Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第三部

88.キス&クライ 3

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 ロビーの隅に敷かれた赤い絨毯じゅうたんの上に、白い表彰台が並ぶ。
 その一番高いところに僕たちは立った。陽向さんは首にかけた金色のメダルを指先でつまみ、幸せそうに僕を振り返って見せた。

 アイスダンスの快感を味わえるのは、氷の上で踊ることのできる人間だけの特権だと思っていた。
 でもそれはまわりに大きく広がることができる。僕たちは響き合ってひとつになれるんだ。

 花束を渡される僕たちに、カメラが向けられる。表彰式に気がついた観客が寄ってきて拍手をくれた。かなりの人垣ができて、その一番向こうに果歩の姿が見えた。
 お礼を言わなくちゃ。メダルが獲れたのは、果歩のおかげでもあるんだから。

「あの子ってば私たちを送り出す素振りだったのに、普通に来てるじゃない」
 そんな小さな呟きが陽向さんから聞こえた気がした。
「どうかしましたか?」
「いいえ。なんでも」

 みんながカメラを収めると、僕は「ちょっとごめんなさい」と言って陽向さんの横をすり抜け、表彰台を下りた。後ろから「行ってらっしゃい」という不貞腐ふてくされた声が聞こえた。

「果歩!」
 来てくれてありがとう。お前が客席であんな風に拍手を送ってくれていなかったら、僕は音楽を見失っていた。本当にありがとう。

 そう言いたくて人ごみをかけ分けていると、横から流斗が割り込んできた。
「常葉木さん!」
「(ちょっと待て)」
 僕は流斗の衣装の背中を引っ張った。
「(大事な話をするのは勝ったらと言ってたよな)」
「そう思ってたんだけど、大事なことだから負けても言うべきだと思って」

 へらっとしてそう言う流斗を僕は全力でおさえた。腕にしがみついたり、後ろから羽交い絞めにしたり。お互い、花や賞状を手にしたまま。
 都合のいいことに、まわりから女の子たちが流斗に握手を求めぎゅうぎゅう押し寄せてきた。って、僕の手はいいんだって! そうこうするうちに、果歩の方がこちらへたどり着いてしまった。
「常葉木さん」
 ああー。どうしよう、流斗がついに言ってしまうー。
「モミの木、なるべく近いうちに樹医さんに診てもらった方がいいよ。この前実家に帰った時、葉の調子が少しよくない気がしたから」
 大事な話ってそれかよー!!

「えっ? 本当に? 蒼井君って細かい所にも気がつくんだね。ありがとう。いつも気にかけてくれて」
 まあ、果歩にとっては、大事な話だったようだけど。
 でもほんとにそんなことが言いたかったのかな?
「こちらこそ、いつもありがとう。観客席で応援してくれてるの、見えてたよ」
「見えてたの? 見えるもんなの?」
「たまたま見つけたんだ。とても力をもらえたよ、ありがとう」
 こいつ。人の前に割り込んでおきながら。
 僕が言いたいのと、ほぼ同じようなことを言いやがって。
「嬉しいな、そんな風に言ってもらえて。蒼井君の演技、すごく素敵だったよ。お疲れさま」

「で、君は常葉木さんに何を言いたかったのかな?」
「もういいよ」
 流斗は僕を馬鹿にするようにくすくすと笑った。
「なんかいじけちゃってるよ。常葉木さんなんか言ってやって」
 話を振られて、果歩は僕の方へと一歩近づいた。

「制覇」
 果歩は、まるで虹でも見つけたような笑顔で僕を見上げた。
「人は離れていても、繋がることができるんだね」
 果歩は僕たちの演技を通して、何か違うものを心の中で見たようだった。果歩の目は、素晴らしいものを見つけたのだといっていた。

「うん。僕も今日、そう思ったよ」
 人は離れていても、繋がれるんだよ。
 そう感じられる体験は、果歩にもとても大切だったんだ。これまで臆病だったところに勇気を得ていくために。

 すごいな、演技って。
 観る人によっては演技って、ただ試合を観るだけ以上の特別な意味を持つことがあるんだな。人それぞれの解釈が生まれるんだな……。

 誰かと別れることをずっと恐れていた果歩に勇気をあげられるのなら、これから先も僕は何回だって舞台に立つよ。
 だから、自由になれ。
「果歩、これまで本当にありがとう」

 知ってるか、果歩。
 氷に乗ったばかりの子どもがお互いしがみついているのと、二人で滑る楽しさのためにお互い手を繋ぐのでは、同じ手を取るにしてもぜんぜん違うんだよ。だから、しがみつく手は一度け。お前は一人で立てるんだから。恐れずに。
 そこから先、一緒に手を取っていきたい相手には、あらためて手を差し出してほしいんだ。

 後ろではなく前に向いた心で、手を伸ばしてほしいんだ――

 流斗が僕たちの隣でほんの少しの間うつむいた。ような気がした。でもすぐにいつもの自信に満ちた笑顔で言った。
「世界、がんばって来いよ」
「え? 世界はまだどっちが行くか決まってないだろ?」
「決まってるよ。全然違ったろ。君たちの演技と俺たちとでは」
「うん。違ってて、お前らのもすごく……その……」
 そこまで言いかけて、自分がひどく恥ずかしいことを口にしようとしているのではと困惑した。いや、相手を褒めることなんて別に恥ずかしいことじゃない。一言でさらっと言ってしまえばいいんだよ。さらっと。

 僕はドキドキするのを抑え込みながらその一言を口に出した。
「よかった……」
 僕たちの間に、しばし沈黙が降りた。

「あー、そう。よかった? そっかー、よかったかー」
 流斗は嬉しそうに目を細めた。
「じゃあこれからも勝負させてもらおうかな。次は今日の君たち以上にインパクトあるプログラムを仕上げなきゃ」
 なんだよ、お前は。もうとっくに僕じゃなくて世界を見ていたんじゃなかったのかよ。

「はは……じゃあ、もうちょっとだけつき合ってやるか」
 どうしたんだろう、僕は。流斗に勝ったのがそんなに嬉しいんだろうか。にやけてしまうのを抑えられない。
 流斗を前にこんなに気持ちが解放されたのは、初めてだ。
 出会ってから二年とちょっと。本当に、長かった……。

 神宮路さんが流斗の側にやってきて、彼の袖をそっと引いた。
「ああ。その前に今日の反省会だね。分かってるよ」
 そう言って流斗は、神宮路さんと一緒にコーチの元へと戻っていった。

「あなたがたの反省会は帰ってからにしましょうか。今日はほら、上本君と平野君がお待ちかねよ」
 優勝したのになぜかふくれた陽向さんの肩を抱いて、先生が上機嫌でロビーの向こうを指さす。

 なんで優勝したのに陽向さん……あんな顔してるんだろう?

 先生が指さす先には、上本と平野が笑顔で僕たちに手を振っていた。
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