半獣王子とツンデ令嬢

束原ミヤコ

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青春とは戦いである

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 大広間では、すでにたくさんの着飾った方々が歓談を楽しんでいた。
 私達が中に入ると、フィオルの姿のせいか、それとも私の存在のせいか、ざわめきが起こる。
 私達は会場の奥へと真っすぐにすすんだ。
 学園の校舎が丸ごとひとつすっぽりと収まりそうな大広間の床は、つるりと磨かれた大理石でできている。
 蛍石のシャンデリアがいくつも天井から下がり、広間を真昼のように明るく照らしている。
 楽隊の奏でる明るい音楽が、耳に響く。
 私はまわりをそっと見渡した。
 クロヴィス様とエイダは見当たらない。私たちは、一先ず人込みを避けるようにして壁際へと向かった。
 フィオルは「食べなきゃ損よね」と言って、並んだ料理をお皿に取り分けて食べ始める。
 ミレニアは「フィオルは細いのに、沢山食べることができますのね」と感心したようにその様子を眺めていた。

「――あら、リラ様。学園はお休みされていたのに、晩餐会にだけは顔を出すのですね」

 高圧的な声が、耳に響いたのはそんなときのことだった。
 フィオルがあまりにも食べるので、ミレニアも私も、同じく食事をとり始めていた。
 ミレニアは口いっぱいにニンジンのグラッセをほおばっていた。なんだかんだ、ウサギなのでニンジンが好きらしい。
 小さなカップケーキを口に入れていた私は、顔を上げる。
 私の目の前に立っていたのは、私よりも濃い色合いの紫のドレスに身を包んだエイダだった。
 豪奢な金髪と、大きな胸と、濃いドレス。

「……むぐぐ」

 悪女感が凄い。
 感心してしまうぐらいの、悪女感が醸し出されているわね。紫というのは、人を選ぶ色だわ。
 ついうっかり「悪女」と言ってしまったけれど、口の中にクリームがいっぱい入っていたせいで、うまく発音ができなくて良かった。
 危ないところだったわね。
 エイダはクロヴィス様とは一緒ではないようだった。
 その代わり、両脇に取り巻きの少女たちを従えている。
 フィオルはフォークと皿を手に持ったままもぐもぐしながらエイダを見て、ミレニアは慌てたように皿を給仕の方にかえすと、ニンジン頑張って飲み込もうとしたのだろう。
 けほけほと咽はじめたので、私はその背中をさすった。

「お水、ミレニア、お水」

「リラ様、ありがとうございます……」

 ミレニアはお水を飲んで、少し落ち着いたようだ。涙目のミレニアはつつきたくなる可愛さだった。
 私やエイダなどは足元にも及ばない可憐さを持つミレニアを前に、着飾った私たちなど無力だ。
 そう思うと、妙に気が楽になった。

「私、知っていてよ。リラ様。数日前の急な土砂降りは、リラ様の魔力暴走のせいだと。リラ様の暴走した魔力で、校舎に雷が落ちて、生徒が数人怪我をしているのよ。それなのに、良く晩餐会に顔を出せたものね」

 エイダは私たちの様子を気にすることもなく、嘲るように言った。

「――そうなの?」

「リラ様、口にクリームがついていますわ」

 そんなことは知らない。
 ミレニアに尋ねると、ミレニアはエイダを完全に無視して私の口元をナプキンでごしごししてくれた。

「確証もないことを言うんじゃないわよ」

 フィオルは腕を組んで、エイダを睨みつける。
 大雨が魔力の暴走だというのはおそらく確かなのだろうけれど、どうしてエイダがそれを知っているのだろう。
 カレルさんに運ばれた日、エイダとは寮の階段ですれ違った。
 それだけで、私の魔力不足が分かるものなのかしら。
 私の魔力不足と、大雨。その関連性について気づくことができたのは、カレルさんぐらのものだと思うのに。
 カレルさんが、誰かにそれを言うとは思えない。

「大雨が降った日、私、男性に寮の部屋まで運ばれるリラ様を見ましたのよ。リラ様の魔力は底をついているように見えました。確か、リラ様は水魔法が使えましたよね? あの日、リラ様が生徒会室での私とロヴィの姿をのぞいていたこと、知っていますのよ」

 勝ち誇ったように、エイダが言った。
 
「きっと、自分のものだと思っていたロヴィがとられたことが悔しくて、魔力暴走を起こしたのだわ!」

 エイダの大声が、大広間に響き渡る。

「怪我をされた方々に、謝罪はしましたの? 中には骨を折った方もいましたのに! それなのに、優雅に晩餐会に顔を出すだなんて、恥さらしも良いところです! リラ様は先日も、校外学習の時に崖から落ちて人食い熊に襲われたとか。それも、自作自演ではありませんの?」

 私はエイダに言われたことに吃驚して、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 あれが、自作自演だなんて。
 どうしてわざわざ自分からわざと死にかけるような状況を作らなくてはいけないのか、全く意味が分からなかった。
 いつの間にか、周囲の方々が私たちを中心として、輪を作っているようだった。
 それはエイダのために作られた舞台のように見えた。
 エイダは胸を張り、私の罪を指摘するようにして、私の顔を指先で示した。
 侯爵家のエイダよりも、私の方が身分は高い。身分を盾にする気はないけれど、あまり褒められた仕草ではなかった。

「リラ様はロヴィの気を引きたかったのでしょう? ロヴィの番である私から、ロヴィを奪い取りたかったに違いありません!」

 高らかに、エイダは言った。
 番だと、言い切った。
 つまり、クロヴィス様からエイダは番だと言われたということだろう。
 胸がつきりと痛む。
 けれど、黙っているだけではあまりにも情けない。
 私が言い返そうと口を開こうとした途端、私の足元に、手のひら大の赤い宝石のようなものがばらばらと散らばった。
 

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