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慰めと言い訳
しおりを挟む泣きはらした顔は、きっと見せられないほどひどいものだ。
両親は数週間の旅行に出かけてくると、出立の朝笑顔でメルティーナに告げた。
お土産を買ってくると言う二人に、気をつけて行ってきてと伝えた。
それなのに、帰らぬ人になるとは思わなかった。
心にぽっかりと穴があいたようだった。メルティーナにとって二人は、いつも傍にいるのが当たり前の存在だった。
もっと、話しておけばよかった。もっとできることがあったはずだ。
二人にもっと──。
「……ごめんなさい。ディルグ様、頼ってしまって」
「頼れ、メルティーナ。俺は、君の家族だ。ずっと、傍に」
「ディルグ様……」
抱きしめられていた体がそっと離される。
流れる涙をすするように、目尻にディルグの唇が触れた。
ぼやけた視界に、頬にあたる柔らかい唇に、メルティーナは目を閉じる。
すでに日が陰り始めている。二人きりの部屋は薄暗く、指を絡めるように握られると、妙な背徳感があった。
ディルグの体が、近い。挨拶を交わした日から一年。
久々に会ったディルグは、更に逞さと精悍さを増していた。年齢は一つしか違わないのに、すっかり、大人の男性だ。
微かに香る香水と、陽光のような匂いが鼻腔をくすぐる。
唇に、何か柔らかいものがあたった。
「……っ、ん……」
キスをされたのだと、気づいた。一度優しく触れた唇は、すぐに離れていく。
羞恥と混乱で、メルティーナは閉じていた瞼を開いた。
美しい空色の瞳が、射るようにメルティーナを見つめている。頬を撫でられ、ゆっくりと唇を指先で辿られる。
「でぃ、る……」
「ティーナ、好きだ。君を愛している。俺のティーナ、怖がらないで、俺を頼れ。俺は君のものだ」
「っ、ん……ん」
どこか切なげに、吐き出すようにそう言って、ディルグはもう一度メルティーナの唇に自分のそれを重ねた。
両親の葬儀のあとに──こんなことを、している。
両親は、ディルグを好きになるなとずっと言っていたのに。
あぁ、でも。
ずっと前から、とっくにメルティーナはディルグのことが好きだった。
恥ずかしそうに、あの時の白い犬は自分だと教えてくれた時から。
「ん、ぅ……ん、ぁ……ん……っ」
鼻にかかった甘えた声は、自分のものではないようだった。
ディルグの硬い指先が、メルティーナの腰を撫でる。繋がれた手に力が籠る。
薄く開いた唇の狭間を器用に長い舌が辿る。唇の狭間を割って入ってきた舌は、分厚くて柔らかくて、熱い。
メルティーナの小さな舌を絡め取り、くちゅりと撫でた。
背筋を、ぞくりとしたものが這いあがってくる。
はじめての感覚に、メルティーナは体を震わせる。
それに気づいたように、ディルグはメルティーナの腰を片手で強く引き寄せた。
食べられてしまうほどに深く唇が合わさる。舌がメルティーナの口腔を、くちゅくちゅと撫でながら動き回った。
「……っ、ん、んぅ……」
味わうように、食べるように。
激しく深く、淫靡な口付けに翻弄されて、メルティーナは繋がれていないほうの手で、縋るようにディルグの腕を掴んだ。
呼吸ができない。粘膜がすりあわされて、唾液が混じり合う。
葬儀のあとに出された紅茶の味が、香りが、舌に残っている。
悲しいのに、苦しいのに、愛しくて。
ディルグの愛情が、触れあう体からするりとメルティーナの体の中に入ってきて、悲しみに凍える心臓を優しく慰撫されているようだった。
「ん……っ」
背筋が、腰が、ぞくぞくする。ちゅ、じゅると、はしたない水音が小さく部屋に響く。
両足から力が抜けて、座っているのもおぼつかないような、奇妙な感覚がある。
足の間が切なく、とろりと何かが滴るのを感じた。
それがなんだかおそろしくて、メルティーナは息苦しさを伝えるために、ディルグの服を引っ張った。
ディルグは名残惜しそうに、唇を離す。
涙でにじんだ視界の先で、舌先から銀糸が繋がるのが見えた。
ディルグはメルティーナの唇を、尖った舌先で舐めとる。
「でぃる、ぐ、さま……」
「……ティーナ。怖かったか?」
メルティーナは首を振る。我に返ると羞恥の波が心を襲い、顔を赤くしながらうつむいた。
もう涙は止まっていた。
ディルグの感情は一時の熱なのかもしれない。
それでも──今だけは、それを信じていたい。
彼の番は、私ではない。でももしかしたら、現れないかもしれない。
もし現れたとしても、メルティーナが彼に愛情を捧げれば──ディルグは番に心を奪われないかもしれない。
好きだと伝える代わりに、ディルグの手を握り返す。
青い瞳を、精悍な顔を見つめると、引き寄せられて抱きしめられ、髪を撫でられた。
「今日はずっと、一緒にいる。君が学園を卒業したらすぐに、結婚をしよう。そうしたら誰に気兼ねすることもなく、ずっと一緒にいられる」
「はい……」
メルティーナは、小さく頷くだけで精一杯だった。
心も体も、まだ追いつかない。悲しみや愛しさや切なさで胸がいっぱいで、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
それでも──彼が好きだ。
ディルグが好きだ。
その感情だけは、メルティーナの中ではっきりと形作られていた。
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