明々怪談

満奇

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やかたにすくうもの肆

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シノノメ探偵社での話を終えた二人は、オレンジがかった屋根が可愛らしいこじんまりとした一軒家の前に立っていた。明の家である。あの日バケモノと出会った屋敷とは似ても似つかないどこにでもありそうな、それでいて人の営みの匂いがする家だ。しかし、明はいつもと違う家の様子に違和感を覚えた。明の両親はどちらも仕事で夜遅くなることが多い。それなのに、家の中に電気がついていた。不思議に思いながら玄関を開けると、リビングに繋がるドアから、両親が揃って出てきた。
「光陰の方ですか」
 父親の口から出た言葉に明は耳を疑った。『光陰高校』。今日まで名前すら聞いたことのない学校だった。その名前を父親が知っていたことに驚いたのだ。
「いえ、学校関係者ではありません。生徒です。ですが、推薦という形で学校に紹介することはできます。生徒推薦という制度もあって、編入する生徒は多いです」
「明は……光陰高校へ入った方が良いでしょうか?」
「はい。今までは何故か……本当に何故かわかりませんが、彼は無縁でいられました。でも、一度力が開くと……。それなら、振る舞いも含めて、光陰で学ぶのが一番安全だと思います。」
「おいっちょっと待てよ! 父さんも久斗もわけわかんない話するなよ! 何で親父は光陰高校知ってるんだ!」
 自分のことを話しているはずなのに、勝手に進む話を明が止めた。父親が当たり前のように久斗と話していることに頭が混乱する。
「光陰高校のことは、よくとは言わないが知っていたよ。お前のおばあちゃんの母校だ。」
 明の父はゆっくりと静かに息を吐きながら言った。
「今の彼の話からして、怪奇現象に遭遇したんだろう。……お前は小さいころからそうだった」
「え……」
「誰もいない横断歩道で向こう側に怖い人がいると泣きじゃくることがよくあった」
「明、覚えてない? 山にキャンプに行ったときも川で遊んでる子がいるから俺も泳いでくるとか言って走り出したこと。十一月にそんな子いるわけないのに。あとで調べたら何年も前に川で子どもが溺れて亡くなった場所だったのよ」
 父と母の口から語られるエピソードは、明にとって全く身に覚えのないものだった。明は自分の記憶にある限り、幽霊もお化けも妖怪もそんなもの見たことも感じたこともなかった。しかし、どうやらそれは明だけの認識だったようだ。
「お前は見える子だった。……父さんも母さんも全くそういうことはないが、父さんの家系は見える人も多かった。お前のおばあちゃんはその中でも強い力を持っている人だったんだ」
 祖母のことは、明も覚えていた。田舎に住んでいて、休みのたびに遊びに行っていた。周りにほとんど民家のない場所だったが、そこで大きな畑をひとりで世話し、明たちが遊びに行くとたくさん可愛がってくれた。どこにでもいる普通のおばあさんで、そんな特異な能力があるようには見えなかった。祖母の口から、そんな単語も聞いたことはなかった。
「父さんの親戚で見える人は何人かいたが、明の見え方は程度が違った。だから、おばあちゃんがお前の力を封じようと言ったんだ」
「母さんも最初は信じられなかったのよ……。でもあなた本当に不思議なことばかり話すの。しかも、危ない目にあったこともあったしね……。アッチに連れていかれそうになってるんだって……。だからおばあちゃんに頼ったの」
 そう語る母の目は真剣だった。明をからかってやろうとするいつもの快活な母の様子は全くない。父は母を心配げに一瞥してから、話を続けた。
「おばあちゃんに明の力を封じてもらうとき、もし、それでも明の力が戻ったら、光陰高校に進学させた方がいいと言われたんだ。見えるっていうのは、それだけ狙われやすくなるから……と。だから、父さんも母さんもいつかこの時が来る覚悟はしていた」
 明の初めて知る話ばかりだった。自分にそんな秘密があったなんて微塵も思わず生きてきた明は、両親から語られる話の数々がどこか現実味のないフィクションのように思えた。
「明、今日ね、母さんの夢におばあちゃんが出てきたのよ。何も言わないんだけど、母さんの方をじっと見つめて頷くの。ああ……その時が来たのかもって。それで起きて父さんにその話をしたら、全く同じ夢を見ていて。だから今日は早く帰ってきたの」
「……なんだよそれ……俺、全然何にも知らなかった」
 自分のことのはずなのに、勝手に話が進んでいき、たくさんのことを隠されていたことがやるせなかった。
「明、光陰高校へ転校するぞ」
「ふざけんなよ」
 明はたまらず大声を出す。
「なんで決定事項みたいに言うんだよ! 転校なんてしたくねえよ! 今日ほんとわけわかんねえよ。なんで黙ってた? 俺一人振り回されて。今の学校に受かったとき、父さんも母さんもめっちゃ喜んでくれたよな。どうしたんだよ」
 自分が何を言っているかもわからなくなりそうなほど、明の口からは次々と言葉がこぼれた。予想もしていなかった変化が自分に訪れることを受け入れられなかった。
「明」
 すると、ずっと黙って明の両親の話を聞いていた久斗が、明の肩を掴んだ。
「言わなかったんじゃない、言えなかったんだ」
「は?」
「……君の言う通りだ。少しでもそういったアチラガワの世界に触れてしまったら、明はまた見えるようになるんじゃないかと、父さんも母さんも怯えてたんだ。……ごめんな」
父親の力のない声に、明は何も言えなくなってしまった。霊感などない両親にとって、バケモノが見える息子は恐ろしかったはずだ。それなのに、受け入れどうにか自分が幸福に暮らせる術を考えてくれていた両親。その両親が言うのなら、確かに自分にとっての最善は光陰高校へ行くことなのだろう。先程の激情が嘘のように、事実を胸に落とし込むことができた。
「……行くよ、俺……」
 人生が目まぐるしく変化する音がした。


みえるものまもるものつかうもの壱
 明は今、重厚な扉の前で深呼吸をしている。十月からの転入生として光陰高校へ編入することが決まった明だったが、光陰高校では入学前に全生徒が学園長と面談をするらしい。久斗に「見える者」として推薦されているため、入学自体は試験という試験もなく認められてしまったが、試験でなくても偉い人と話をするんだと思うと肩に異常に力が入ってしまっていた。
「ああああ緊張する」
 言ってもどうしようもないことなのに、油断すると弱音が零れる。そうしていると、目の前の扉がゆっくりと開いた。背筋は不自然なくらい伸びて、体に力が入っているのがわかる。開いた扉からは、中肉中背でスーツを着た男性が現れた。
「君が田町明くんだね」
「はいっ」
 完全に声が裏返った明に男性が微かに笑う。
「そんなに緊張しないで。話するだけだから。あ、僕がこの学校の学園長をしている山久と申します。さあ、入って」
 学園長は明を学園長室へ招き入れた。「そこにどうぞ」と言われて座ったソファーはシノノメ探偵社のソファーとは比べ物にならないくらいふわふわだった。
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