大陸の西に位置する中立国。ウィチの住んでいた世界とは異界になる」
「そうだって……随分あっさり言うな。こんなに重大なことを」
「ウィチと出会えた以上に重要なことなんてないからな」
いや、意味分かんねぇよ。
それって人間出会いが大切的な何かで、俺のその後はまぁどうでもいいってことか?
確かに他人がどこから来たかとか、これからの生活どうしたらいいのかとか出会ったばかりじゃ関係ないと思うだろう。
普通そうだ。
関係ないと突き放されたようで、顔が引き攣るけど、でも彼を非難するのもお門違いでそれはただの八つ当たりだ。
なんて応えていいか分からなくてとりあえず俺にとって一番大切なことを聞かなければと思い至る。
「その、俺、帰れるんだよな?日本……元の世界に」
ここへどうやって来たか分からない。
滑って目が覚めたらこのベッドに寝ていた。
体中痛いしなんだか嫌な夢を見た気もするけど、本当に間の記憶がすっぽり抜けている。
来た方法が分からないから帰り方なんて想像もつかない。
この世界の彼らなら知っているかもしれない、とアスファーの顔を縋るように見上げると……彼の瞳が大きく見開かれて。
一瞬の間を置いてから、彼の全身からぴりぴりとした空気が発せられた。
「…………帰りたいのか?なぜ?」
激情を押し殺しているような瞳で見つめられて体が震える。
恐ろしいほどの美形に至近距離で威圧的に見つめられて、俺は思わずいい訳のように口を開く。
「あ、いや、だって俺こっちの世界のこと何も知らないし、」
「それならばゆっくり知っていけばいいだろう」
急に刺すような雰囲気を発したアスファーに、俺は混乱して冷や汗が出る。
ゆっくり知っていくって、身寄りどころか知人すらいないところでどう知っていけって言うんだ。
この後の生活だってどうしたらいいのか分からない。
俺はパソコンがなければ仕事ができない人種だし、この世界でまともな仕事にありつけるかどうか。
しばらくはこの王宮でお世話になれるかもしれないけど、それだって永久じゃないだろう。
「前の世界に、誰か待つ人間でもいるのか?」
「あー……、それはいないけど、」
両親とはすっかり疎遠だし、恋人だと思っていた男とは切れたばかりだ。
仕事を放り出して消えてしまうのは罪悪感があるが、俺がいなければ職場が回らないとまでは思っていない。
そう考えると、別に俺は必要とされていなかったんだな、と内心ため息をついた。
「ではなぜ」
アスファーが腕を伸ばして俺の手首を掴む。
決して痛くない強さだけど、大きな掌にがっちりと握られて俺は困って眉を下げた。
どうやらアスファーは、俺にこの世界に残って欲しいようだ。
その感情は、正直言って嬉しい。
今まで誰にもそんな感情は向けられたことがないだろう。
もしアスファーが、この先も俺と会ってくれるなら……友人か知人としてでもいい、側にいていいと思ってくれるなら、なぜか彼と離れがたいと思ってしまう。
だけどそうなると、やっぱり考えるのはこの先の生活だ。
日本では満足のいく一人暮らしを、自分の力でできていた。
でもここは全く未知の世界で俺は一般常識すら知らない。
アスファーに会いたいがために、会えるかもという希望に縋りたいがために、この世界でホームレスにでもなったら最悪だ。
彼の気まぐれがいつまで続くのか分からないのに、全てを投げ捨てたあげく路頭に迷ったら目も当てられない。
こちらの生活基盤をどう作ったらいいんだ。
どう説明しようかと考えていると、黙ってこちらを伺っていたワハシュ王がそっと口を開いた。
「では、この世界のことをお教えする係を、わたくし共で手配いたしましょう。それならばご安心できましょう」
「え、本当ですか?」
ワハシュ王の方を振り向くと、彼はにこりと笑顔を作った。
「ええ、ええ、もちろんでございます。この世界に一刻も早く慣れるよう、わたくし共も尽力いたします」
「いいんですか……すみません、お願いします!」
俺は有難すぎる提案に食い気味で応える。
頭を下げてから、ほっと息をついた。
良かった。
習うより慣れろで職を紹介してもらおうかとも思ったけれど、一般常識なんかは教わった方がずっといい。
まだ見ていないけれど文字が分からなかったり、スマホもインターネットもない世界だったら知識の吸収は一苦労だ。
どれくらいの期間かは分からないけど誰かが教えてくれるなら、こちらの世界に馴染むのが格段に早くなるだろう。
有難い。
なぜか俺に帰って欲しくないと主張していたアスファーもきっと満足だろう。
そう思って彼を振り返ると……また、微妙に苦い顔している。
先程までの不機嫌さはないけれど、かといって嬉しそうでもない。
その少しだけ眉を寄せた秀麗な顔を眺めて、俺は何が正解だったんだろうかと内心首を捻った。
俺の言葉に、おじさんたちではなくて、アスファーが驚いたとばかりに応える。
アスファーはやっぱり、気が付いていて黙っていたな。
そう思って軽くにらむけど、俺の視線にアスファーはにこにこと笑うばかりだ。
「俺の住んでた国には王様なんていないからな。最初はからかわれてるのかと思ったけど、どうやらそうでもなさそうだし。……まだ信じられないけど、」
「そうだ。ここはクーデル国。イリシア大陸の西に位置する中立国。ウィチの住んでいた世界とは異界になる」
「そうだって……随分あっさり言うな。こんなに重大なことを」
「ウィチと出会えた以上に重要なことなんてないからな」
いや、意味分かんねぇよ。
それって人間出会いが大切的な何かで、俺のその後はまぁどうでもいいってことか?
確かに他人がどこから来たかとか、これからの生活どうしたらいいのかとか出会ったばかりじゃ関係ないと思うだろう。
普通そうだ。
関係ないと突き放されたようで、顔が引き攣るけど、でも彼を非難するのもお門違いでそれはただの八つ当たりだ。
なんて応えていいか分からなくてとりあえず俺にとって一番大切なことを聞かなければと思い至る。
「その、俺、帰れるんだよな?日本……元の世界に」
ここへどうやって来たか分からない。
滑って目が覚めたらこのベッドに寝ていた。
体中痛いしなんだか嫌な夢を見た気もするけど、本当に間の記憶がすっぽり抜けている。
来た方法が分からないから帰り方なんて想像もつかない。
この世界の彼らなら知っているかもしれない、とアスファーの顔を縋るように見上げると……彼の瞳が大きく見開かれて。
一瞬の間を置いてから、彼の全身からぴりぴりとした空気が発せられた。
「…………帰りたいのか?なぜ?」
激情を押し殺しているような瞳で見つめられて体が震える。
恐ろしいほどの美形に至近距離で威圧的に見つめられて、俺は思わずいい訳のように口を開く。
「あ、いや、だって俺こっちの世界のこと何も知らないし、」
「それならばゆっくり知っていけばいいだろう」
急に刺すような雰囲気を発したアスファーに、俺は混乱して冷や汗が出る。
ゆっくり知っていくって、身寄りどころか知人すらいないところでどう知っていけって言うんだ。
この後の生活だってどうしたらいいのか分からない。
俺はパソコンがなければ仕事ができない人種だし、この世界でまともな仕事にありつけるかどうか。
しばらくはこの王宮でお世話になれるかもしれないけど、それだって永久じゃないだろう。
「前の世界に、誰か待つ人間でもいるのか?」
「あー……、それはいないけど、」
両親とはすっかり疎遠だし、恋人だと思っていた男とは切れたばかりだ。
仕事を放り出して消えてしまうのは罪悪感があるが、俺がいなければ職場が回らないとまでは思っていない。
そう考えると、別に俺は必要とされていなかったんだな、と内心ため息をついた。
「ではなぜ」
アスファーが腕を伸ばして俺の手首を掴む。
決して痛くない強さだけど、大きな掌にがっちりと握られて俺は困って眉を下げた。
どうやらアスファーは、俺にこの世界に残って欲しいようだ。
その感情は、正直言って嬉しい。
今まで誰にもそんな感情は向けられたことがないだろう。
もしアスファーが、この先も俺と会ってくれるなら……友人か知人としてでもいい、側にいていいと思ってくれるなら、なぜか彼と離れがたいと思ってしまう。
だけどそうなると、やっぱり考えるのはこの先の生活だ。
日本では満足のいく一人暮らしを、自分の力でできていた。
でもここは全く未知の世界で俺は一般常識すら知らない。
アスファーに会いたいがために、会えるかもという希望に縋りたいがために、この世界でホームレスにでもなったら最悪だ。
彼の気まぐれがいつまで続くのか分からないのに、全てを投げ捨てたあげく路頭に迷ったら目も当てられない。
こちらの生活基盤をどう作ったらいいんだ。
どう説明しようかと考えていると、黙ってこちらを伺っていたワハシュ王がそっと口を開いた。
「では、この世界のことをお教えする係を、わたくし共で手配いたしましょう。それならばご安心できましょう」
「え、本当ですか?」
ワハシュ王の方を振り向くと、彼はにこりと笑顔を作った。
「ええ、ええ、もちろんでございます。この世界に一刻も早く慣れるよう、わたくし共も尽力いたします」
「いいんですか……すみません、お願いします!」
俺は有難すぎる提案に食い気味で応える。
頭を下げてから、ほっと息をついた。
良かった。
習うより慣れろで職を紹介してもらおうかとも思ったけれど、一般常識なんかは教わった方がずっといい。
まだ見ていないけれど文字が分からなかったり、スマホもインターネットもない世界だったら知識の吸収は一苦労だ。
どれくらいの期間かは分からないけど誰かが教えてくれるなら、こちらの世界に馴染むのが格段に早くなるだろう。
有難い。
なぜか俺に帰って欲しくないと主張していたアスファーもきっと満足だろう。
そう思って彼を振り返ると……また、微妙に苦い顔している。
先程までの不機嫌さはないけれど、かといって嬉しそうでもない。
その少しだけ眉を寄せた秀麗な顔を眺めて、俺は何が正解だったんだろうかと内心首を捻った。
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