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レナード・シモンと媚薬 1
しおりを挟む私はガウンに包まり、ついでにシーツに包まり、震えていた。
恐怖ではなく、羞恥にである。
ご本人にも伝えたけれど、お化けというものが本当にいたとして、危害を加えられなければ怖くない。
そこにただいるだけのものなんて、別に怖くない。
浮気をしたワイアット様と私からワイアット様を奪ったアイリーン様の方がよっぽど怖い。
私を娘とも思っていないような冷たい両親も怖い。
そして、アイリーン様とワイアット様の初夜を勝手に夢に見た挙句、それを失敗させて私と性行為に及ばせようとする夢を見た私も怖い。
お化けよりも人間のほうが怖い、というやつよね。
でも。お化けさんが男性の声で私と会話をしている以上、そこには意識があるわけで。
それってもう、お化けではなくて男性よね。
お化けさんにも寡黙に甕を抱え続けるアレスを見習ってほしい。
私が話しかけたとしても、言葉を返さない奥ゆかしさがあって欲しいのよ。
だって、さっきのあの場面であんなことを言われたら、それはもう見ていたということじゃないの。
私が石像に欲情して、挙句石像に謝っていたところを。
一人暮らしだと思って浮かれていたのだ。
誰も見ていない、何をしても自由だと。
どうしよう、これからどんな顔をしてこの屋敷で暮らしていけばいいのかしら。
まるまって、くすんくすんしていると、どうしてか目を開くことができなくなってくる。
今日一日動き回っていて、疲れが出たのかもしれない。
心情的にはそれどころではないのだけれど──。
長湯をしていたせいか、体はぽかぽかしている。
素肌に触れるローブのふわふわや、すべすべのシーツが心地いい。
いつの間にか、私は眠りの底へと落ちていった。
「……えさ、ん」
「……ん」
「姉さん」
「……?」
「姉さん」
体を優しく揺り動かされて、私は薄っすらと目を開いた。
ここは、どこだったかしら。
確か私は、お化けさんと会話をして、お化けさんから逃げて、部屋に閉じこもっていて──。
見慣れない部屋だ。私の部屋ではない。
ここは多分、公爵家の自室。
天蓋のある立派なベッド。ベッドの横には飾り棚があって、赤い薔薇が飾られている。
テーブルの上には水さしと、グラス。綺麗な形をした小瓶が置かれている。
「……姉さん、そんな姿で寝ていては、風邪をひいてしまいますよ」
私を揺り動かしながら呼んでいたのは、久々に顔を見る弟だった。
弟といっても年齢は一つだけしか違わず、昔は小さかったけれどとっくに身長を追い越されていて、私よりも上背がある。
濃い茶色の癖のある髪に、青い瞳はお父様に似ている。
あまり笑わない冷たい印象の子だけれど、お父様やお母様に隠れて私を心配してくれていた、優しい子だ。
「レナード……」
私は、公爵家に連れ戻されたのだったかしら。
記憶はないので、眠っている間に馬車に乗せられたか、薬を飲まされるなどして。
「……ここは、公爵家? お父様とお母様は、さぞお怒りでしょう」
勝手にいなくなったのだもの。
居場所を探し当てて無理やり連れ戻すぐらいはしそうだ。
「安心してください、姉さん。ここには僕と姉さんしかいませんよ」
「レナード、どういうこと……?」
レナードは、私の隣に座って優しく私の髪を撫でる。
今まで、レナードから私に触れたことは一度もない。
私からレナードに触れたこともない。
私たち姉弟は、仲のよい関係とは言い難かった。
それは、私がよくないことをしたり、正しくない行いをすると、すぐに侍女たちが両親に告げ口をするからだ。
そうすると、私はひどく叱責される。
私は怒られたくなかったし、レナードをそれに巻き込みたくなかった。
だから、廊下ですれ違っても挨拶を交わす程度だった。
時折すれ違いざまに「姉さん、大丈夫ですか?」と尋ねてくれるので、微笑んで頷く程度の関係である。
けれど、その言葉に私はずいぶん救われていた。
妹も同様で、私は両親には恵まれなかったけれど、弟妹には恵まれていた。
「姉さんは、王太子殿下から婚約を破棄されたでしょう? 馬鹿な男だ。姉さんのように美しく聡明で気高い女性を捨てて、あの頭の足りないアイリーン王女と結婚するなんて」
「レナード、そんなことを言ってはいけないわ」
優しい弟の口から、ひどい悪口が飛び出してきたことに私は戦慄した。
誰が聞いているのか分からないのだ。
そのような悪口がワイアット様の耳に入ったら、大変なことになってしまう。
「本当に馬鹿な男だと思っていますよ。それに、両親もね。知っていますか、姉さん。僕の両親は罪を犯していたんです」
「僕の、両親……? 私のお父様とお母様のことだわ。二人は何か、悪いことをしていたの?」
「違いますよ、姉さん。あれは僕の両親です。あなたの両親ではありません」
レナードは見たこともないような艶美な表情で微笑んだ。
それは、飾り棚に飾られた真っ赤な薔薇を連想させるものだった。
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