今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

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第二章 マユラ、錬金術店を開く

錬金術師ジュネ・ジョイス

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 バルトに案内をされて、マユラはユリシーズと共に城の中に向かった。
 騎士団のある第三庭園の先、庶民は立ち入ることの許されていない第三門、そして第一門をくぐる。

 ジョイス宰相家とは、アルティナ家、グレイス家と並ぶ三大公爵家のひとつ。
 古くから王を傍で支える家だ。血のつながりも濃く、今のジョイス公爵の祖父が王家の血筋の者だった。

 ジョイス公爵家は何代にもわたり、王家と婚姻関係を結んでいる。
 そういったこともあり、ジュネは城の中では優遇されていた。
 彼女の研究室は王族に近しいものしか入れない、第一門の先にある第一庭園にそびえる城の中にある。
 貴族たちでさえ、第一庭園にはおいそれと足を踏み入れることはできない。

 王との謁見は第二庭園にある城で、貴族の集まる晩餐会などもそちらで行われるからだ。

「第一庭園の城に入れるなど、破格の待遇だぞ! 喜べ、そして俺を敬うがいい」
「ありがとうございます、バルト様」

 ひとしきりジュネについて親切に説明してくれるバルトの話に耳を傾けていたマユラは、丁寧に礼をした。
 バルトの協力がなければ第一庭園の中に入ることはできなかっただろう。ありがたいことだ。
 レオナードの呪いをとくためとはいえ、宮廷錬金術師ジュネと会えることは純粋に嬉しい。
 そのうち、フォルカにも会ってみたいものだと思う。
 二人とも、錬金術師として成功しているマユラの大先輩たちである。

 見上げると首がいたくなるほどに大きい、美しい城の城門をくぐる。ここまで来るのにかなり時間がかかっている。なんせ城の敷地というのは一つの街のように広い。
 この広い城全ての警備をするというのは、なかなか大変だなと思う。

 侍女や使用人たちが音もたてずに動き回り働いている城の中を、バルトの背中を追いかけながら、ユリシーズと並び奥へ奥へと歩いていく。

「私の格好、場違いかもしれませんね……」
『どう考えても場違いだろう。豪邸の中を走り回るネズミのようだ』
「それは言い過ぎというものです、師匠」
「マユラは何を着ていても愛らしい。だが、今度服を仕立てて送ろう。レイクフィアの家族として相応しい、錬金術師としての服がいい」
「ありがとうございます、お兄様」

 兄の美的センスで作られた服──というのは、少し不安だ。
 けれどマユラは好意を快く受け取るタイプである。たとえどんな服だとしても、いただけるのならばありがたくいただくし、ありがたく使う。

「お前たち、のんびり会話を交わすな。国王陛下のいらっしゃる城の中なのだぞ? ん? 今、声が一人分多くなかったか?」
「気のせいです」
「年老いたのだろうな、バルト殿。耳が悪くなったのだ」
「俺はまだ三十歳だ」

 細身で小柄で、三白眼気味のバルトは、童顔である。
 見た目だけではマユラより少し上に見えるのだが、思ったよりも年上だった。
 広い回廊を抜けていくつかの角を曲がる。
 その先にある黄金に宝石が散りばめられた煌びやかな扉を開いた先に、ジュネの研究室はあった。

「ジュネ様、警備の確認にまいりました。突然のことで申し訳ありません」
「入って、いいわよ。その声はバルトさんね、どうせ毎日退屈しているもの。どうぞ」
 
 色香のある女性の声が、中から聞こえる。
 扉を開くとその先は、黒と赤の四角形のタイルが整然と並ぶ広い部屋になっている。
 部屋の天井からはいくつもの魔石ランプが釣り下がっており、くるくると回る度に様々な形の動物たちの影が部屋を飛び回った。
 
 ランプがいくつかの動物の形にくり抜かれているのだ。マユラはランプを見上げて、その可愛らしさに微笑んだ。

「警備の確認なんて、唐突ね。あら、あら、あら、そこのあなた。そこのあなたよ」

 ゆったりと長椅子に座って、白い足や細い手を侍女たちに手入れをしてもらっていた美女が起き上がり、裸足のままぺたぺたとタイルの上を歩いてマユラに近づいてくる。
 豪華なふわりとした金の髪、長い睫毛がびっしりはえた大きな瞳、赤い唇に豊満な体。
 高級だと一目でわかるドレスを着た、美女である。
 年齢は、三十手前といったところだろうか。その年齢特有の色香が、どことなく漂っている。

「ジュネ様、おみ足が……!」

 侍女があわててジュネの傍にきて、彼女に靴をはかせた。
 ジュネはそんなことにはまったく気づいていないように、マユラの前に立つとじいっとマユラを見つめている。
 ユリシーズがそれとなく、マユラを腕で隠そうとする。
 それに気づいたジュネはユリシーズの腕を押しのけて、マユラの両腕を細い指でぎゅっと掴んだ。

「あなたよ、あなた、あなた」
「わ、私ですか」
「そう、あなた。あなた、とても可愛いわ。うん、とても可愛い。私のものにならない?」
「え……」
「あなた、錬金術師ね。顔を見ればわかる。それもまだ若い、なり立て、駆け出しの卵。すごく可愛い、なんてキュート、なんて、素敵なの。私の弟子になってちょうだい」

 ジュネとは──もっと、物静かで迫力のある女性だと勝手に思っていた。
 妖艶な顔を少女のように綻ばせて、ジュネは大きな瞳でマユラを覗き込んでいる。

『おい、女。マユラは私の弟子だ。勝手なことを言うな』
「猫ちゃん。あなた、中身がいるのね。中身……中身、なんだかすごく怖い中身だわ。マユラちゃんね、あなた、マユラちゃん。マユラちゃんは今すぐそのお人形を、捨てるべき」
「それはできません。ジュネ様、ご挨拶がおくれました。錬金術師のマユラと申します。こちらは、兄のユリシーズです」
「礼儀正しいわ、可愛い。弟子にならない? 私、毎日すごく退屈なの。退屈で退屈で、おかしくなりそうなのよ」

 バルトが頭が痛そうな顔をしている。
 ユリシーズはまるでごみを見るような冷たい目で、ジュネを見ている。
 マユラは困ったように笑いながら、怒って何か言おうとしている師匠の口の部分を手でぎゅっとおさえた。
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