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第三部
87.キス&クライ 2
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二人、距離を空けて立ち、始まりの音を待つ。
そこに運ばれてくる穏やかなピアノの調べ。
語りだすように歌い始めた男性の声に、僕はゆったりと大きなスリーターンで滑り出した。陽向さんとの距離を縮めるように。フォアアウトスリー、そしてバックインスリー。
ワンテンポおいて、彼女が僕に応えるようにこちらに向かって動き出す。
途中から歌声は女性に変わり、やがて二人はハーモニーを奏で始める。お互いの仲が深まっていくように、Start of Something Newはゆっくりと二人の声を重ねていく。
自分を受け入れてくれるのか、どこまで重なり合うことができるのか。自分の声に、相手がどう答えてくれるだろうかと、探りながら、重なっていく。
僕たちも、少しずつ少しずつ重なってきた。いつぶつかるか分からない、足を払ってしまうか分からないこの道で。安全な距離を置いて手を取り始め、練習という名の探り合いを重ね、距離を縮めてきた。
そして今、こんなにも近くに彼女の息遣いを感じる。
二人の息が揃い、素晴らしい感覚が訪れる。
一緒に漕ぐブランコは、高く高く空に近づいていく。
最高のハーモニーだ。
差し出した手に力がこもる。陽向さんは僕の手を支えに踏み切り、ふわりと僕の腕へと舞い降りた。二つの声が重なるゆったりとしたパートに、ロングリフトの見せ場を持ってきた。レベルは4。スムーズな入り。姿勢もきれいに決まった。彼女もこぼれるような笑みを浮かべている。
会場に大きな拍手が起こる。
姿勢を変えながら無事着氷。ステップに戻ると盛り上がる音楽に合わせて、手拍子が始まった。
ああ、すごいな。こんなところで手拍子をもらえるなんて……。
手拍子は会場中に広がり、徐々に徐々に大きくなっていく。
体中を駆け抜ける幸福感。
――などと感慨にふけっている場合ではない。
ちょっと待って。これはまずい。
手拍子が邪魔で、音楽がはっきりと聞き取れない。
陽向さんもタイミングを取りにくそうにしている。僕が曲とずれているのか? それとも僕のこの戸惑いが彼女に伝わってしまっているのか?
アイスダンスに求められているのは、ビートに乗った滑走。音楽に合った動き。二人の協調性。
どれも、音が聞こえなきゃ始まらない。
雑音のように聞こえる手拍子の中で、拍を拾おうと焦る僕の目に、観客席の中から眩しい一つの笑顔が飛び込んできた。
あいつ、来ていたんだ。
果歩が、曲に乗って楽しそうに手を打っていた。かつて木野のバンドを生で一緒に聴いた、あの日のように。僕たちを前に、自然と、体を揺らしている。
そして、そのまわりに並ぶたくさんの人たちも。
こんなにもたくさんの人が、僕たちの曲を一緒に楽しんでくれるなんて。
こんなことってあるんだ。
自分の中で何かが弾けたようだった。
この状況で、ああじゃなきゃこうじゃなきゃなんて気にしてたら馬鹿だよな。
その溢れ出るような気持ちは、陽向さんにもすぐに伝わった。
僕はみんなの手拍子に乗った。
陽向さんも一緒に手拍子に飛び乗ってきた。再び二人の呼吸がぴたりと合う。綻びかけていたものがまた縒り合わさって、一緒に手拍子に乗って走り出す。後押しするように、手拍子はいっそう大きくなる。
流斗たちが洗練された演技を目指すのも一つなら、僕たちがここで爆発するのも一つ。
僕たちは一緒くたになってステップシークエンスへと突入した。
響く手拍子。重なるいくつもの息遣い。
そうか。ハーモニーは、二人の間だけにあるのではなく……。
呑み込んでいるのか、呑み込まれているのか。僕たちは会場と一つになって曲のうねりに乗る。メロディーはとっくに聞こえない。でも僕たちの全身には、リズムの鼓動が大きく響いていた。
そこに運ばれてくる穏やかなピアノの調べ。
語りだすように歌い始めた男性の声に、僕はゆったりと大きなスリーターンで滑り出した。陽向さんとの距離を縮めるように。フォアアウトスリー、そしてバックインスリー。
ワンテンポおいて、彼女が僕に応えるようにこちらに向かって動き出す。
途中から歌声は女性に変わり、やがて二人はハーモニーを奏で始める。お互いの仲が深まっていくように、Start of Something Newはゆっくりと二人の声を重ねていく。
自分を受け入れてくれるのか、どこまで重なり合うことができるのか。自分の声に、相手がどう答えてくれるだろうかと、探りながら、重なっていく。
僕たちも、少しずつ少しずつ重なってきた。いつぶつかるか分からない、足を払ってしまうか分からないこの道で。安全な距離を置いて手を取り始め、練習という名の探り合いを重ね、距離を縮めてきた。
そして今、こんなにも近くに彼女の息遣いを感じる。
二人の息が揃い、素晴らしい感覚が訪れる。
一緒に漕ぐブランコは、高く高く空に近づいていく。
最高のハーモニーだ。
差し出した手に力がこもる。陽向さんは僕の手を支えに踏み切り、ふわりと僕の腕へと舞い降りた。二つの声が重なるゆったりとしたパートに、ロングリフトの見せ場を持ってきた。レベルは4。スムーズな入り。姿勢もきれいに決まった。彼女もこぼれるような笑みを浮かべている。
会場に大きな拍手が起こる。
姿勢を変えながら無事着氷。ステップに戻ると盛り上がる音楽に合わせて、手拍子が始まった。
ああ、すごいな。こんなところで手拍子をもらえるなんて……。
手拍子は会場中に広がり、徐々に徐々に大きくなっていく。
体中を駆け抜ける幸福感。
――などと感慨にふけっている場合ではない。
ちょっと待って。これはまずい。
手拍子が邪魔で、音楽がはっきりと聞き取れない。
陽向さんもタイミングを取りにくそうにしている。僕が曲とずれているのか? それとも僕のこの戸惑いが彼女に伝わってしまっているのか?
アイスダンスに求められているのは、ビートに乗った滑走。音楽に合った動き。二人の協調性。
どれも、音が聞こえなきゃ始まらない。
雑音のように聞こえる手拍子の中で、拍を拾おうと焦る僕の目に、観客席の中から眩しい一つの笑顔が飛び込んできた。
あいつ、来ていたんだ。
果歩が、曲に乗って楽しそうに手を打っていた。かつて木野のバンドを生で一緒に聴いた、あの日のように。僕たちを前に、自然と、体を揺らしている。
そして、そのまわりに並ぶたくさんの人たちも。
こんなにもたくさんの人が、僕たちの曲を一緒に楽しんでくれるなんて。
こんなことってあるんだ。
自分の中で何かが弾けたようだった。
この状況で、ああじゃなきゃこうじゃなきゃなんて気にしてたら馬鹿だよな。
その溢れ出るような気持ちは、陽向さんにもすぐに伝わった。
僕はみんなの手拍子に乗った。
陽向さんも一緒に手拍子に飛び乗ってきた。再び二人の呼吸がぴたりと合う。綻びかけていたものがまた縒り合わさって、一緒に手拍子に乗って走り出す。後押しするように、手拍子はいっそう大きくなる。
流斗たちが洗練された演技を目指すのも一つなら、僕たちがここで爆発するのも一つ。
僕たちは一緒くたになってステップシークエンスへと突入した。
響く手拍子。重なるいくつもの息遣い。
そうか。ハーモニーは、二人の間だけにあるのではなく……。
呑み込んでいるのか、呑み込まれているのか。僕たちは会場と一つになって曲のうねりに乗る。メロディーはとっくに聞こえない。でも僕たちの全身には、リズムの鼓動が大きく響いていた。
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