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お兄様という存在に憧れたりもする
しおりを挟む外の風景を眺めながら時間を潰していると、エミル君が紅茶とケーキを乗せたお盆を持って来た。
手慣れた所作で私の前に、深い紫色のブルーベリーが沢山乗ったブルーベリーのタルトと、紅茶を並べてくれる。
「兄さんが、リラさんがきっと喜ぶだろうって。リラさん、果物好きですもんね。ブルーベリーとか、木苺とか、桃とか」
「ブルーベリーは特に好きよ。形が可愛いし、味も美味しいわよね」
「そうなんですね。僕、あんまり甘いものが得意じゃなくて。だから食べないんですよ」
エミル君は困ったように言った。
カレルさんの作ったケーキは絶品だから食べた方が良いと思うのだけれど。勿体無い。
「エミル君は何が好きなの?」
「僕ですか? そうですね。僕は、リラさんが好きです」
にっこりと微笑んでエミル君は言った。
エミル君は女性の扱いに長けた恐るべき美少年なのである。自分の容姿を十分理解して、こういうことを軽々と口にしてくるのだ。
私はエミル君を半眼でじろりと睨んだ。
「そういうことばかり言っていると、そのうち痴情がもつれちゃうからね、気をつけなさいよ」
「リラさんにしか言いませんから大丈夫ですよ」
「年上を揶揄って遊ぶものではないわ」
「年上っていっても、一つだけじゃないですか」
エミル君は不服そうに唇を尖らせた。
その仕草にはまだあどけなさが残っている。可愛いのだけれど、抜け目のない子なのよね。そうじゃないと、商売なんてできないのでしょうけれど。
私は美少年の愛の言葉に惑わされたりはしないのよ。愛の言葉というのは、お父様のお母様に対するでろでろに甘い言葉で聞き慣れているし、最近はクロヴィス様にも囁かれすぎてかなり食傷気味だ。
「エミル、リラちゃんを困らせたらいけないよ」
穏やかな声で嗜められて、エミル君は「はぁい」と返事をすると、仕事に戻っていった。
エミル君と入れ替わるようにして、カレルさんが私の元へとやってくる。
カレルさんの姿を見ると、心が和む。私にはお兄様がいない。だから多分、お兄様に対する憧れみたいなものがあるのだろう。
それにカレルさんは落ち着いた大人の男性で、浮ついた恋愛対象にはなり得ない。
だから多分、安心するのだと思う。
カレルさんは私の正面の椅子に座った。
「お仕事、大丈夫ですか?」
お店のシェフがこんなところで座っていて良いのかしらと、私は尋ねる。
「うん。今のところ、注文されたのは全部出し終わったし。エミルが後は頑張ってくれるから、少しぐらいは大丈夫」
カレルさんはにこやかに言った。
「ケーキ、食べてみて。どうかな。味の感想が知りたいんだけど」
「はい。わかりました」
私はブルーベリータルトをフォークですくい、口の中に入れた。
甘酸っぱいブルーベリーの酸味が、中のカスタードクリームのまろやかさと、サクサクのクッキー生地と混じり合い、爽やかさを演出している。まったりとしているけれど、しつこくなくて、上品な味がする。
「美味しいです。カレルさんのケーキは、全部美味しいですけど。私はこれ、いちばん好き」
「そう? 良かった。リラちゃんにそう言って貰えると安心だね。リラちゃんの喜ぶ顔を想像しながら作ったから、嬉しい」
「ありがとうございます。ブルーベリー好きだって言ったの、覚えててくれたんですね」
「リラちゃんは常連さんだからね、それは覚えているよ。それに、フィオルの友達だし」
カレルさんはにっこり微笑んだ。
垂れ目がちな目尻が、微笑むとさらに下がって優しい顔になる。
店にいるお客さんたちが、ちらちらとこちらに視線を送っているのがわかる。どうにも居た堪れなかった。
個人的な知り合いとはいえ、カレルさんを独占してしまっているようで申し訳ないわね。
「ええと……、学校は、どう?」
カレルさんは言葉を濁しながら訪ねた。
王立魔導学園と口にしてしまうと、貴族だと知られる可能性があることを危惧してのことだろう。
大人の男性は気遣いも完璧だ。
「楽しいです」
「良かった。リラちゃんがいてくれるから、安心だよ。我が家は他と比べて特殊だから、フィオルのことも心配していたんだ」
「フィオルに文句をいってくるような方がいたら、私が窓から宙吊りにしますので大丈夫です」
「そこまではしなくて良いよ」
カレルさんはくすくす笑った。
私は結構本気だったのだけれど、冗談だと思われたらしい。
「でも、問題ないようなら良かった。リラちゃんも、平気?」
「私は大丈夫です。……多分」
私は言葉を濁した。
クロヴィス様のことをカレルさんに相談しようと思ったのだけれど、ここでは人の目があるしあまり良くないだろう。
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