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セディ・アレグロの魔法 1
しおりを挟むはっと目を覚ますと、私は学園寮の自室のベッドで横になっていた。
うーん。
なんだか物凄い夢を見たわね。
綺麗だけれどどことなく無機質でなんとなく機械っぽいアルス様を悪魔化させる夢を見たわね。主に私のせいで。
「お嬢様、起きましたか」
「あら、おはようセディ。おはよう? 今は夜ね。おはようはおかしいかしら」
「どちらでも良いですよ、お嬢様。ところでご無事ですか」
ベッドに横たわっている私を見下ろしているのは、セディ・アレグロ。
幼い頃から私に仕えてくれている執事である。
私に仕えているというか、ヴィヴィアン家に仕えているのだろうけれど、セディは私のそばにいることが多いので私の執事という印象が強い。
学園寮にも一緒に来てもらっているし、私の執事と言っても概ね差し支えはないだろう。
「よく寝たので元気よ?」
私は半身を起こして、セディを見上げた。
少し癖のある柔らかそうな黒い髪に、よく熟れた林檎のような赤い目をしたセディは、優しげな大人の男性である。
一緒に居る時間が長すぎて、美醜についてはあまり考えたことがないのだけれど、アルス様とは正反対の柔らかい印象の美青年なのだろうとは思う。
あんまり気にしたことがないのは、物心ついた頃からそばにいてくれたからだ。
私にとっては執事というよりも、血の繋がらない兄という感覚が強い。
「ところでセディ、物凄い夢を見たの。アルス様が悪魔になる夢を」
夢の内容をセディに話してあげようと思った私は、セディがとても呆れた顔をして溜息をつくので、ぱちぱちと何度か瞬きをした。
「お嬢様、夢ではありませんよ。現実です」
「げんじつ?」
「そう、現実」
「ええと、どこからどこまでが現実なのかしら……、婚約破棄されたあたりは現実なのかしら」
なんだか頭がぼんやりしていてうまく考えられないのだけれど。
私は今起きたばかりで、アルス様との夢を見ていた気がするのよね。
「最初から最後まで現実ですよ。お嬢様」
「まるで現実っぽい感じがしないの、セディ。ものすごく寝た感じがするのよ」
「それは私の魔法です」
「セディ、魔法が使えるのね」
「それは使えますよ。この国に生まれた人間は、大なり小なり大抵魔法が使えます。自分がどんな魔法を使えるか、手の内を他者に明かさないことも処世術のひとつですよ」
「どうして?」
「利用されるからですね」
セディは手のひらを私の前に差し出した。
手のひらの上には綺麗な青い蝶が浮かんで、粒子のように霧散した。
「ええと、よくわからないわ。セディは何をしたの?」
「アルス殿下の元からお嬢様を回収しました」
「つまり、それは……」
「お嬢様の帰りが遅いので、嫌な予感がして迎えに行ったら大変なことになっていましたので、私の魔法を使って殿下とお嬢様を強制的に眠らせました。そして、お嬢様を回収して今に至ります」
「セディの魔法は人を眠らせることができるの?」
「そうですね。眠らせたり、他にも、色々と。安眠魔法、この世の全ては夢現、真夏の夜の夢ですね」
セディはにこやかに言った。
なんで真夏なのかしらね。謎だわ。
「ということは、アルス様が悪魔になったのは夢じゃなかったのね」
私がアルス様にエロティックラブマジック☆をかけて局部を起立させたのは、現実。
アルス様が私を嬉しそうにいじめたのも現実。
そしてアルス様に浮気がバレていたのも現実。
そういえばなんとなく、下腹部に違和感がある気がするわね。全部思い出せるわけじゃないけど、凄いことをされた気がするものね。
「夢という認識にしても構わなかったのですが、流石にどうかと思いまして。アルス殿下も夢ではないと気づいているでしょうし」
「あれは、現実……」
私はもう一度、記憶を反芻して噛み締めた。
心の底からふつふつと、喜びが迫り上がってくる。私は両手を握りしめて、勝鬨をあげた。
「やったわ、セディ。やり遂げたわ! アルス様は私を愛しているそうよ! 私の魔法でアルス様を骨抜きにして、一方的に婚約破棄とか言ってきたアルス様を懲らしめてやったのよ!」
あれが現実だとしたら、私は見事に復讐をやり遂げたことになるわよね。
ちょっと予定と違ったけれど、冷たくぽいっと捨てられる予定だった私が、アルス様に愛していると言われて、アルス様にあのようなことをされたわけだから、相対的に考えれば私は勝ったということになる気がするのよ。
「お嬢様、どちらが懲らしめられているかわからない状況でしたが」
冷静にセディに指摘されて、私はアルス様の魔法で拘束されて泣かされたことを思い出す。
うん。あれは私が懲らしめられているわね。確実に私が懲らしめられている。
「まぁ、確かに。でもね、セディ。ひどいことをされた気がするけれど、びっくりするぐらいに気持ち良かったのよ」
怖かったし、ちょっとだけ痛かったのだけれど。
でもそれ以上に物凄く気持ち良かったのよね。
痛いだけなら拷問だけれど、あれはとっても気持ち良かった。
気持ち悪いよりは気持ち良い方が圧倒的に良い気がするし、私を気持ち良くさせるためにアルス様が一生懸命奉仕をしてくださったと考えれば、やっぱり私は勝っているわよ。
私の足元に跪かせるという当初の目的は達成したわね。やった。
「……それは良かったですね、お嬢様」
セディはなんとも言えない表情で頷いた。
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