初恋の王子様が奪われてしまったので、庭付き風呂付き怪異つき古びた館に引っ越しました

束原ミヤコ

文字の大きさ
8 / 46

レナード・シモンと媚薬 1

しおりを挟む

 私はガウンに包まり、ついでにシーツに包まり、震えていた。
 恐怖ではなく、羞恥にである。

 ご本人にも伝えたけれど、お化けというものが本当にいたとして、危害を加えられなければ怖くない。
 そこにただいるだけのものなんて、別に怖くない。

 浮気をしたワイアット様と私からワイアット様を奪ったアイリーン様の方がよっぽど怖い。
 私を娘とも思っていないような冷たい両親も怖い。
 そして、アイリーン様とワイアット様の初夜を勝手に夢に見た挙句、それを失敗させて私と性行為に及ばせようとする夢を見た私も怖い。

 お化けよりも人間のほうが怖い、というやつよね。

 でも。お化けさんが男性の声で私と会話をしている以上、そこには意識があるわけで。

 それってもう、お化けではなくて男性よね。

 お化けさんにも寡黙に甕を抱え続けるアレスを見習ってほしい。
 私が話しかけたとしても、言葉を返さない奥ゆかしさがあって欲しいのよ。

 だって、さっきのあの場面であんなことを言われたら、それはもう見ていたということじゃないの。

 私が石像に欲情して、挙句石像に謝っていたところを。
 一人暮らしだと思って浮かれていたのだ。

 誰も見ていない、何をしても自由だと。

 どうしよう、これからどんな顔をしてこの屋敷で暮らしていけばいいのかしら。

 まるまって、くすんくすんしていると、どうしてか目を開くことができなくなってくる。
 今日一日動き回っていて、疲れが出たのかもしれない。
 心情的にはそれどころではないのだけれど──。

 長湯をしていたせいか、体はぽかぽかしている。
 素肌に触れるローブのふわふわや、すべすべのシーツが心地いい。

 いつの間にか、私は眠りの底へと落ちていった。

「……えさ、ん」

「……ん」

「姉さん」

「……?」

「姉さん」

 体を優しく揺り動かされて、私は薄っすらと目を開いた。
 ここは、どこだったかしら。
 確か私は、お化けさんと会話をして、お化けさんから逃げて、部屋に閉じこもっていて──。

 見慣れない部屋だ。私の部屋ではない。
 ここは多分、公爵家の自室。
 天蓋のある立派なベッド。ベッドの横には飾り棚があって、赤い薔薇が飾られている。

 テーブルの上には水さしと、グラス。綺麗な形をした小瓶が置かれている。

「……姉さん、そんな姿で寝ていては、風邪をひいてしまいますよ」

 私を揺り動かしながら呼んでいたのは、久々に顔を見る弟だった。
 弟といっても年齢は一つだけしか違わず、昔は小さかったけれどとっくに身長を追い越されていて、私よりも上背がある。

 濃い茶色の癖のある髪に、青い瞳はお父様に似ている。
 あまり笑わない冷たい印象の子だけれど、お父様やお母様に隠れて私を心配してくれていた、優しい子だ。

「レナード……」

 私は、公爵家に連れ戻されたのだったかしら。
 記憶はないので、眠っている間に馬車に乗せられたか、薬を飲まされるなどして。

「……ここは、公爵家? お父様とお母様は、さぞお怒りでしょう」

 勝手にいなくなったのだもの。
 居場所を探し当てて無理やり連れ戻すぐらいはしそうだ。

「安心してください、姉さん。ここには僕と姉さんしかいませんよ」

「レナード、どういうこと……?」

 レナードは、私の隣に座って優しく私の髪を撫でる。
 今まで、レナードから私に触れたことは一度もない。
 私からレナードに触れたこともない。

 私たち姉弟は、仲のよい関係とは言い難かった。
 それは、私がよくないことをしたり、正しくない行いをすると、すぐに侍女たちが両親に告げ口をするからだ。
 
 そうすると、私はひどく叱責される。
 私は怒られたくなかったし、レナードをそれに巻き込みたくなかった。

 だから、廊下ですれ違っても挨拶を交わす程度だった。
 時折すれ違いざまに「姉さん、大丈夫ですか?」と尋ねてくれるので、微笑んで頷く程度の関係である。
 
 けれど、その言葉に私はずいぶん救われていた。
 妹も同様で、私は両親には恵まれなかったけれど、弟妹には恵まれていた。

「姉さんは、王太子殿下から婚約を破棄されたでしょう? 馬鹿な男だ。姉さんのように美しく聡明で気高い女性を捨てて、あの頭の足りないアイリーン王女と結婚するなんて」

「レナード、そんなことを言ってはいけないわ」

 優しい弟の口から、ひどい悪口が飛び出してきたことに私は戦慄した。
 誰が聞いているのか分からないのだ。
 そのような悪口がワイアット様の耳に入ったら、大変なことになってしまう。

「本当に馬鹿な男だと思っていますよ。それに、両親もね。知っていますか、姉さん。僕の両親は罪を犯していたんです」

「僕の、両親……? 私のお父様とお母様のことだわ。二人は何か、悪いことをしていたの?」

「違いますよ、姉さん。あれは僕の両親です。あなたの両親ではありません」

 レナードは見たこともないような艶美な表情で微笑んだ。
 それは、飾り棚に飾られた真っ赤な薔薇を連想させるものだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

処理中です...