50 / 107
第一章 マユラ、錬金術師になる
ひとまずの休息
しおりを挟む「俺は、呪われているのか……」
「レオナードさん、尋常じゃなく迷いますから、もしかしてそれが呪いですか?」
「いや、それはうまれつきだ」
『ははは』
「ふ……」
心配するマユラに、レオナードがあっさりこたえる。
うまれつきなら、呪いではないだろう。師匠とユリシーズがくつくつ笑っている。
人の不幸を笑うあたり、似ている人たちである。
魔導師はこういう人が多いのだろうか。
「すごく呪われているのよ。あんまり怖いものだから、この人がきたときは隠れていたのだけれど。でも、マユラちゃんと一緒に戦ってくれたし、勇気を出して指摘してみたわ。だってこのままじゃマユラちゃんまで不幸になってしまうかもしれないもの」
ふるふる震えて、さめざめ泣きながらアンナが言う。
そしてはっとしたようにじっとマユラを見つめて、ぱちんと手を叩いてにっこりした。
この感情の起伏の激しさ。幽霊だからだろうか。アンナは幽霊になってから感情のコントロールが上手くいかないと言っていたので、きっとそうなのだろう。
「マユラちゃん、呪われた話は後にしましょ。話したところで解決できるわけじゃないものね。まずは傷をなおして、それからお風呂ね。お風呂もわかしてあるのよ、家事も育児もアンナさんに任せておいて」
「育児の必要はまだ……」
「そのうち必要になるかもしれないじゃない? 命短し恋せよ乙女だわ。けれど、そちらのレオナードさんは駄目よ。呪われているのだから」
「……う゛っ」
レオナードが胸をおさえて小さくうめいた。
呪われていると言われてショックなのだろう。
「マユラちゃんが傷をなおしている間、皆お風呂に入りなさいな。海風で髪がべたべたよ。とくにそこの」
「兄です」
「兄だ」
「マユラちゃんのお兄さん。あまり似ていないわね。性格の悪そうなお兄さん。べたべたで汚いわ。さっさと綺麗にしてちょうだい。師匠もね。マユラちゃんと一緒にお風呂に入れるなんて思わないことね!」
『思っていない。おい、不幸女。偉そうではないか、急に』
「だって幽霊だもの。殺したってしなないのよ、もう」
アンナが胸をはって言う。
マユラは錬成部屋に入ると、残っていた治療のポーションのラムネを、カリカリ食べた。
すぐに切り傷や、両手の火傷が癒えていき、ようやくなくなった痛みに安堵の息をつく。
「マユラ、怪我は……」
「大丈夫です。もう治りましたよ」
「よかった。……すまない。俺が共にいたのに、守れなくて」
「大丈夫ですって。レオナードさんは責任感が強い、いい人ですね。ありがとうございます。私の怪我は私の責任なので、気にしないでくださいね」
綺麗になった両手を、心配するレオナードに見せる。
視線の先で、お湯の入った桶の中でひとりでに浮き上がるブラシや石鹸にもみくちゃにされて文句を言っている師匠の姿が見える。
師匠に直接触ることはできないが、お湯やブラシなどを自在に操ることができるアンナは師匠を洗うことができるようだ。
「マユラ。ユリシーズと俺は、もう帰るよ。今日は疲れただろうし。呪いの話は気になるが、今のところ命に別状はない。また、時間を改めて話を聞きに来る」
「何故、私が帰るという話になっている?」
「帰らないのか?」
「兄が妹と共に住むことに何か問題があるか? 家賃や生活費は私が支払う。レイクフィアの家族には、お前がここにいることは黙っておこう」
レオナードならばどれほど居てもらっても構わないが、ユリシーズには帰ってもらいたい。
嫌いではないが、ずっと一緒にいられると、マユラの胃に負担がかかる。
怖い兄は怖いので苦手だが、優しい兄は不気味だ。
そのうち慣れる日がくるかもしれないが、今はまだ心が追いつかない。
「あの、お兄様。お帰りになっていただけると嬉しいのですが」
「何故だ?」
「そ、それは、その……私、お兄様のことが苦手なのです。ずっと嫌われていると思っていましたし、実際嫌われていましたし、怖いので……!」
「……っ」
はじめてはっきり気持ちを伝えると、ユリシーズは大きく瞳を見開いた。
「そ、そうか……あぁ、そうか……そうだな。私はお前を愛しているが、お前にとってそれは迷惑だということだな」
「……そういうわけでは、そこまでは言っていませんけれど」
「よりいっそうの努力が必要というわけだな。理解した」
「理解していただけるのなら、助かります」
どういう理解のしかたをしたのかは不明だが、一緒に暮すという選択肢が消えただけありがたい。
常々、レイクフィアの家族たちは浮世離れしていると思っていたマユラだが、ここにきてよりいっそうそれを強く感じた。
魔法のこと以外は途端に駄目なのだ。
「レオナードさん、お帰りになる前に、呪いのことだけ聞いていきませんか? 私だったら気になって夜も眠れなくなってしまいます」
「そうだな。……薄々、わかってはいるが」
レオナードとユリシーズが家を出る前に、マユラはアンナを呼び戻して、洗い終わった師匠をタオルでごしごし拭きながらリビングに皆で集まった。
「アンナさん。呪いの話、聞いてもいいですか?」
「ええ。もちろん」
「レオナードさんは呪われているのですよね」
「そうなの! すごく怖いのよ。すごくすごく怖い、まっくろでどす黒くて絡みつくようなこわいものが、背中にくっついているの。よく平気でいられるわね。鈍感すぎるのではないかしら!」
「ど、鈍感……」
「レオナードさんが鈍感だということは周知の事実ですから、大丈夫ですよ」
「そうか……」
ショックを受けるレオナードを、マユラは励ました。
彼の過去の話を聞いたときから、そんなことはわかっていた。太陽のようにいい人なのだが、鈍感過ぎて女性から向けられる感情に気づかない人なのだ。
「やっぱり、亡き王女の呪いでしょうか……」
「亡き王女?」
「アンナさんとお兄様は知りませんでしたね。師匠と私は話を聞いていたのですが」
「知っている。レオナードが騎士団をやめた原因だ。隣国に嫁ぐはずの王女が死んだ。私はあれが嫌いだった。男になら誰にでも、尻尾を振るような女だった」
「お兄様、そんなことは言ってはいけませんよ」
「そうか。気をつける」
兄に注意をすると、すぐに殊勝な態度で頷いた。なんだか妙な感じである。
「亡き王女は、レオナードさんに恋をして、レオナードさんの前で自死をしたそうなのです。でも、遺体は見つからず、消えてしまったのだとか」
「なるほどねぇ。じゃあきっとそれね。呪いは私には見えるけれど、マユラちゃんたちには見えないのよね?」
「見えませんね」
「すごいわよ。こわいわよ。呪いを見ることができたら、原因がなにかはっきりするのではないかしら。ともかくすごくすごく敵意を持って、私やマユラちゃんを睨んでいるもの」
「わぁ……」
マユラはぶるりと震えた。
ユリシーズが嫌な顔をして「近づくな」と、レオナードから離れる。
師匠だけは『ははは、女の執念か、こわいな』と、楽しそうに笑っていた。
871
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。
山田 バルス
恋愛
結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。
また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。
大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。
かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。
国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。
スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。
ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。
後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。
翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。
価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。
公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
追放された荷物持ち、スキル【アイテムボックス・無限】で辺境スローライフを始めます
黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティーで「荷物持ち」として蔑まれ、全ての責任を押し付けられて追放された青年レオ。彼が持つスキル【アイテムボックス】は、誰もが「ゴミスキル」と笑うものだった。
しかし、そのスキルには「容量無限」「時間停止」「解析・分解」「合成・創造」というとんでもない力が秘められていたのだ。
全てを失い、流れ着いた辺境の村。そこで彼は、自分を犠牲にする生き方をやめ、自らの力で幸せなスローライフを掴み取ることを決意する。
超高品質なポーション、快適な家具、美味しい料理、果ては巨大な井戸や城壁まで!?
万能すぎる生産スキルで、心優しい仲間たちと共に寂れた村を豊かに発展させていく。
一方、彼を追放した勇者パーティーは、荷物持ちを失ったことで急速に崩壊していく。
「今からでもレオを連れ戻すべきだ!」
――もう遅い。彼はもう、君たちのための便利な道具じゃない。
これは、不遇だった青年が最高の仲間たちと出会い、世界一の生産職として成り上がり、幸せなスローライフを手に入れる物語。そして、傲慢な勇者たちが自業自得の末路を辿る、痛快な「ざまぁ」ストーリー!
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~
ソラ
ファンタジー
「エリアナ、貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」
聖女としての魔力を使い果たし、無能と蔑まれた公爵令嬢エリアナ。
妹に婚約者を奪われ、身一つで北の最果て、凍てつく「死の森」へと捨てられる。
寒さに震え死を覚悟した彼女が出会ったのは、雪に埋もれていた一匹の小さなしっぽ。
「……ひとりぼっちなの? 大丈夫、私が温めてあげるわ」
最後の手向けに、残されたわずかな浄化の力を注いだエリアナ。
だが、その子犬の正体は――数千年の眠りから目覚めた、世界を滅ぼす伝説の神獣『フェンリル』だった!
ヒロインの淹れるお茶に癒やされ、ヒロインのブラッシングにうっとり。
最強の神獣は、彼女を守るためだけに辺境を「極上の聖域」へと作り替えていく。
一方、本物の聖女(結界維持役)を失った王国では、災厄が次々と降り注ぎ、崩壊の危機を迎えていた。
今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくる王子たち。
けれど、エリアナの膝の上には、甘えん坊の神獣様(執着心MAX)が陣取っていて――。
「聖女の仕事? いえ、今は神獣様とのお昼寝の方が忙しいので」
無自覚チートな聖女と、彼女にだけはデレデレな神獣様による、逆転溺愛スローライフが幕を開ける!
(本作品はAIを活用して構成・執筆しています)
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる