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冬場の水魔法と氷魔法は寒い
しおりを挟む丸くて大きな、ゼリーに似たぷにぷにしたものが道を塞いでいる。
大きさはちょうど私と同じぐらい。ぷにぷにぽよんぽよんとしたものが、ぶるぶると重なり合い、狭い山道にぎゅうぎゅうに詰まっていた。
弱い魔獣の代表格の、スライムである。
動作も鈍く、あまり強くはないけれど、魔法攻撃しか有効ではないので魔法の訓練には丁度良い相手だ。
「スライムちゃんじゃない。久々に見たわ」
余裕がありそうなフィオルとは正反対で、ミレニアは「怖いですわ」と言いながら私にしがみついてくる。
私も座学で魔獣の種類や形は学んでいたけれど、実際目にするのは初めてだ。
弱いと言われているので怖くはないと分かっているのだけれど、その大きさに圧倒されていた。
「リラもミレニアも下がっていて。私に任せておいて」
「待って、フィオル。フィオルは、エンバート商会のお仕事でああいった魔獣を退治しているのでしょう?」
私たちの前に出ようとするフィオルを、私は止めた。
フィオルは「そうだけど」と言って、私を振り返る。
「フィオルにとって、スライムを倒すのなんて簡単なのでしょう? だとしたら、全部フィオルに任せてしまっていては、実習の意味がないわ。私とミレニアで頑張ってみるから、見ていて」
「えぇ……っ」
私が言うと、ミレニアは泣きそうな声を上げた。
「フィオルに任せてはいけませんの、リラ様……っ、私、怖いですわ。フィオルが頑張ってくれるのなら、精一杯応援いたしますわ……!」
ミレニアがあまりにも開き直っているので、私は苦笑した。
甘やかすとどこまでも際限なく甘えてくるのがミレニアである。悪気はない。素直なのだ。
「じゃあ、とりあえず私が戦ってみるから、ミレニアも見てて」
「だ、駄目ですわ……! リラ様一人に戦わせるだなんてできませんわ。リラ様は私の大切なお友達ですもの。私も頑張りますわ」
私の腕にしがみついていたミレニアが、やっと離れた。
決意に満ちた瞳で、両手を握りしめる。垂れたウサギ耳がぱたぱたと揺れている。
どこにいても何をしていても可愛いミレニアの耳の付け根をきゅうきゅう撫でながら、フィオルが「頑張って」と言った。
最近フィオルもミレニアの耳を撫でる楽しさに気づいたらしい。
ミレニアは嫌がらないので、つい触ってしまう気持ちはとても分かる。「触り心地が良すぎてずっと触ってられるわね」と感心したようにいつだかフィオルも言っていた。
「じゃあ、とりあえず攻撃してみるわよ」
「はい!」
耳を撫でられて嬉しそにしていたミレニアが、ミレニアにしては珍しく気合の入った大きな声で返事をした。
私たちはスライムの前に立つと、それぞれ魔法を形成する。
物質形成系の魔法というのは、ある程度形が決まっている。熟練すれば好きなように強力な魔法が使えるのだと言うけれど、私たちが学んでいるのはまだ基礎なので、詠唱から手の動作まで全て定められている。
私は両手を胸の前で三角形を作るように組み合わせた。
ミレニアは両手で長方形を作るように組んでいる。
三角形は基礎の水魔法、長方形は基礎の氷魔法である。
「濁流よ渦巻け、水の槍!」
「凍土より来たれ、氷の刃!」
私の詠唱と共に、スライムの周囲に清廉な水がぐるぐると渦巻き、先端に尖った鋒のある水の槍が現れる。
ミレニアの作り上げた氷の刃も私の水の槍と同じようにいくつか宙に浮かび上がった。
それは一瞬のうちに、スライムに向けて降り注ぐ。
体を水と氷で貫かれたスライムは、大きく体を震わせた。
うねり、震え、私たちを飲み込むように体を伸ばして覆い被さろうとしてくる。
魔法で作り上げた水の飛沫が顔や体に飛んでくる。氷の冷気とあいまって、体感温度が五度以上下がっている気がする。
「寒っ……!」
「冷たいですわ……っ」
私の呟きと、ミレニアの悲しそうな声が重なった。
パチンと、指を弾く音がする。
それと同時に、スライムの体が業火に包まれて燃え上がった。
炎はすぐに消え失せて、道を塞いでいたスライムも跡形もなく消えてしまった。
「冬場に、氷と水っていうのは辛いものがあるわよね」
フィオルが駆け寄ってきて「お疲れ」と背中を叩いてくれる。
無詠唱で魔法を使ったフィオルを、私は尊敬の眼差しで見つめた。
魔導学園の三年間を無事卒業できても、無詠唱で魔法が使えるようになるのはほんのひと握りの方だと言う。
すでにそれができているフィオルは、一流の魔導士と並ぶぐらいの実力があるのだろう。
「炎魔法のおかげで、体が温まりましたわ。死んでしまうかと思いました」
フィオルに抱きつきながら、ミレニアが言う。
「寒い中、水魔法を使うべきじゃないわね……、濡れるとは思わなかったわ」
私は体についた水滴を軽く手で払った。
次に魔法を使うときはもっと対象から離れた方が良さそうだ。
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