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悪の公爵令嬢リラ様、いまここに爆誕する
しおりを挟む私の足元に散らばる宝石が、眩く光り輝く。
目を焼くような光があたりを照らし、一瞬視界が奪われた。
恐怖や驚愕に満ちた叫び声が、鼓膜に突き刺さる。
優雅な晩餐会の会場に、それは居た。
あまりにも場違いすぎて、夢を見ているのかと思った。
けれど、夢ではない。
確かに、それはそこにいた。
それは、山の中で私を襲った人食い熊だった。
その巨体は、頭が天井まで届きそうだ。爪のある毛むくじゃらな手を一振りすると、テーブルと料理がミニチュアの玩具のように簡単になぎ倒される。グラスやお皿の割れる音が響く。
人食い熊は一体ではなかった。
私の足元に散らばった宝石の数と同じ数が、私の目の前に現れている。
蜘蛛の子を散らすように、着飾った人々が入り口に向かって逃げていく。
エイダが青ざめながら、金切り声をあげた。
「やっぱり、リラ様だったのね……! おかしいと思ったのよ、王都の近郊の山に人食い熊はいないのに、襲われたなんて……! リラ様は、魔獣を呼び出せるのだわ……! ロヴィが手に入らないから、その腹いせに私を人食い熊で殺すつもりなんだわ……!」
「馬鹿な事言わないで! 私が魔獣を呼び出せたとして、魔獣が操れるわけないじゃない!」
何を勝ち誇っているのかしら、エイダは。
馬鹿じゃないの。
エイダが何をしたかったのか大体理解できたのだけれど、これでは――犠牲者がでてしまうかもしれない。
私とエイダの、クロヴィス様をめぐっての三角関係で犠牲者を出すとか、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「ロヴィが欲しいなら、エイダにあげるわよ! そんな理由で無関係な人を傷つけるだなんて間違っているわ! 私は――そこまで堕ちていない!」
私は両手に力を籠める。
ミレニアとフィオルが私の横にぴったりとくっついた。
私達が魔法を放つ前に、――怒りに満ちた冷たい声が、大広間に厳かに響き渡る。
「――すべての魔性を捕縛せよ、恒久なる鉄楔の檻」
魔力の満ちる言葉と共に、大理石の床から太い鉄の鎖が何本も現れる。
それは瞬く間に全ての人食い熊に絡みつき、その太い両手足を拘束し、凶悪な牙のある大きな口にぐるりと絡みついた。
大広間壁際にあるいくつかの扉から、兵士の方々が雪崩れ込むようにして中へと入ってくる。
彼らは協力して拘束されている人食い熊を、鉄の鎖を引っ張り引きずるようにして、中央にある広いダンスホールへとあつめた。
戦う準備をしていた私は、呆気ない終わりに拍子抜けしてしまい、手のひらに集めていた魔力の集中をといた。
ミレニアはほっとしたように「リラ様ぁ」と言って、私の横にへたり込む。
フィオルは胸の下で腕を組んで挑発的な眼差しで、エイダを睨みつけていた。
「ミレニア、大丈夫ですか?」
「シグ様……」
いつの間にかそばに来ていたシグルーンが、ミレニアの手を引いて助け起こす。
私は、魔法を放った人物の声がした方へと、視線を向けていた。
きゅっと、唇を噛む。
ダンスホールに整然と並んだ兵士たちの前に、クロヴィス様が立っている。
クロヴィス様は、苛立ちに満ちた表情で、エイダを見据えていた。
「茶番は終わりだ、エイダ・ディシード。物質破壊魔法を使いリラを崖から落とし、人食い熊に襲わせて害そうとしたな。その上、――リラの魔力暴走に乗じて校舎を破壊し、生徒たちに怪我を負わせた。そして大切な式典の今日、多数の魔獣を召喚した。その罪は、重い」
クロヴィス様らしからぬ低く冷たい声音が、淡々とエイダの罪を告げる。
エイダの傍にいた取り巻きの令嬢たちが、青ざめながらエイダから離れていく。
「何のことかしら。ロヴィ、リラ様こそ、すべての元凶だわ。それはすべて、リラ様がやったこと! どうか、罪深き悪女に裁きを……!」
エイダが阿るような声音で、クロヴィス様に言う。
体が勝手に震えるようだった。
馬鹿馬鹿しいとは思えど、私が行ったと言われれば、すべてそのように見えるだろう。
クロヴィス様はエイダを愛していて、だから、きっとエイダを信じてしまう。
私は悪女として、断じられてしまうのだろうか。
――怖い。
怖いし、とても、かなり、凄くムカつく。
何なの。私、何にもしてないのに。クロヴィス様の身勝手さに耐えて、耐えて、一生懸命相手をしたのに。
時には介護だと自分に言い聞かせ、時にはちょっと可愛いかもしれないとときめいたりもしながら、いつか現れるかもしれない番という存在に、悩み続けていたというのに!
あと、エイダの悪口にも結構前から耐えていたわ。
本当に、ムカつくわね。
「エイダ・ディシード。これはお前の部屋から見つけ出したものだ。魔獣を封じた宝石だな。先程リラの足元に散らばったものと、同じもの。ディシード家が、秘密裏に作り出している、封獣石と呼ばれる石だろう」
クロヴィス様は、赤い大きな宝石を片手に持っていた。
「ど、どうして、それを」
「番など……、信じたのか。愚かだな。だが中々尻尾を出さないから、無駄に時間がかかってしまった。これは俺がお前の部屋に入ったときに、探し出したもの。いつかもう一度使うだろうと思っていたが、ようやくだ」
感情の籠らない声で、クロヴィス様は言う。
それから石を兵士に託し、平坦な声で「あの女を連れていけ」と命令をした。
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