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王立学園での生活
しおりを挟むメルティーナの侍女ステラは人獣だった。
猫の耳と尻尾がはえていて、赤子だったメルティーナをよく尻尾であやしたのだという話をするのが好きな女性だった。
「ずっとお嬢様のそばにいます」
そう言ってくれていたステラも、一年ほど前街で偶然すれ違った男性と恋をして、侍女を辞めた。
つまりその男性が、番だったのだ。
男性は街から街へを渡り歩く商人で、ステラは一緒についていくと言っていなくなった。
人獣の恋とは熱烈なものである。特に番が見つかったばかりの時は、一分一秒でも離れるのが惜しくなるそうだ。
「お嬢様が殿下にみそめられなければきっと、今頃素敵な人間の男性と恋に落ちて、穏やかな暮らしを送っていたのでしょうに」
新しい侍女は、二言目にはそればかりを言った。
ステラの次にメルティーナの侍女になったのは人間の女性だった。
メルティーナはこの女性を少し苦手だと思っていた。
母の侍女をしていた中年の女性で、母の悩みの相談に乗っていたせいか、人獣に対する嫌悪が強かった。
母の場合はメルティーナの幸せを願ってのことなのだろう。
それがその侍女の場合は、ディルグのことを筆頭として、仕事を辞めたステラへの苛立ち、兄嫁に対する腹立たしさなどを全てひっくるめたものが、人獣への嫌悪につながっているようだった。
学園での生活は、その侍女が支えてくれることになっている。
ステラになら悩みを相談できたメルティーナだが、その侍女にはとても、相談しようとは思えなかった。
兄嫁の言動について一言口にしようものなら「リュデュック家はメルティーナ様の家です!」と、怒り、兄に直談判に行きかねない。
そんなことは、してほしくなかった。メルティーナは、兄と兄嫁の関係を拗れさせたくはない。
「お嬢様、もし何かあればすぐに私に申し付けくださいね。亡くなられた奥様から、お嬢様のことをよろしくと私は言われておりますので」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。ディルグ様は私を大切にしてくださっているわ」
「お嬢様、そんなものは今だけです! ステラだって、護衛の男と恋仲だったのですよ。それなのに、すぐに他の男と恋に落ちたじゃありませんか。私は言ったんですよ、人獣はやめておけって」
「そうね。気をつけるわ」
侍女はディルグを信じていない。何を言っても無駄だと感じた。
そしてその気持ちはメルティーナにもわかる。両親が亡くなるまでは、メルティーナもディルグを信じていなかったのだから。
学園寮に入寮したメルティーナは、悪い人間ではないが自己主張の強いこの侍女とずっと一緒にいることに、少し疲れていた。
気持ちはわかるが、ディルグはメルティーナの好きな男だ。
好きな男を悪く言われるのは、あまり気分の良いものではない。
メルティーナの鬱屈した気持ちを晴れやかにしてくれるのは、いつもディルグだった。
学園に入ってからというもの、ディルグはいつも傍にいてくれた。
学年が違うために、いつもというのは、朝の出迎えと、昼休憩の時間と、夕方の見送りの時ぐらいなのだが。
毎朝彼の顔を見るたびにメルティーナの胸はときめき、同じ時間を過ごせることが嬉しかった。
「ティーナ、いつも寮の中にばかりいては気が滅入るだろう? 少し出かけないか。週末、時間はあるだろうか」
「もちろんです、ディルグ様」
外出の誘いがあったのは、学園に入ってから数週間後のことである。
季節は初夏。吹き抜ける風が夏の気配を孕んでいて、長袖では少し暑く感じる季節だ。
「君を連れて行きたい場所があるんだ」
「嬉しいです、ぜひご一緒したいです」
ディルグの言葉に、誘いに、素直に応じることができるのが嬉しかった。
かつては胸の引っ掛かりを感じていたので、ディルグに何を言われても、猜疑心が先に立って、純粋に喜ぶことができなかったのだ。
学園寮と王都のタウンハウスを行き来しながら暮らすようになったメルティーナは、王妃教育を受けるようになっていた。
週末や放課後にはびっしりとスケジュールが組まれていたが、ディルグのためと思えば頑張れた。
「君の教育係は、君に無理をさせすぎている。今週は休ませるよう伝えておく」
「ディルグ様と結婚をする前に、しっかり学んでおかなくてはいけませんから」
「そんなに堅苦しく考えなくていい」
ディルグはそう言うが、甘えてばかりはいられない。
どうせ捨てられるのだからと、今までのメルティーナは王妃の立場を軽く考えていた。
両親の死や、兄嫁の存在が、メルティーナを甘えた子供から強引に巣立たせていた。
週末、ディルグはメルティーナを迎えにリュデュック家のタウンハウスへとやってきた。
メルティーナがゆっくり準備をできるようにと、昼下がりの出迎えだった。
ディルグは侍女に二日帰らないと告げて、メルティーナを馬へと乗せた。
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