8 / 56
あなたの優しさを、愛情を 1
しおりを挟む葬儀のあとに身ぎれいにするために、侍女たちが湯浴みの準備をしてくれていた。
王都からリュデュック伯爵家は遠い。そのため、ディルグは街の宿に宿泊する準備をしてきていた。
ディルグの従者たちにリュデュック家に泊ることを告げると、すぐに荷物の支度がなされた。
湯浴みをすませたディルグは、先に部屋で待っていたメルティーナを抱き上げると、ベッドにメルティーナを横たえた。
それからランプの炎を消して、寝室のカーテンを開く。
寝室の窓からは月と星のあかりが部屋にこぼれ落ちてくる。
その灯りに照らされたディルグの銀の髪や尻尾は、白く輝いて見えた。
ディルグは横たわるメルティーナの隣に、自分の体を滑り込ませた。
ざっくり開いたシャツの隙間から、立派な首筋や鎖骨、筋肉の浮き出た胸がのぞいている。
腕の太さも、体の大きさも、薄着になったせいでいつもよりもはっきりと感じられた。
長いふさふさの尻尾がぱたりと揺れる。
「ティーナには、尻尾がないだろう? うらやましい」
「うらやましいですか……?」
「あぁ。尻尾があると、邪魔でな。仰向けに寝ることが……できなくはないが、難しい」
メルティーナに寄り添うように、横向きにディルグは寝そべっている。
独り寝には十分過ぎる大きさのベッドだが、背の高いディルグには狭そうに見えた。
「そうなのですね。……私は、耳と尻尾があるのがうらやましいです」
「何故?」
「ディルグ様と、同じになれますから」
種族の差を気にしたことなど、ディルグの婚約者になるまでは一度もなかったのに。
リュデュック家にも人獣の使用人がいる。彼らと自分の違いを考えることなど、したことがなかった。
「同じになる必要などない。君がどんな形でも、姿でも、俺は君を愛している」
ただ──子犬を助けただけだ。
そこにたまたま、メルティーナが居合わせただけだ。
それなのに。
「ティーナ、手を」
「手……?」
ディルグが差し出した手に、メルティーナは自分の手をぴたりとあわせる。
「こうして、手を重ねられる相手が君でよかったと、俺は思っている」
それは、メルティーナも同じだ。
こんなに優しい人が──傍にいてくれる。
壊れそうだった心を、優しく抱きしめるように。
そうでなければ、メルティーナは両親の死から立ち直り、一歩踏み出すことさえできなかったかもしれない。
食事も拒否して、部屋から出ることも拒否して──。
頭ではわかっている。そんな姿を見せれば、亡くなった両親は悲しむだろうこと。
けれど立ち直るまでは、長い時間がかかっていただろう。
453
あなたにおすすめの小説
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。
※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡
【完結】旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる