41 / 67
下山と遭難
しおりを挟む山頂で待っていてくれた先生から無事に証明書を貰い、下山途中で数体のスライムに出くわした。
今度は距離をとって魔法を使ったので濡れることはなかったけれど、なんせ寒かったので、意地を張らずにスライムの相手をフィオルにお願いすることにした。
フィオルは「リラもミレニアも魔法はきちんと使えているから大丈夫よ。それに、これは訓練だし、将来魔獣と戦う職業に就くわけじゃないんだから」と言っていた。
それもそうかもしれない。エンバート商会の商隊の護衛をしているフィオルと違って、私やミレニアはそもそも魔獣と遭遇する機会も乏しい。
山の中腹まで降りたあたりのこと。
特になんの変哲もない道を歩いていたはずなのに、踏み出した足元にふと違和感を感じる。
何もなかったはずの砂利道を踏みしめる私の靴底を中心として、道にひびが割れ始める。
あれ、と思った瞬間、もうすでに崩落が始まっていた。
私は道の一番外側を歩いていた。崖が崩れるようにして、私の立っている足場が崩れて、体が落下していく。
「リラ!」
「リラ様……!」
フィオルとミレニアは崩落に巻き込まれずにすんだようだ。
大きく見開いた瞳がこちらを見ている。延ばされた手を掴もうと手を伸ばすけれど、体は落下するばかりで届かない。
ミレニアの悲鳴染みた声が何度も「リラ様!」と私を呼んだ。
二人の姿はすぐに見えなくなってしまった。
ばらばらと落ちてくる小石や砂利が、体にぶつかる。
私は――このまま死んでしまうのかしら。
諦めては駄目。何か、考えるのよ。何かしなきゃ。死ぬわけにはいかないもの。
私が死んだら、ロヴィは泣いてしまうわよね。
それは、いけない。
「清流よ、零れ溢れ、大地を満たせ……!」
何とか手を組み合わせて、詠唱を唱える。
本来なら枯渇した井戸に水を湧かせたり、飲み水を確保するための魔法なのだけれど、ありったけの魔力を込める。
落下した私が叩きつけられる筈だった地面に、円形に分厚い水溜まりができる。
水溜まりというよりも、深さのある池に近い形だ。
私は、どぼん、とそこに落ちた。
衝撃と共に体が水底へと沈んでいく。
水面に叩きつけられた衝撃で、意識が霞んだ。
地面にぶつかり死ぬということは免れたけれど、ごぼごぼと口から酸素が漏れていく。
溺死、してしまう。
意識を失うわけにはいかない。
水の膜の外側に、良く晴れた青空と木々が見える。巨大な水槽に閉じ込められているようだ。
自分の作り出した魔法で死んでしまうだなんて、間抜けすぎるのではないかしら。
唇から零れた気泡が、上へ上へと上がっていく。
苦しさに耐えかねて息を吸い込もうとすると、口の中に水がごぼりと入ってくる。
私の意識はそこでぷつりと途切れた。
視界が真っ黒く塗りつぶされて、「リラ……!」と私を呼ぶクロヴィス様の声の、幻聴が聞こえた。
◆◆◆
私はいつものようにお城に遊びに行った。
家にいてもやることがなかったし、お城に行けばロヴィとシグがいる。
同じ年頃の友人は二人しかいなくて、午前中のお勉強の時間が終わると、家の者と一緒に城に遊びに行くのが私のいつもの日課である。
私のお家は王都にあって、お城までは目と鼻の先だ。たいていは馬車で向かう。歩いても行くことができるけれど、お父様もお母様も危ないからと言って、それを許してくれなかった。
お父様はお城で働いていて、お父様が帰る時間になると、ロヴィやシグと遊んでいる私を連れに来てくれた。
もうすぐ私は十歳になる。
あまり男の子とばかり遊ぶのは良くないのかもしれないけれど、他にお友達もいないし、二人と一緒にいると気が楽だ。
お茶会で、同じ年ぐらいの女の子と会うことがあるけれど、皆なんだか怖い。
挨拶をすると挨拶を返してくれるけれど、何か言いたげな瞳でじろじろ私を見るし、「リリーナ様に比べてしまうと、大して可愛くない」と悪口を言われたこともある。
私のお母様は確かに、とても綺麗な方だ。金色の髪に青い瞳のお人形みたいなお姫様。私と比べられないことぐらい、私が一番良く知っている。
腹も立たなかったけれど、女の子は怖いなと思った。
だから、女の子のお友達は少ない。
この間会った垂れた耳のあるミレニアという女の子とは、仲良くなれそうだった。
耳が可愛くてつい触ってしまったけれど、怒られなかったから、良かった。
私も最近は気を付けているけれど、昔からロヴィの耳を引っ張ったり撫でたりしていたから、耳と尻尾のある人を見ると触りたくなってしまう。
特にミレニアは、はじめてみる兎の耳だったから、触りたくなってしまった。
ミレニアは、シグの婚約者なのだと言っていた。
婚約者とは将来結婚をする相手のことだ。私も誰かと将来結婚をするのかしら。あんまり、想像できない。
「リラ!」
お城の奥の、居住空間に入れる人は限られている。
私やお父様はそれを許可されていて、ロヴィとシグはお城の奥の図書室で、最近はいつも家庭教師の方の授業を受けていた。
授業が終わると、私のもとに来てくれる。
いつものように中庭でお花を眺めたり、蝶々を見たり、バッタを捕まえたりしていると、ロヴィの声がした。
シグは一緒ではないようだった。
私の元に駆け寄ってきたロヴィは、いつもよりも元気がないように見えた。
「こんにちは、ロヴィ。授業は終わったの?」
「あぁ……、終わった。……リラ、話があるんだ」
話とは何かしら。
どうしたの、と顔を見上げる。
いつも同じぐらいにあった目線が、最近私よりも高い。顔立ちも、だんだん変わってきている。
生まれたときからずっと一緒にいるような感じがしていたのだけれど、ロヴィは私よりもひとつ年上だから、先に大人になっていくんだなぁなんて、思ったりする。
ロヴィは私と一緒に、中庭にあるベンチに座った。
さわさわと吹き抜ける風が、コスモスの香りを運んでくる。
茶色いコスモスはチョコレートの香りがする。秋は好きだ。涼しくて、気持ち良い。
「話って?」
私が尋ねると、ロヴィは真剣な表情でこちらを見た。
「俺は、リラと結婚したい」
ロヴィはそう言った。
私は特に疑問に思うこともなく、「うん」と頷いた。
10
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました
綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ!
完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。
崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド
元婚家の自業自得ざまぁ有りです。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位
2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位
2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位
2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位
2022/09/28……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる