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幽閉された男

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 ◇

 月帝神宮の地下には、牢がある。
 牢といってもただの牢ではない。

 鉄格子や手枷や足枷などは平然と切り裂くことができるような者たちを、幽閉しているのだ。
 治安維持のために人間を閉じ込めておく、警邏隊の牢では役不足である。

 その牢には、七鬼の神力が巡らせてある。
 牢の中にいるうちには、中にいる者たちは力を使うことができない。

 あるいは七鬼でも押さえられない力を持つ者ならば、閉じ込めておくことなど不可能だろう。
 だが、そんな者はいない。

 由良が帰った後に七鬼は地下に降りることにした。

 真白のことが気になったのだ。
 両親を食い、玉藻家の者たちを食い、悪鬼に成り果てた男である。

 由良と話し合いを行っていた謁見の間の祭壇が、まるで粘着質な湖のように溶けていく。
 七鬼の体はその中に吸い込まれるようにして沈んだ。
 景色が変わり、七鬼は地下牢獄に立っている。

 そこにはいくつかの牢が並んでいる。鉄格子には七鬼の力がまとわりついている。
 炎が格子の一本一本を舐めるようにして絡みついていた。

 その炎の中に、真白がいる。
 由良とよく似た面差しの男だ。由良の兄だが、双子のようによく似ている。違いといえば、真白は由良よりも髪が長いという程度だろう。

「――由良が来ていたな?」

 七鬼の気配を感じたらしく、真白が低い声で言った。
 その目は、封印の護符がいくつもはられた包帯で覆われている。

 真白の持つ厄介な力を封じるためのものである。

 元々、玉藻家に血を与えた九尾の持つ力だ。
 由良はそれを嫌い、使用することはしないが、真白の心の箍は、悪鬼になったときにとっくに外れてしまっている。

「とうとう、巫女を娶ったらしいじゃないか」
「耳が早いな」
「親切な霊たちが教えてくれる」

 真白の傍には、うすぼんやりと体が透けている女たちが侍っている。

「散れ」

 七鬼がそう口にすると、女たちは切なげな泣き声をあげながら霧散していく。

「あぁ、可哀想に。可愛い、いいこたちだったのに」

 悪心を持たない浮遊霊は、どこにでもいる。どこにでも、入り込むことができる。
 真白は彼女たちを手足のように使い、情報を仕入れている。
 どれほど封じても、真白の力はこぼれ落ちる。
 
 九尾の血が流れいる父と、巫女であった母を食ったのだ。
 それだけ、真白の力は増大している。
 このまま殺してしまうのは惜しいと、月帝が判断するぐらいには。

 七鬼は真白を危険だと判断していた。
 だが、七鬼は真白を殺すことができない。罪を犯したとはいえ人だった者を、一方的に処断することはできないのだ。
 処刑は、月帝の元では禁じられている。

 けれど、同族であれば話は別である。
 鎮守の神の血筋であれば、親族から悪鬼が出れば、それを処断することは認められている。
 ただの人が悪鬼に成り下がるのと、鎮守の力を持つ者が悪鬼に成り下がるのでは、話が違う。

 『同族の討伐』という大義名分があれば、殺すことができるのだ。

 それは人を人だと認めないこと。
 人ならざる者に成り果てたと定義して、例えば餓鬼を殺すように、例えば魍魎を払うように、悪鬼を殺すことができる。

『真白は危険です。由良に、討伐をさせるべきでは』
『耀帝に不穏な動きがあります。今は少しでも、力ある者が欲しい。真白を懐柔できれば、大きな力となりましょう』
『しかし、彼は悪鬼です』
『七鬼。お前も昔は、百人以上の人を食いましたね』
『……はい』

 月帝は七鬼の訴えをはねつけた。
 今の月帝は長い黒髪を持つ、少女の姿をしている。
 だが、歴代の月帝にはいしにえからの記憶と力が受け継がれている。

 そのため、七鬼の過去の悪行も知られている。
 そして七鬼が己に名を与えてくれた、月帝を愛していたことも、現在の月帝の中にいる、古の月帝の記憶を、魂を、その気配を愛していることも知られている。

「由良はとても美味しそうな巫女を手に入れたようだ」
「巫女は、食うために存在しているわけではない」
「忘れたのか、七鬼。巫女の血の美味さを。喰らった時に、己の内に巡る力の強大さを。巫女を食えば、神に成り代わることもできる」
「馬鹿げたことを」
「七鬼も、由良の嫁……薫子か。その女を食えば、月帝に従うことなどなくなるだろう。思うままに犯し、嬲ることができる」
「……胸糞悪い男だ」

 牢獄が、一気に赤い炎に包まれる。
 炎の中で、真白は腹を抱えて笑っていた。

「由良はさぞ幸せそうだっただろうなぁ。昔から、女になど興味がない顔をしていた。玉藻家にいる使用人の女がどれほど由良に懸想しても、まるで気づかないふりだ。あいつの前であいつに想いを寄せている女を抱いても、不快そうに眉を寄せただけで何も言わなかった。てっきり不具かと思っていたが、そうではなかったのだな」

「あの生真面目な由良と、お前の血がつながっているとはな」

「由良さえいなければ、俺は由良のようになっていた」

「人の性根というのは、そうそう変えられるものでもない」

「そうか?」

「そうだ」

「はは……あぁ、見たいな。薫子を喰らい、由良の顔が絶望に歪むところが。その顔を見れば、どれほど胸がすくだろうな」

 七鬼は「どのみちお前はここから出られないのだ」と、笑い続ける真白に向かい吐き捨てた。
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