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冷ました海老ドリアと猫舌の男
しおりを挟む私のパスタは半分ぐらい食べ終わっていて、もうすっかり冷めている。
クロヴィス様の海老ドリアはまるっと残っていて、多分底の方が結構熱い。
半端ない猫舌のクロヴィス様は、まぁ、食べれないでしょうね。今回の白物二種のランチメニューはクロヴィス様にとっては全部強敵だったのだろうけれど、海老、食べたかったのかしらね。
そう思うとクロヴィス様は狼のような耳がはえている割に、猫科なのかもしれない。魚介類にときめく猫舌の男は実質猫である。
「……別に、クロヴィス様のためにやってるわけじゃないんですからね。私は早くご飯を食べ終わりたいし、待っていたら午後の授業に遅れちゃうって思うし、食堂の片づけが終わらないのも申し訳ないからであって、クロヴィス様に好かれたいとか、そういうことじゃないんですからね」
私は念のために言っておいた。
クロヴィス様は何のことだというような顔をして私を見つめた。
シグルーンが「素晴らしい……!」とか言ってきたので無視した。お前はミレニアと永遠にいちゃついているが良い。
私はクロヴィス様の海老ドリアの皿を自分の方に引き寄せる。
「……熱いものは、苦手でな」
クロヴィス様が困ったように言った。
「知っていますよ。ぬるいを通り越して冷たい紅茶しか飲めないじゃないですか、クロヴィス様。いつもアツアツの料理を眺めて過ごしてるんですか?」
「あぁ。大体は。夏場は冷たいものが増えるから、なんとかなる。冷製パスタばかり食べていたから冷製パスタマニアだと思われているらしい。もう正直、冷製パスタは食べ過ぎてあまり見たくない。あれはトマトしかのっていないからな」
「若い女子みたいな食生活ですね。それ以外に安心して食べられるものはないんですか」
「冷麺」
「どっちにしろ冷たい麺じゃないですか」
私はぶつぶつ言いながら、クロヴィス様の海老ドリアをスプーンでかき混ぜた。
マナーが悪いのだけれど、背に腹はかえられない。
「あんまりお行儀がよくないんですけれど、良いですよね。私が、ぐちゃぐちゃにしているので。クロヴィス様に食べさせるために、私がしているので」
「……た、食べさせてくれるのか……?」
感動したように、クロヴィス様が私をみつめた。
「正直、……シグがうらやましいと思っていた。……良いのか、リラ。リラも、ミレニアのように俺に、ああいったことをしてくれるのだろうか。……どうしよう、嬉しい」
尖った耳がぴくぴくと動き、白い肌が薄く染まっている。
紫色の瞳が潤んだように輝き、まっすぐ私を見ている。
あぁ、なんだか、――これは。
駄目だわ。
直視できない。
なんと言えば良いのかしら。これは、――可愛いのかもしれない。
面倒くさい男の介護だと思っていたのだけれど、こう素直に好意を向けられると、だんだん悪い気がしなくなってきた。
私、そういうんじゃなかったのに。おかしいわね。
「ほら。お食べ」
恥ずかしさのあまり、何故だかもの凄い高圧的な態度になっちゃったわ。
私は十分に冷ました海老をスプーンに乗っけると、クロヴィス様に差し出す。
犬に餌付けをしているような言い方になってしまった。
それでもクロヴィス様が従順に口を開いてくるので、口の中にスプーンを突っ込んであげた。
クロヴィス様は静かに海老を咀嚼した。
海老を食べていても気品に満ち溢れていらっしゃるわね。王太子殿下というのは海老を食べていても様になる。何を食べていたら様にならないのか知りたいところだ。
冷麺を啜っていてもきっと輝いているに違いない。
ごくんと口の中のものを嚥下したあと、クロヴィス様は私に微笑んだ。
「リラ、美味しい。……ありがとう」
「……別に、……食べることができたんなら、それで良いです」
私はうつむいた。赤くなった顔を見られたくなかった。
いつの間にかシグルーンとミレニアが、それはもう良い笑顔で二人そろって私達を見つめていた。
食べ終わったんならさっさと裏庭にでも行っていちゃついてくれば良いのに。
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