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入学式でのやらかし
しおりを挟むあまりにもクロヴィス様が心配するものだから、廊下を走る女性の出現について若干楽しみにしていた私である。
けれどそんなものが現れる筈がなかった。
私達は校舎の入り口を抜けたホールで、自分の振り分けられたクラスを確認したあと、恙なく集会場までたどり着いた。
期待してたのに、がっかりだわ。
婚約破棄したいということではなくて、純粋に好奇心からである。貴族の子供達ばかりがあつまっている王立魔道学園の廊下を走る女性という存在について、興味があったのに。
集会場には既に大半の生徒がクラスごとに並べられた椅子に座っていた。
「よし。納得しましたか、殿下」
集会場の入り口で私はクロヴィス様の手を離そうとした。
離れなかった。
苛々しながら手を振ると、再び物凄い勢いで握手しているみたいになってしまった。
流石にもう離して欲しい。私たちの様子を、集会場に集まっているみなさまがそれとなく見ているのが分かる。
視線が体に突き刺さる。ついでに私の繊細な心にも突き刺さる。
これはそういんじゃないので、勘違いしないで欲しい。別に私はクロヴィス様と仲良しとかじゃないのよ。
なんというか、これは、そう、――介護。介護だ。
「……リラ」
クロヴィス様は私の手をぐい、と引き寄せた。
あれよあれよという間に、私はクロヴィス様の片手によいしょ、と抱え上げられた。
子供を抱えるような正面で向き合う形の抱っこである。お父様が良く私にしようとしてくるやつだ。
「な、なにするんですか、降ろしなさい。降ろしてったら……!」
「リラは軽いな。それに小さい。なんて可憐なんだ。幸せと不安の板挟みで、苦しい」
「そのまま板挟まれて圧死なさい。降ろしなさいってば」
暴れる私を、にこにこしながらクロヴィス様が見つめている。
どうしよう、全然腕から抜け出せる気がしないわ。私が非力なのも確かなのだけれど、半獣族というのは身体能力に優れている。足も速いし力も強い。
私がじたじたしたところで、抵抗は無駄と言わんばかりにクロヴィス様はそのまま集会場に入って歩き出した。
若干のざわつきがいたたまれない。
私のクラスである一組の横を通り過ぎた時、生徒の一人が私に気付いて手を振ってくれた。
それなりに親しい友人のフィオルだった。助けを求めるように視線を向けると、「がんばって」と口パクで言われた。
頑張れない。
クロヴィス様はそのまま集会場の横に準備されている控室に向かった。
それなりの広さのある部屋である。貴人用の控室なのだろうか、シンプルながら上質な造りになっている。
天鵞絨張りの深い赤色の長椅子と、独り掛け用の椅子が数客。
私を抱えたクロヴィス様が中に入ると、先に中に居た眼鏡をかけた男性が立ち上がり、頭を下げて挨拶をした。
「殿下、随分と遅かったですね。何かと思えば、リラ様と仲睦まじくご登校をしていらっしゃったのですか。何よりです」
「シグ、そう見えるか?」
眼鏡をかけた薄い水色の長い髪をひとつに縛った男性が頷く。
「はい。とても」
「リラは優しいから、俺を心配してこうして一緒に来てくれたんだ」
どう見ても誘拐です、本当にありがとうございます。
私はクロヴィス様を睨んだ。ついでに眼鏡の宰相家長男である、シグルーン・アロイスも睨んだ。
シグルーンは私の視線に気づいて、にこりと微笑んだ。
「リラ様、殿下を良く支えてくださり、感謝いたします。流石は、未来の王妃様でいらっしゃる」
「べ、べつに、クロヴィス様の為とかじゃありませんから……!」
私は反論した。
私の未来のためであって、クロヴィス様の為とかじゃない。
シグルーンはとてつもなく嬉しそうな表情をして、何故か私に向かって親指を立てた。
「素晴らしい模範的なツンデレ、ありがとうございます、リラ様!」
クロヴィス様にツンデレの概念を教え込んだのはこいつかもしれない。
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