11 / 56
王立学園での生活
しおりを挟むメルティーナの侍女ステラは人獣だった。
猫の耳と尻尾がはえていて、赤子だったメルティーナをよく尻尾であやしたのだという話をするのが好きな女性だった。
「ずっとお嬢様のそばにいます」
そう言ってくれていたステラも、一年ほど前街で偶然すれ違った男性と恋をして、侍女を辞めた。
つまりその男性が、番だったのだ。
男性は街から街へを渡り歩く商人で、ステラは一緒についていくと言っていなくなった。
人獣の恋とは熱烈なものである。特に番が見つかったばかりの時は、一分一秒でも離れるのが惜しくなるそうだ。
「お嬢様が殿下にみそめられなければきっと、今頃素敵な人間の男性と恋に落ちて、穏やかな暮らしを送っていたのでしょうに」
新しい侍女は、二言目にはそればかりを言った。
ステラの次にメルティーナの侍女になったのは人間の女性だった。
メルティーナはこの女性を少し苦手だと思っていた。
母の侍女をしていた中年の女性で、母の悩みの相談に乗っていたせいか、人獣に対する嫌悪が強かった。
母の場合はメルティーナの幸せを願ってのことなのだろう。
それがその侍女の場合は、ディルグのことを筆頭として、仕事を辞めたステラへの苛立ち、兄嫁に対する腹立たしさなどを全てひっくるめたものが、人獣への嫌悪につながっているようだった。
学園での生活は、その侍女が支えてくれることになっている。
ステラになら悩みを相談できたメルティーナだが、その侍女にはとても、相談しようとは思えなかった。
兄嫁の言動について一言口にしようものなら「リュデュック家はメルティーナ様の家です!」と、怒り、兄に直談判に行きかねない。
そんなことは、してほしくなかった。メルティーナは、兄と兄嫁の関係を拗れさせたくはない。
「お嬢様、もし何かあればすぐに私に申し付けくださいね。亡くなられた奥様から、お嬢様のことをよろしくと私は言われておりますので」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。ディルグ様は私を大切にしてくださっているわ」
「お嬢様、そんなものは今だけです! ステラだって、護衛の男と恋仲だったのですよ。それなのに、すぐに他の男と恋に落ちたじゃありませんか。私は言ったんですよ、人獣はやめておけって」
「そうね。気をつけるわ」
侍女はディルグを信じていない。何を言っても無駄だと感じた。
そしてその気持ちはメルティーナにもわかる。両親が亡くなるまでは、メルティーナもディルグを信じていなかったのだから。
学園寮に入寮したメルティーナは、悪い人間ではないが自己主張の強いこの侍女とずっと一緒にいることに、少し疲れていた。
気持ちはわかるが、ディルグはメルティーナの好きな男だ。
好きな男を悪く言われるのは、あまり気分の良いものではない。
メルティーナの鬱屈した気持ちを晴れやかにしてくれるのは、いつもディルグだった。
学園に入ってからというもの、ディルグはいつも傍にいてくれた。
学年が違うために、いつもというのは、朝の出迎えと、昼休憩の時間と、夕方の見送りの時ぐらいなのだが。
毎朝彼の顔を見るたびにメルティーナの胸はときめき、同じ時間を過ごせることが嬉しかった。
「ティーナ、いつも寮の中にばかりいては気が滅入るだろう? 少し出かけないか。週末、時間はあるだろうか」
「もちろんです、ディルグ様」
外出の誘いがあったのは、学園に入ってから数週間後のことである。
季節は初夏。吹き抜ける風が夏の気配を孕んでいて、長袖では少し暑く感じる季節だ。
「君を連れて行きたい場所があるんだ」
「嬉しいです、ぜひご一緒したいです」
ディルグの言葉に、誘いに、素直に応じることができるのが嬉しかった。
かつては胸の引っ掛かりを感じていたので、ディルグに何を言われても、猜疑心が先に立って、純粋に喜ぶことができなかったのだ。
学園寮と王都のタウンハウスを行き来しながら暮らすようになったメルティーナは、王妃教育を受けるようになっていた。
週末や放課後にはびっしりとスケジュールが組まれていたが、ディルグのためと思えば頑張れた。
「君の教育係は、君に無理をさせすぎている。今週は休ませるよう伝えておく」
「ディルグ様と結婚をする前に、しっかり学んでおかなくてはいけませんから」
「そんなに堅苦しく考えなくていい」
ディルグはそう言うが、甘えてばかりはいられない。
どうせ捨てられるのだからと、今までのメルティーナは王妃の立場を軽く考えていた。
両親の死や、兄嫁の存在が、メルティーナを甘えた子供から強引に巣立たせていた。
週末、ディルグはメルティーナを迎えにリュデュック家のタウンハウスへとやってきた。
メルティーナがゆっくり準備をできるようにと、昼下がりの出迎えだった。
ディルグは侍女に二日帰らないと告げて、メルティーナを馬へと乗せた。
417
あなたにおすすめの小説
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる