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繋げられた夢
しおりを挟む──なんだか、すごくふわふわする。
気持ちいい。何かが私を撫でている。髪を、撫でてくれている。
撫でられたことなんて一度もなかった。
安心する。なんだか、私の全てが許されているような、ここにいてもいいと言われているような気持ちになる。
「……んー」
深い海の底から浮かびあがるように目を覚ますと、私はふぁっと欠伸を一つついた。
目尻にじわりと涙がにじむ。
軽く指でそれをこすった。
「夜……?」
窓の外は暗い。暗い夜空に星が浮かんでいる。
そして星は、部屋にも浮かんでいた。
手のひら大の光の球がふよふよ浮かんで、部屋を優しく照らしてくれている。
「綺麗……」
『起きたな、リュミエル。よく眠っていた』
「お化けさん」
姿は見えないけれど、お化けさんは私の隣に寝そべっているようだった。
それで、寝ている私の髪を撫でてくれていたらしい。
今も撫でてくれている。
癖のある銀の髪を指に巻き付けたり、おでこを撫でたり、耳を撫でたりしている。
お化けさんの手は大きい。
ごつごつしている、男性の手だ。その手つきはとても優しかった。
私はしばらく、目を細めてその感触に身を委ねていた。
飼い主に撫でられる飼い猫は、こんな気持ちなのかしらと思いながら。
『リュミエル。俺は今、お前を撫でている』
「はい。撫でられています。男性に撫でられたのははじめてです」
『そうか。俺が男だと、何故わかる?』
「声と、手触りですけれど。……大きな手ですよ。私と重ねてみてくれますか?」
私はぼんやりしながら、手を差し出してみる。
私の手に、見えないけれどお化けさんの手が重なった。
やっぱり大きい。
私の手は、お化けさんの手よりも一回り小さいようだった。
「あなたは多分、とても逞しい体つきをしています。浴室にいる、アレスのような。声は勇ましくて、体は逞しい。きっと、どこかの将軍だったのではないかと思うのです」
『俺は鏡には映らない。水面にもな。だから自分がどういう顔をしているかは分からないが、まぁ、きっと美形だろう』
「すごい自信……!」
『では、腐乱死体のような姿のほうがいいのか、お前は』
「できれば美男子がいいですね、できれば……あ!」
撫でられてうっとりして、寝起きでぼんやりしていた私は、ふと大切なことに気づいた。
寝る前の私は、お化けさんにすごいことをされていたのだった。
だから、朝が来たというのにまた疲れて、眠ってしまったのよね。
「お化けさん! 私にひどいことをするお化けさんは、なんだか口がいっぱいあって、腕が何本もあるよううに感じられました! まさか、腕が何本もあって、口がいくつもある姿なのでは……まぁ、見えないので、いいのですけど……」
『いいのか』
「はい。きちんと会話ができるのなら、どんな姿でもいいのですけれど……どのみち、見えませんし」
『お前はよくそんな風で、無事に生きることができたな』
「いえ、ここにくるまでの私はもう少し、きちんとしていたのです。王太子殿下の婚約者として、公爵家の長女として。それが、自由の身になったので……なにもかもがどうでもよくなってしまったといいますか」
実際、何もかもがどうでもいいのだ、私は。
朝寝をして、夜になってしまって、今日一日なにもできなかった。
今までの私なら、罪悪感で死にたくなっていただろう。
でも、今の私はどうとも思わない。ほぼ全裸でベッドに転がっているのに、それさえ心地いいと感じる。
「そんなことよりも、お化けさん。どうして、ひどいことをするのですか……?」
『ここに何年、一人でいたのかは忘れた。自分のことさえ覚えていないぐらいだ。美しい女が住みついたのなら、抱きたいと思うのは当然だろう』
「美しい女……?」
『お前のことだが』
「……ふふ。はじめて褒められました。褒められることはあったのですが、冷たい美人とか、性格がきつそうな美人とか、そういう……いらない単語がいつもついていましたので。美しい女……嬉しいものですね」
『若く、綺麗で、愛らしい。胸は豊かで、腰はくびれていている。尻の形もいい。抱きたいと思ったから抱いたが……最後まではしていないな。そもそも、俺が触れていることに、お前は気づかないはずだったのだ』
「声が聞こえると、驚いていましたね、そういえば」
部屋に浮かんでいる光の球が、くるくると回りはじめる。
整然と並び、星形になり、それから円を描いた。
『俺のような存在は、見えない、聞こえない、触れられないものだ。ここに入った人間は何人かいたが、俺の姿を見ることはなく、声も聞こえず、触れることもできなかった。だからこのように、現象を起こす』
「光の球を飛ばしたり?」
カタカタと、ベッドが揺れ始める。
それから、ギシギシと窓が鳴り、ひとりでにぱたんと扉が開いた。
『このように、物を動かすことができる。俺にもよく分からんが、物は自在に操ることができる。それから、人の記憶を見たり、夢を繋げたり。多数の口も、舌も、手も。好きなものを好きなように、つくることができる』
「ぁ……ゃだ……いまは、駄目です。ちゃんと、話したいのです、あなたと」
ぬるりと、いくつもの舌が私の体を這うような感触がある。
私は見えないお化けさんに手を伸ばした。
『本当に、感覚があるのだな。このようなことをしても、普通の人間は、寒気を感じる程度だ。物を操り動かせば、それを見ることはできる。だから、怪異だのお化けだのなんだのといって、ここには誰も近づかないようになった』
「お化けさんが自分で、自分の噂を広めていたのですか?」
『人がくると、やかましい。俺はここから出られない。何故だかは知らない。出ることはできないし、眠ることもできない。ずっとここに、永遠に、このまま存在している。だから、この家は俺のものなのだろう』
「私が買ってしまいましたが」
『独り身の、儚げな美人が来たのだ。歓迎するに決まっている。一目見て、抱きたいと思った。待っていた。リュミエル』
「……ありがとうございます、というべきなのでしょうか……。お化けさんが私にひどいことをしたとして、私は何も感じない予定だったのですか?」
『それではつまらないからな。お前にサービスをしてやろうと思い、好きな男の夢を見せた。正確には、夢を繋げた』
「ゆめを、つなげる……?」
先程もそんなことを言っていた気がする。
私は起き上がると、体にシーツを巻き付けながら、膝を抱えて座った。
私の背後にお化けさんがいる感覚がある。
硬くて逞しくて大きな体にすっぽりと抱きしめられている感覚がある。
私は、お化けさんに身を委ねた。
色々見られてしまったし、けれど私は声しか聞こえないのだ。
だからだろう。だんだんと羞恥心が薄れていくのを感じていた。
『お前の記憶の中にいる男の夢と、お前の夢を繋げた。現実ではないな。だが、半分は現実だ。実際、ワイアットとやらは花嫁に初夜の最中に蹴られて、罵られている。その後のお前との交わりは、ワイアットの夢想した欲望だ。……お前がここに逃げなければ、おそらくお前はあのように、サディストの慰みものになっていた』
「嘘ですよね……?」
『事実だ。あまりにもお前が哀れで、途中で夢を終わらせた』
「そんな……ワイアット様は誠実で優しくて、あんなこと……! ちょっと待ってください、では、レナードは?」
『同じだ。お前の弟も、お前に思慕を抱いていたようだな』
「だ、駄目です。姉弟ですもの……! あんなことは、駄目で……」
『従姉弟だそうだが』
「信じられません。……い、いえ。もしかしたら、そうかもとは思いましたけれど。両親は、私を嫌っていたようですし、本当の両親ではないと言われたほうが気持ちが楽になります」
でも、ただの夢かもしれないし。
お化けさんにはお化けさんらしい力があるとして、夢でみたものなんて、曖昧なものだ。
「ともかく、お化けさんは私に触れることができないと思って、あんな夢を見せたのですね?」
『まぁ、そうだな。無反応のお前を抱いてもつまらない。淫夢の中に溺れさせてやろうと考えたのだが、余計なことだった。俺の感触が、お前には分かるのだから』
「……っ、あ、駄目です……っ、こういうことは、恋人とするのですよ……!」
首筋を、吸われる感触がある。
唇を重ねられているのが分かる。
私はお化けさんの立派な胸板を押して、離れようともがいた。
けれど、何本もの腕に抱きしめられているように、動くことができなかった。
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