Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第三部

81.なんのために 1

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 流斗のインタビューは僕に深い影を落とした。自分たちの演技に磨きがかかっていくことを、僕は喜べなくなってしまっていた。
 音楽のかかっている間はまだいい。
 でも静かになるとつい考えてしまう。

 あいつの言った挑戦しないと勝てない相手とは、いったい誰のことなんだろうか。
 あいつが見ているのはもうとっくに僕ではなく、世界――なんじゃないだろうか。

 僕は今もまだあいつのライバルなんだろうか。
 こんなしょうもないことを気にしているなんて、本当に僕は小さい。スケートにおいても。僕のスケートとあいつのスケートでは、きっと、スケールが違う――


 全日本ジュニアが近づいてくると、近場の選手合同で貸し切りが開かれるようになった。場所はその時々で違っていて、今日は久しぶりに大阪のリンクだった。

 夜七時。リンクに着くと、一般営業終了の音楽が流れ整氷車がリンクに入っているところだった。
 靴を履いていると、リンクから上本と南場さんが上がってくるのが見えた。

「前のステップ気に入ってたのになぁ」
 南場さんが残念そうにそう上本に言っていた。
「いや~、でもあのステップからじゃ、ジャンプ跳べませんって~」
 上本はそう言って作り笑いを浮かべていた。南場さんは冗談ぽく、「跳べる跳べる」などと調子のいいことを言った。

 こちらに向かってくる彼らに挨拶すると、二人は僕の前で立ち止まった。
「貸し切り見ていこうかな。俺、今シーズンのお前ら見てないし。向こうのリンクでは最近ずいぶん話題らしいじゃん」
 南場さんは選手からは引退したけれど、いまだにリンクには結構来ているようだった。上本は平野と共に、無事西日本を通過し、全日本ジュニア出場を決めていた。

 整氷が終わるまで、二人は僕の前で話し続けた。
 どうやら南場さんは、上本がショートプログラムの中のステップを変えたことを惜しんでいるようだった。
 もともとは先生が音楽に合った動きになるよう作ってくれていたものを、そこから続くジャンプを跳びやすくするために上本が自分で作り変えたらしかった。

「せっかくの全日本で、失敗したくないというのは分かるよ。だけど、せっかくの全日本だからこそ、中途半端な順位のために守りに入るよりも、やり遂げた時に最高だと自分が思えるプログラムにチャレンジした方が面白いんじゃないか?」

 南場さんが気づいているかは知らないけれど、上本は平野のことをすごく意識している。今の上本にとって最も重要なのは、平野に負けない点を取るためにジャンプをなんとしてでも成功させることで、ステップなんてどうでもいい話だろう。
 上本は適当に話を合わせて、聞き流していた。たぶん南場さんの意見なんて聞く気はないと思われた。

 それから二時間。南場さんは、僕たち全日本ジュニアに出るメンバーの練習をリンクサイドで眺めていた。
 貸し切りが終わると、上本がリンクサイドに置いてある音楽プレーヤーの前に行って、声を張り上げた。
「曲、出した人ー! 忘れず持って帰ってくださいー!」
 そしてプレーヤーの電源を抜き、コードを束ねる。隣で南場さんがⅭⅮに書いてある名前を確認しては、取りに来た人へと手渡していた。

「えーと、天宮は……はい、これ」
 差し出されたⅭⅮを受け取ると、「いいプログラムだな」と言われた。

「まだちょっと、技術的に追いついてないですけど」
「いやいや、あの楽曲であの演技はズルいって。なかなか来るもんあるよ」
 それから南場さんは「俺もあれぐらい滑りたいね~」と言った。もう引退を決めたはずの人に滑りたいと言われ、僕は「どうも……」としか返せなかった。その僕の気まずさを破るような笑顔で南場さんは言った。
「俺、これから先もローカルの大会にはしばらく出ようと思ってるから」


 家に帰りつくと、上本からメッセージが来ていた。
「今最高に困ってる。
 相談乗って」
「なに?」
 聞いてみると、今日南場さんと話していたステップの件だった。

「先生のくれたステップをやるのは損だよな?
 ショートなんだから。
 ジャンプが跳べないと点にならないんだぞ。
 きっちり点が取れるステップの方がいいよな?」

 ショートで求められている課題は、ステップからのジャンプ。求められているのは成功することで、いいステップを踏むことではない。
 だから上本はステップを変えた。だから南場さんに前のステップの方が好きだったなんて言われても、悩む必要なんかない。
 それなのに上本は最高に困ってるといって迷っている。

「どっちがいいんだろうな」
 そう返信する僕の頭には、流斗がインタビューで言っていた挑戦しないと勝てないという言葉が浮かんでいた。

 挑戦しろよ。
 いいステップからでは跳べないなどと逃げないで。

 上本の中にもそんな気持ちがあるんじゃないのか?

 上本と流斗とでは、事情が違うというのに。
 上本の場合、挑戦はリスクでしかない。そんなことをしなくても、跳べば点はつく。むしろ挑戦を捨てて、安全を選ぶ方が勝ちには近づく。
 それなのに上本の戦略ともいえる手が、僕には寂しいものに思えた。
 安易な道を選ぼうとしていることが、見過ごせないんだろうか。プライドの問題として。それもあるかもしれない。でも、もう少し違うことを僕は感じている気がした。

 上本の選んだ曲のメロディーが頭に浮かぶ。
 上本は僕から見てとても大切な何かを、手放そうとしているように思えた。
 何かってなんだ。
 どうして僕は、勝つためにでもなくプライドのためでもなく、上本に挑戦しろと言いたいんだ。

「何なんだろうな。試合って。
 何のために、滑るんだろうな」

 上本のために書いているのではなかった。僕の中をもやもやと渦巻いているものが文字になっていたのだった。
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