探偵主人公

アズ

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1章 始まりの街ロンドン

05 現場

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 モルダーに案内され004号室に入る。
 入って奥のベッドにはさっき見た通りナイフが突き刺さった状態のままだった。凶器はそれで間違いない。
 ただ、さっき入った時と違って部屋が寒いと感じた。見ると、暖炉の火が消されていた。
「暖炉の火は消しました。ご遺体が痛むと思いましたので」
「その方がいいと思います」
 ジークは辺りを見回す。争った形跡はこの部屋では見当たらない。被害者がベッドの上にいるということは、犯人は被害者が寝ている間に襲ったことになる。そうなれば、この現場の状況には説明がいく。しかし、問題はモルダーさんにワインを頼んであったということだ。ワインを頼んでおいて寝るだろうか?
「ワインを頼まれたのはどの時間帯ですか?」
「部屋で食事をされたのは18時からで……お食事が終わっておさげしたのがだいたい一時間半後だったと思います。コラムを書きながら食事をとると言われまして、その一時間半後に終えた皿を片付けるよう言われました。それから、食事をさげる際にワインを頼まれました。それまではなにやらテーブルで仕事をしていました」
 俺はテーブルを見る。そこには書きかけの原稿用紙とペンが置かれてある。
「作家だったのか?」隣でホルトはそう言った。
「いや、違う。内容は小説じゃない。題名は『切り裂きジャックの犯人は誰か』ってなっている。コラムとか?」
「そうかもしれないな。でも、切り裂きジャックか……」
「切り裂きジャックってあんまりよくは知らないんだけど」
「切り裂きジャックはホワイトチャペルで女性を狙った連続殺人事件のことさ。そこにも書いてあるが、女性ばかり狙った犯行だから弱い者を意図的に狙った可能性がある胸糞悪い事件さ。確か、最初の被害者はサラという女性だったな。で、半年もたたずに二人目の被害者が出た。名はルーシー。それで、つい最近だ。三人目の被害者が出た。メアリーという女性だ」
「切り裂きジャックは今世間を騒がしている殺人鬼ですから」とモルダーは補足した。
「犯人は何故ラーソンさんを殺害したんだろう」
「それはさっぱりです」とモルダーは言った。
 今度は窓を見る。窓は鍵がかけられた状態だった。その窓の外は激しい吹雪だった。
「流石に外から侵入ってことはないだろ」
 ホルトはそう言った。
「俺もそう思います。そうなると部屋に侵入できるとしたら入口しかないことになる。そして、入口には鍵がかかっていなかった。つまり、誰でも入ることが出来たんです。しかし、そうなるとラーソンさんは戸締まりもせずにベッドに入ったことになります」
「た、確かに……」
 徐々に見えてきた。この部屋の違和感を。
「もしかすると、ラーソンさんは誰かに眠らさられ、その後に殺害された可能性があります」
「睡眠薬かなにかでか」
「ですが、ラーソンはワインを頼みモルダーさんが戻ってくる間に殺害されているんです。この短期間で。更に疑問もあります。何故、ホテルでラーソンさんは殺害されなければならなかったのか? この部屋の扉からでは出入りを目撃されるリスクがあり、もっと言えば外に出ることも出来ないこの天候で犯行に及んだことになる。犯人にとっては狙う環境が悪すぎると思うんです」
「つまり、計画的な犯行ではなく衝動的だったと?」
「いえ、それはむしろ否定される筈です。それは、ワインを依頼し持ってくるまでの時間が理由です。言い争って殺害した時間はなかったでしょう。そもそも、現場はそんな雰囲気ではなかった」
「計画殺人というのか!?」
「もしかすると、犯人にはむしろこのホテルの環境を利用した計画殺人かもしれません」
「どういうことだ?」
「犯人は客達の中にはおらず、このホテルの中に隠れている。例えばそれをXとしましょう。Xは絶対に見つからない場所を知っているんです」
「絶対に見つからない場所?」
「秘密の金庫です」
「まさか!?」
「勿論、本当にあればですけど……」
「いや、きっとそれに違いない! それならそれを探そう」
「いえ、多分探そうとしても見つからないと思います。その前に何人もの人達が既に探してきたと思いますから。無闇に探すより何か手掛かりとなるヒントさえあれば」
 と、そこに例の二人組みが現れた。マット・ディークスとリチャード・ウォーカーだった。
「ちょっといいか」
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