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王家の花

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私の、養子だ。

簡単に言ってしまえば彼を王族に迎え入れたのだ。
王である兄には既に子供が何人もいるし、彼が王位継承権を得ることはない。
だが王族の縁戚となる。
没落しかけた貴族としてはこの上ない出世だ。
しかも兄は、もしヒルベルトに2人以上息子が生まれれば、一人はヒルベルトの元の家であるセレンを名乗ることも許した。

王族の人間を欲しいと言ったヒルベルト。
だが誰を望むとは言っていなかった。
そのことに付け入るように私を押し付け、地位を与えることで解決しようとしたのだ。

私の養子にしてやるという王からの手紙を読んで、ヒルベルトは一体なにを考えたのか。
そうではない相手が違うと乗り込んでくるかと思ったが、彼からの申し立てはなく、数ヶ月のうちに全ての手筈が整ってしまった。




王宮内にヒルベルトの部屋は用意されず、かといって私に与えられている領地の屋敷は遠いため、彼の屋敷へと越していくこととなった。

ヒルベルトはもとからローレリーヌを彼の屋敷へと迎え入れるつもりだったんだろう。

支度が間に合わず身一つに近い状態で赴いた私が通されたのは、この美しく豪奢に整えられた部屋だ。

ヒルベルトの屋敷自体はそれほど大きなものではなく慎ましいものだ。

だがその中で、主人の気遣いと愛情が伝わってくるような、美しい部屋。
この部屋に主を……ローレリーヌを迎え入れることを想って心を尽くしたんだろう。
その愛情の溢れる部屋に転がり込んだのが、まさか私とは。

彼の気持ちを踏みにじった罪悪感が、この部屋にいるだけでちくちくと私の胃を刺す。
せめて私が女だったら。
いや、もしそれが無理ならばローレリーヌのように美しければ。

無駄な空想は考えても無駄だとさっき自分で斬り捨てたくせに、今度はまた違った『もし』が頭の中に浮かんでは消える。
何があっても彼は私を欲することはない。
美しい花は一つだけなのだから。
そう心の中で自分に言い聞かせるが、ため息が止まらなかった。




「……なにかお飲み物をお持ちいたしましょうか?」


ソファに深く腰掛けてこの数ヶ月で起こったことを思い出していたら、使用人が近くに寄ってきたことも気が付かなかった。
掛けられた声に思わず体がびくりと跳ねてしまったが、取り繕うようにしてぎこちなく笑みを顔に浮かべた。


「いや、いいよ。気にしないでくれ」

「さようでございますか。お寒くはありませんか?何か上に羽織るものを……」


私よりも20は年上であろう使用人は、柔らかな口調であれこれと世話を焼こうとしてくる。
鬱々とした私に気を遣っているのだろう。
だがその気遣いも私の罪悪感を一層刺激するだけで居心地のいいものではなく、彼の言葉を『それより』と声を上げて遮った。


「聞きたいことがある」

「何でございましょうか?」

「その、……ヒルベルトには、お気に入りの娼婦とかは、いるのかな?」

「……ユーリス様?娼婦、でございますか?」


脈絡のない私の問いに彼は首を傾げた。
私の言葉を聞き間違えたのかと思っているのが分かるほど、彼はあからさまな困惑を顔に浮かべた。


「主人のことを聞き回ろうというんじゃない。ただ、誰か気に入った子がいるなら呼んでほしい。特に馴染みの相手がいないなら店で人気の娘を。代金はもちろん私が払うよ」


あまり視線を合わせないようにして早口に告げる。


「ユーリス様、おっしゃっている意味が分かりかねますが……今宵のお相手に、ということですか?」

「それ以外に呼ぶ意味はないだろう」

「……かしこまりました」


繰り返される問いかけに思わず冷たく答えると、その私の言葉をゆっくりと飲み込んだ年かさの使用人は、狼狽した表情のまま姿勢を正した。
深く頭を下げて退出した彼の姿をぼんやりと視線で追い、それから瞼を閉じて目頭を揉んだ。


こんなことしかできない自分が嫌になる。
だが『王家の花を』と望んだというのに、贈られてきたのは萎れた枯れ葉だ。

本来だったら初夜になったであろう夜。
柔らかい娼婦を腕に抱いて、せめて体だけでも慰めになればいい。
私では身代わりにすらならない。

欲が少ない男が唯一望んだものが与えられないなんて。
今後は彼が出世できるようにと手は尽くすつもりだが、一途な恋に破れた男の慰めになるだろうか。


「不運な男だな……」


美しい金髪のローレリーヌと違って、白に近い乾いた髪をつまむ。
呟いた言葉は広い部屋の中に溶けて消えていった。













いつまでもソファに座っているわけにもいかないし、私が感傷に浸ったところで事態は変わらない。
今日はこの屋敷に越してくるということだけで疲弊してしまったけれど、また明日から戦後の処理が待っているのだ。

重たい体をなんとか気力だけでソファから引き剥がして立ち上がる。

本当はもうこのまま何も考えずに眠ってしまいたい。
だけどそんなことをしたら辛いのは明日の自分だと、心の中でそう自分に言い聞かせる。


ふらつく足取りでベッドの方へと進もうとすると、不意に扉が強く叩かれた。

……何かあったのだろうか。


もう深夜とも言っていい時間だ。
客人が来るようなことはないはず。

恐る恐る重たい扉へと近づき、小さく開く。
すると蝋燭を手に持った、すっぽりと私を覆いつくしてしまうほど大きな影が目の前に現れた。


「ヒル、ベルト……?」


湯を浴びた後なのだろう。
まだしっとりと濡れた髪のままの男が、扉の前に立っていた。
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