探偵主人公

アズ

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10章 悲劇の女神

01 始まり

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 紅茶を飲むか? いや、飲まない。飲むのは珈琲。しかも決まってブラックだ。珈琲にこだわりや知識があるわけでもない。シャンパンは飲むか? いや、シャンパンは飲まない。庭いじりはするか? いや、しない。
 そんな私は英国紳士ではない。英国でもない。
 そんな私に一通の手紙が届いた。それも興味深い場所から。場所は刑務所とある。
 封を開け、中を確認すると一枚の手紙が入っていた。



『 ジーク様へ


 私はユマ・サーティースと言います。ご存知ないでしょうが私はあなたのことをご存知です。私の知っている範囲で語るなら、あなたは素晴らしい探偵だということです。もし、その認識に誤りがなければ、是非ともお願いがあります。本来なら会って直接お願いするのが礼儀でしょうが、残念ながら今の私には出来ません。理由は封筒を見てお気づきになられたと思いますが、私は今刑務所にいるのです。したがって、私はあなたにお会いしたくてもそれは叶わないのです。
 私のことを説明させていただくと、本来なら今は大学生を続けていたと思いますが、一年の途中、夏頃に私はある事件の犯人として警察に逮捕され、裁判で有罪が確定したといったところになりますが、ハッキリと申し上げます。私は無実です。逮捕される身に覚えはないんです。しかし、実際に逮捕され、私は犯罪を犯した囚人と一緒にされています。こんな扱いをされる筋合いはないのです。本当です。しかし、弁護士の先生にお願いしても、無実を勝ち取るのは難しいと言われました。しかし、私が無実であると証明する方法はあります。それは、本当の犯人を捕まえることです。そこで、名探偵に事件の調査をお願いしたいのです。そして、警察の過ちを正し、私が無実であると証明して欲しいのです。
 もう、頼れる人はいません。家族は、最初は私を信じてくれましたが、有罪が確定すると面会にも来てくれません。恐らくは、信用されなくなったのだと思います。
 そんなのは嫌です。どうしたら良いのかも。私一人ではどうすることも出来ません。どうか、私を救ってはいただけないでしょうか?
 もう、他の囚人と一緒にいることに耐えられません。何故なら、私は本当にやっていないんですから。
 お返事をお待ちしております。



 ユマ・サーティースより』



 手紙を持ってきたのは郵便配達員ではない。ピーターソンという手紙に書かれてある弁護士だった。
 スーツを着て、髭を生やした40代くらいの男性は手紙を読み終えたジークと目が合った。
「ジークさん、断ってもいいんです。あなたにはその権利がある」
「どうしてですか? あなたはむしろ手紙の主の弁護士でしょ? 立場上私の協力を求めにやって来たんではないんですか?」
「あなたの噂は知っています。あなたは全ての依頼を受けるというわけではない。今回の依頼人は有罪が確定した囚人だ。あなたからしてみれば、既に事件は解決しているように見えるでしょう。勿論、起訴されたからには証拠はあります。それも、サーティースにとって不利なものです」
「具体的に一から教えてはいただけませんか?」
「ええ、いいでしょう。手紙に書かれてある通り、依頼人が大学一年の夏にそれは起きました。現場はサーティースの通っている大学の学生寮のすぐそばの通りです。その通りは交通量が時間帯によって違ってくるのですが、犯行時刻は夜。その時間帯はまず人通りの少ない場所になります。外灯はありました。被害者はご高齢の女性で80を過ぎていました。被害者の名前はラウンズベリーで、卵を買い忘れ近くの店で買い物を済ませ戻る途中で後ろから刃物で襲われたんです。致命傷には至らず、怪我は治りました。その後、警察は被害者の供述から似顔絵を作成し、それをもとに捜査していると、似顔絵がそっくりだったサーティースを見つけたというわけです」
「つまり、被害者が目撃証人なんですね」
「他に目撃者はいませんでした。被害者の証人で犯人を特定したのは事実です」
「あなたは依頼人を信じましたか?」
「ええ。色々考えましたよ。例えば犯人はサーティースに濡れ衣をきせる為に変装をしたんじゃないかとか、そもそも被害者は目撃していなくて嘘を言ったんじゃないのかとか……しかし、サーティース自身自分に恨みを持つ人に心当たりはないと言いますし、被害者が嘘をつく理由も分かりません」
「では、サーティースがラウンズベリーを襲う動機はなんです?」
「警察は金目当てだと。しかし、実際にはお金は盗まれてはいません。被害者はただ、卵を買いに行くだけだったので、大金は持って行かなかったんです。犯人はそれを知って何も盗まず逃亡したと警察は判断したようです」
「ラウンズベリーは金持ちでしたか?」
「一般家庭の平均的なたくわえ程度ですね」
「その方は独り身でしたか?」
「いえ、息子が一人いました。旦那さんは既に他界しています」
「ラウンズベリーとサーティースに以前から接点は?」
「特にありません」
「サーティースのいた寮と現場が近ければ、直接何かなくても二人は顔ぐらいはすれ違う際に見てたりはしませんか?」
「それぐらいはあったと思います」
「気になりませんか? どうしてサーティースは自分の住んでいる学生寮の近くで犯行に及んだのか?」
「それは気になりましたし、裁判でもそこは主張しました。しかし、結局裁判では重要視されませんでした」
「被害者の目撃ですか」
「ええ、その通りです」
「因みに、事件はどれぐらい前ですか?」
「2年前です。控訴しましたがだめでした。結局、一審の判決でサーティースは実刑が確定しました」
「事件は夜でしたよね? それに、犯人は背後から襲っている。果たして本当に被害者はサーティースの顔を見たんでしょうか?」
「それは今となっては分かりませんね」
「と言いますと?」
「ラウンズベリーは昨年亡くなったんです」
「亡くなった?」
「ええ、ですからもう被害者からは何も聞き出せないのです」
「サーティースは犯行時刻は何をしていましたか?」
「部屋で学校の課題をしていたそうです。しかし、それを証言出来る人はいません」
「では、サーティースはお金に困っているようでしたか?」
「いえ。一様彼女の周りでは金銭トラブルはありませんでした」
「サーティースの評判は?」
「友達付き合いが良く、人を襲って金を奪うような人ではなかった」
「それなのに、思い切った犯行をサーティースはしたというわけですか? まぁ、決め手はやはり目撃者の証言ですか。凶器はどうです?」
「見つかってはいません」
 ジークはそこまで聞いて考え事をした。
「やはり、無理ですか?」
「少し考えさせて下さい」
「ええ、構いませんよ。返事はいつでも」
 ピーターソンはそう言って部屋を出た。
 窓からは前回よりも広くなった自分の土地が見える。
 どういうわけか、あのロバート・エルフマンの一件が片付いた後で、島の広さが拡大されていたのだ。どうやら、ボーナスらしい。広さは沖縄程だ。つまり、無人島だったものがまるまる一つの県を手に入れたようなものなのだが、広大な土地を持て余しているというのが現状だった。
 故に、私のもとには色んな人物がやって来る。土地を活用した事業の持ちかけだ。
 これだけの土地があるのだから、幾つかの事業案件は受け、工事も始まっている。それでもまだ土地を余らしていた。
 ああ、それと。変わったことはそれだけではなかった。
 いつの間にかスキルが追加されており、スキル『進化』が使えるようになっていた。一時的に時間制限で進化出来るようになるという説明がなされているが、まだ試してはいない。いや、試せていないというべきか。
 今日もさっき依頼が来た通り、私のもとには相変わらず依頼が色んな国からもやってくるのだ。
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