今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

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第一章 マユラ、錬金術師になる

怒れるユリシーズの呪い 1

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 海上の魔物と戦う時、騎士団の兵士とはまるで役に立たないとユリシーズは思っている。
 魔法の使えない兵士は、空を飛ぶことができない。
 といっても、同じ魔導師でもユリシーズとその辺の有象無象の魔導師とは格が違い、浮遊魔法を使用できるものなど滅多にいない。
 
 つまり、ユリシーズにとっては己とレイクフィアの家族だけが特別で、それ以外のものは役立たずだった。
 魔物討伐においてのみの話ではあるが。

『ユリシーズ、君が苛立つ気持ちはわかる。自分は特別だと思っているのだろう。確かに君は特別だ』

 そんなユリシーズの心中を見透かすように、二十歳で騎士団に所属をした時に、すでに団長の座についていた同い年のレオナードが声をかけてきたことを、よく覚えている。

 太陽の騎士と呼ばれていたレオナードは、由緒正しい家に生まれた貴族。
 どうせ貴族だから団長になったのだろうなと、ユリシーズは内心嘲っていた。
 同時に、何故このユリシーズ・レイクフィアが魔力なしに従わなくてはいけないのだと憤ってもいた。

『だが、ユリシーズ。人が一人きりでできることには限りがある。例えば君が魔物と戦っている間、他の騎士は魔物に襲われた避難者を守る役割がある。各地で魔物が出没した場合、必要になるのは個ではなく、物量だ」

 そんなことを、レオナードは言っていた。
 ユリシーズも、男爵位を得てルクスソラージュ騎士団の二番隊隊長になった今なら、多少はレオナードの言葉も理解できる。

 それでも、やはり足手まといだと思うのだ。
 リヴァイアサンなどという、海で暴れる海竜と戦う場合。船から落ちたらどうにもならない騎士たちは、ユリシーズにとっては邪魔でしかない。

 ──何にでも、例外はあるものだ。
 レオナードは、魔力なしのくせに一人でリヴァイアサンを討伐できる稀有な存在だった。
 彼とはじめて会ったときに、ユリシーズはどうせお飾りの団長だろうとたかをくくっていた。
 
 けれど、どうにも違うらしい。 
 レオナードは実力で団長の座を得た。ルクスソラージュ騎士団の騎士たちの中で突出して強い傑物である。
 そんな話を聞き、実際目で見て、多少は一目を置くようになった。

 そんなレオナードも、三年前にある問題に巻き込まれていなくなったのだが。

「面倒だな……」

 リヴァイアサンの討伐を命じられたユリシーズの脳裏にレオナードの言葉がよぎったが、ユリシーズは深い嘆息と共に『一人でできることには限りがある』という言葉を頭の中から追い払った。

 わからなくもない。一理ある。逆にいえば、一理しかない。
 
「シズマ、私は王都近海に現れたリヴァイアサンの討伐に向かう。おそらく数日は戻らない。お前は二番隊の者たちを率いて、街道の魔物掃除をしておけ」
「御意に」

 ユリシーズは、騎士団本部の訓練所で部下たちに訓練をつけていた二番隊副官のシズマにそう伝えた。
 それから転移魔法を用いて──オルソンの元へと向かった。

 ユリシーズが得意とするのは四大エレメントの魔法だ。
 これは攻守に優れた魔法で、純粋な武力となりうるものだ。
 だが優れた魔導師であるユリシーズは、魔法と名のつくものなら基本的にはどんな魔法でも使うことができる。

 転移魔法もその一つで、これは場所と己の魔力を繋ぎ合わせて使用するものである。
 具体的には、訪れた場所に自分の魔力を結晶化させたものを埋め込む。そうすると、いつでもその場所と己の魔力がつながり、扉を開くようにその場所に移動することができる。
 
 つまり、ユリシーズが行ったことがある場所にのみ転移できるわけだ。
 なぜユリシーズがオルソンの元に向かうことができたのかといえば、マユラが嫁いでからしばらくして、密やかにマユラの様子を見に行ったからである。

 ユリシーズはマユラに厳しくしなくてはいけない。これはレイクフィアの家族たちも同様だ。
 甘やかしていてはマユラのためにはならないという暗黙の了解の元、長年そのようにふるまっていた。

 まかり間違っても、マユラが心配で様子を見にきたなどと知られてはいけない。
 だからこの時もマユラの寝室に忍び込み、その健やかな寝顔を確認して、満足して家に戻った。 
 ついでにマユラの寝室の床に、転移魔法を使用するための魔力結晶を埋め込んでおいた。
 
 ちなみにユリシーズがマユラの寝顔を見にきたのはこの一度きりだ。
 いつでも転移魔法で訪れることができるのにそれをしなかったのは、マユラの顔を見たら連れて帰りたいと思う自分を、もう止められそうになかったからだ。

 マユラがいなくなってしまったレイクフィア家は、どうにも薄暗い。
 レイクフィア家の特性なのだろう。父も弟も妹も、大概が陰鬱で薄暗い、人生に飽きたようなつまらない表情を常に浮かべている。
 使用人たちもそうだ。余計な無駄口を叩かない。
 マユラがいたときは──。

『お兄様、お食事の支度ができました。お兄様、お風呂にしますか? 今日もお仕事お疲れ様でした』
 
 と、どんなに邪険に扱っても、子犬のように尻尾を振って話しかけてきてくれたものだ。
 あの姿が見えないと、どうにも退屈で日々は精彩を欠いたように、色褪せてしまうようだった。

 それにしても、あの時マユラはオルソンと共にではなく、一人寝をしていた。貴族というものはそういうものなのかもしれないなと納得していたが、そうではなく、あれはオルソンが義理の妹リンカと浮気をしていたからだったのだろう。

 その割に、マユラは健やかそうだったが。
 妹は苦労に慣れている。そんなところも愛らしいとユリシーズは思っている。

「──ゆ、ゆゆゆ、ユリシーズ!? な、なぜ貴様がここに!」

 そんなことを考えながら、ユリシーズはオルソンと相対していた。
 マユラが寝ていたベッドには、身重のリンカが横たわっている。
 身重と聞いたのだから身重なのだろう。まだ腹はそこまで出ていないが、腹の中にオルソンの赤子がいる。
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