Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第一部

12.疑い 5

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 その日のホームルームで、席替えが行われた。僕たちの席は離れてしまった。貸し切りの予定はかろうじて受け取ることができた。でもそれ以降、僕が果歩にリンクに誘ってもらえる回数は急速に減っていった。

 ちょうどその頃、僕たちのクラスは雰囲気が次第に変わりつつあった。男子と女子の仲が取り立てて悪くなったわけではないけれど、男子は男子、女子は女子という集まり方をするのがいつの間にか普通になっていた。そんな中で特別な関係のある奴らだけが、登下校や休みの日に交流を持つようになり始めた。おかげで深い意味などなくても異性と話をするだけで、冷やかされたりするようになった。
 そんな空気も相まって、僕は果歩の変化を気にも留めていなかった……。


 シルバーの前段階の練習が本格化していくにつれ、パターンダンスをこなすということの難しさを僕は日に日に知ることになった。それはただ覚えたステップの羅列を二人でなぞればいいというものではなかった。
 二人で組んだ状態で、定められたコースを正確に辿たどりながら、且つ、二人ともが正しいエッジに乗るということが、いかに難しいことか。
「ここまでよ、ここまで! そのままここまで流れてきて!」

 社交ダンスのように向かい合ってワルツホールドで進む僕たちの少し先に先生が立っている。その場所まで今乗っている足のまま来いという指示だ。
 ついほんの先なのに、僕たちはもうそこまでたどり着ける速度を持っていなかった。

 右腕を陽向さんの背中に回し左手を宙でつないだ状態で、二人とも片足で立ったまま、極力失速しないように身動きせずに堪える。ほぼ止まりかけで、やっと先生の元にたどり着く。曲からはとうに取り残されている。

「そう。そしてここで、足を変える。いつも早すぎるわよ」
「あの、かなり厳しいんですけど」
「ふらふらしてるからよ。最初からきっちりしたエッジにお乗りなさいよ。」

 もちろん僕だってそうしたかった。だけど、一人で滑るのとは事情が違うのだ。最初からいいエッジに乗ろうにも思わぬ所に相手がいて思った場所に足が着けなかったり、お互いの進行方向に微妙なズレがあって思わぬ方向に引っ張られたり。

「この個所はね、制覇君は膝をゆっくり伸ばしてそのまま立ち上がる、背中まっすぐね。で、陽向ちゃんは制覇君の膝と膝の間に入っていくようにターン。こんな感じできちっと乗れば、そんなに速度が落ちるわけないんだけれど?」

 そう言われても、簡単に二人の息が合わないから苦労してるんですよ……。

 ところが先生と陽向さんが組んでやって見せてくれると、同じステップでも問題が起こらない。先生が言った。
「結局はね、男性側のリードの問題なのよ。お互いが邪魔しない、良い場所に行くように、あなたがリードするの。分かった?」
「……。あんまり分かった気はしませんけど、もう一回やってもいいですか?」

 同じ場所で何度やり直しになっても、陽向さんは怒らなかった。僕を責めることなく何度でも「頑張ろうね」と笑った。

 パターンダンスは奥深かった。このカーブはこの種類のターン何回で回ること、などという指定があるということは、例えば思うようなターンが決まらなかった場合どういうことになってしまうか。コースを小回りしたり、ゆがませたり、足をついてしまったり、とにかく納得のいかない解決方法をとるしかなくなってしまう。一歩失敗すると、次の一歩にも影響が出かねない。リンク一周のコース取りも決まっているわけだから、ぐるっと回ってきた結果、とてつもなく乱れてしまうことにもなりかねない。
 好き勝手に助走をつけて跳んでいた、かつての気楽な調子とは深刻さがまるで違った。一歩一歩が油断できない。どの一歩も貴重だった。

 僕と陽向さんのパターンダンスはしばらくはコースもエッジもスピードもめちゃくちゃで、これでは点が出ないと散々けなされた。しかしどう評価されようと僕にとってはどうでも良かった。僕はひたすらどうすれば上手くいくのかだけを考えるようになっていた。

 そんな調子で僕は一日の多くを、アイスダンスのことばかり考えて過ごすようになっていった。
 それでもアイスダンスの魅力は正直まったく分からなかった。アイスダンスの持つ効用には魅力を感じていたけれど、アイスダンス自体については誰かに魅力を聞かれても僕には答えることはできなかった。むしろ前にも感じたように、アイスダンスというものは随分つまらないことにまで神経を使う物なんだなくらいにしか思えなかった。

 それなのに僕は、いつの間にか練習が面白くなっていた。これまでの遊びで滑るのとは、取り組みの密度が違っていた。どの瞬間も真剣に神経をとがらせて取り組まなくてはならなかった。そうしないと成り立たない競技だった。そこまでやって初めて、細かいことまでが成功した。毎回、新しい進歩と喜びがあった。流斗がこれにはまるのも、無理ないと思った。

 僕は魅力も分からないままに、すっかりアイスダンスにはまっていた。



 それは、衣替えから間もなくの朝だった。

 衣替えと言っても名ばかりで、正門から中に入ると相変わらず半袖で来ている奴もまだまだ目についた。天気も良く、しばらくはまだ暖かい日が続きそうだった。
 昇降口に近づいた時だった。後ろから突然女子の金切り声が上がった。

「きゃー! 果歩~! どうしたの?」
 振り返ると、果歩と流斗が並んで登校してくるのが目に入った。
「もしかして二人、付き合ってるとか?」
 女子が数人、二人を取り囲んでいた。流斗はにっこり笑って「さあ? どうでしょう?」と言った。

 さあって何だよ! 他人事みたいに答えやがって! お前当事者だろ! 付き合ってるなら付き合ってる、付き合ってないなら付き合ってない、自分で分かるだろ!

「そっかー。やっぱ姫は王子とひっついたか~」
 果歩の友だちの一人がそう冷やかした。
「姫って言うな!」
 そう言って繰り出した果歩の猫パンチを、その子は両手で受け止めながら笑った。
「小人と姫がひっつくような展開のお話はないもんね~」
 そう言うとその子は、果歩たちを置き去りに小走りで昇降口へ向かってきた。僕の前を横切る瞬間に、僕の存在に気がついたようで、ぱっと合った目に動揺が走った。

「あ……ご……ごめんっ」

 そう言って、その子はそのまま僕の前を走り抜けた――――――。
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