半獣王子とツンデ令嬢

束原ミヤコ

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兄属性の安定感

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 カレルさんのお店『シェ・カレル』の扉をあけて中に入る。
 いくつかのテーブル席に、若い女性が既に何人か座っていた。
 私が顔をのぞかせると、店員の――こちらも、エンバート家の養子でカレルさんの弟のエミル君が席へと案内してくれた。
 エミル君はカレルさんの実弟の美少年である。
 二人とも一緒に孤児院から引き取られたらしく、カレルさんの独立の手助けのためにエミル君も一緒に働き始めたらしい。私よりも一つ年下で、十五歳。とてもしっかりしているけれど、まだ可愛らしさの残る顔立ちに白いシャツと黒いエプロンが良く似合っている。
 カレルさんは二十歳のお兄さんだ。エンバート家の子供たちでも魔力があるものとないものがあるらしく、カレルさんはなかった。
 その代わり手先が器用だったことや料理好きだったこともあり、喫茶店経営に踏み切ったらしい。
 料理やケーキの美味しさもさることながら、お店が繁盛しているのはエミル君が愛らしい容姿だから、というのもかなりあると思う。
 女性とは美少年に弱いものだ。十五歳にしてお兄さんを手助けする健気さに、胸を打たれるお姉さま方も多いらしい。
 カレルさんも大人の魅力があるけれど、カレルさんは厨房にいてあまり表には出てこない。

「リラさんこんにちは。兄さんが手紙を出したと言っていたんですけど、早速来てくれたんですね!」

 大きく吊り上がり気味の瞳を輝かせて、エミル君が言った。
 薄紫色の毛先が跳ねた少し癖のある髪に、薄水色の瞳。白い肌の少年である。
 飲食業なので髪をいつも短めに切っているけれど、短く切ると毛先が跳ねてしまうのだと、いつだか困ったように言っていた。髪型もエミル君の愛らしさに花を添えている。
 一つ年下なだけだけれど、愛らしいと思う。
 私の弟もそれはそれは可愛らしいのだけれど、エミル君には実弟とはまた違った可愛さがあるのよね。

「うん。お手紙ありがとう。新しいケーキが食べたくて、早速来ちゃったわ」

「兄さんも喜びますよ。今、声をかけてきますね」

 エミル君は花が咲いたような笑みを浮かべて、店の奥へと入って行った。
 私は窓際の席に座って、久々の自由を満喫していた。
 窓の外には活気あふれる大通りが見える。行きかう人々を眺めているだけで、一日が終わるぐらいには楽しい。
 人を見るのは好きだわ。関わり合いになりたいとは左程思わないのだけれど、通りを眺めているだけで、色々なかたちの人がいるんだなぁと思うのよね。
 半獣族の方々の耳や尻尾のカタチも様々だ。ウサギや、犬や、猫、狼、狐のような耳や尻尾。
 彼らもクロヴィス様のような不安を抱えて生きているのかしら。

「リラちゃん、いらっしゃい」

 エミル君に連れられて、店の奥から白い服を着た男性が現れる。
 すらりとした細身の体で、やや女性的な印象のある男性である。エミル君と同じような薄紫色の癖のある髪は長くて、首元で一つに縛っている。ふわりとした前髪からのぞく瞳は薄紫色で、やや垂れ気味の目尻に黒子がひとつある。
 絶世の美男子――というわけではないけれど、見ていると安心できる優しい顔立ちをしている。
 口元にいつも笑みが浮かんでいるのも、落ち着いた立ち振る舞いも、年上のお兄さんという感じだ。
 エンバート家のひとたちは私の素性を知っているけれど、どこかの町娘のリラちゃん、として私を扱ってくれる。
 有難いし、正直とても居心地が良い。
 特別扱いされないのが良い。ここにいると、親の七光りでクロヴィス様の婚約者になったとか、それから、クロヴィス様の番のこととか、そういう余計なことを考えなくてすむ。

「一人で来たの?」

 カレルさんがあまり低くない落ち着いた声で尋ねる。

「カレルさん、お久しぶりです。一人できました。フィオルは今日は用事があると言っていたので」

 一応フィオルにも声をかけたのだけれど、断られてしまった。
 エンバート商会の仕事の手伝いで、出かける用事があるらしい。

「そうなんだ。ごめんね、付き合いの悪い妹で。俺やエミルで良いなら話し相手になるよ」

 気遣うようにカレルさんが言ってくれる。
 カレルさんとフィオルには血のつながりはないけれど、エンバート家の養子や実子の方々はとても仲が良い。
 多分、ご当主夫婦が人格者だからだろう。

「ありがとうございます。でもお仕事の邪魔はできないので、大丈夫です。私、ひとりでも結構楽しいので」

 ケーキを食べながら一人でぼんやりするのは結構至福なのよね。

「新作のケーキ、リラちゃんの好きなブルーベリーのタルトなんだけど、食べる?」

 にっこり微笑んでカレルさんが言う。

「食べます!」

 私は元気よく返事をした。
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